Vol.102【愛と罪と絶望の果て】
2017年4月6日 早朝――
テレビのニュースが、静かに流れていた。
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昨日5日未明、東京都渋谷区に住む
桜沢空央さん(22歳)が、何者かに殺害されました
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ケンジ「…………」
耳に入ってきた名前を、
脳が理解することを拒んでいた。
桜沢空央。
空。
何度も呼んだ名前。
ケンジ「う……
うそ……だろ……」
ニュースキャスターの声だけが、淡々と続く
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犯人は桜沢さんの自宅へ侵入し
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ケンジ「そんな……」
その時――
携帯電話が、激しく鳴り響いた。
トゥルルル……
トゥルルル……
ガチャ!
ケンジは震える手で通話ボタンを押す。
みつき「ケンジ!
お姉ちゃんが……
お姉ちゃんが……!!」
ケンジ「今ニュースで見た……
こんなの……
嘘だろ……!!」
みつき「…………」
ケンジ「みつき?……もしもし!?」
次の瞬間――
電話の向こうで、
みつきの悲鳴が響いた。
みつき「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ケンジ「……
全部、夢なんだ……
これは夢なんだよ……」
――沈黙。
長い、長い沈黙。
二人とも、何も言えなかった。
ただ――
時間だけが、残酷に過ぎていく。
やがてケンジが、かすれた声を漏らした。
ケンジ「……みつき。
俺……
やっぱ自首できねぇわ……
こんな状況で……
出来ねぇ……!」
みつきは、息を詰まらせながら答える。
みつき「悲しいけど……
ケンジは自首しなくちゃいけないよ!?」
ケンジ「犯人を見つけてやる!!!!」
みつき「れ、冷静に考えてよ!
そんなことしたら、すぐ見つかるよ!?
これ以上、罪を重くしないでよ!」
ケンジ「冷静になんて……
なれるわけねぇだろ……」
みつきの呼吸が乱れる。
みつき「う、ぅぅぅ……
ゲホッ……!」
ケンジ「ど、どうした!?
みつき!具合悪いのか!?」
みつき「だ、大丈夫……
すぐ落ち着くから……」
ケンジ「無理するな!
今は安静にしてろ!」
みつき「でも……
お姉ちゃんがいなくなって……
ケンジまで戻って来られなくなったら……
私……
どうすればいいの……
もう私の身体……
肉体的にも……
精神的にも……
耐えられないよ……」
ケンジ「……………!」
みつき「先生にも必死で頼んだんだよ。
東京に帰らせて下さいって……
でも……
もう時間を延ばせないって……
それに先生が……
変なこと言うの……」
ケンジ「変なこと!?
いったい何を!」
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東都総合医療センター 血液内科主任医師。
田所道広 48歳
綾瀬みつきの主治医。
冷静沈着で感情を表に出すことは少ないが、患者一人ひとりへ真摯に向き合う誠実な医師として院内でも厚い信頼を集めている。
常に冷静であろうとする田所だったが、日に日に弱っていくみつきを前に、医師としての無力感を静かに抱えている。
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2017年4月6日 AM6:30
みつきの病室――
姉である空央の事件を知り、
みつき体は精神的にも肉体的にも
限界に近い状態だった。
みつき「はぁ……はぁ……
お、お願いします!先生!」
田所「綾瀬さん、しっかりしてください!
旭川の準備も、数百万円かけた医療ジェットのフライトプランも、全部完了してるんです!
ご両親にもどんな事があってもあなたを助けてほしいと頼まれてます!
これ以上脳出血のリスクが上がったら、今度こそあなたの命が無いんですよ!」
朦朧とした意識の中で、
狂おしいほどに首を横に振るみつき
みつき「でも……たった一人の……姉、
なんです……」
田所は、困ったように目を伏せた。
田所「……その件について、確認したいことがあります。
今のあなたには辛いと思いますが……」
みつき「な……なんなんですか?」
田所「入院時に、ご両親から家族構成を伺い、戸籍情報も確認しました。
ですが、その記録上――あなたに姉妹は存在していません。」
みつき「な!……え?」
田所「綾瀬さんご夫妻の戸籍には、お子さんは一人だけ登録されています。
それが、綾瀬さん……そう、みつきさんあなたです。」
みつき「ち、違います……!
私とお姉ちゃんは双子で……
ひめぐりの家を出て……
今のお父さんとお母さんが、
私を里子として引き取ってくれて……!」
田所「その経緯を示す記録は確認できませんでした。」
みつき「そんな……」
田所「戸籍上、あなたは出生時から綾瀬家の実子として登録されています。
養子縁組や里親委託の記録もありません。」
みつき「うそ……
そんなの……」
田所「つまり、戸籍上では――
桜沢空央さんと、綾瀬さんの間に親族関係は存在していないんです。」
みつき「………………」
頭の中で、何かが崩れる音がした。
双子だった記憶。
一緒に過ごした時間。
お姉ちゃんの為にひめぐりの家を出た時の記憶。
全部が、本物だったはずなのに。
みつき「じゃあ……
私は誰なの……?」
田所「綾瀬さん……」
みつき「お姉ちゃんは……
私のお姉ちゃんじゃないの……?」
田所「私は、戸籍上確認できる事実をお伝えしているだけです。」
みつき「う……
うぅぅぅ……
めまいが……
気持ち悪いです……!」
みつきの声が崩れる。
呼吸が乱れ――
その場で激しく嘔吐した。
田所「だ、大丈夫ですか!?
やはり危険な状態が続いている!
綾瀬さん!
もう無理です!
すぐ旭川へ移送して、ICUへ入るべきです!」
みつき「せ、先生……
ひとつだけ……
最後に……ひとつだけお願いがあります……」
田所「綾瀬さん……
無理な相談でなければ、
あと、
今日、午後にICUへ入るなら認めます。
但し、この病院から出ることは出来ません。」
みつき「……………」
田所「お願いというのは?」
みつき「4人の友達に……
連絡を取らせて下さい……」
田所「事件のこともありますし、
綾瀬さん自身の身体のこともあるので、
本来なら――」
みつき「じゃあ……
2人には簡単なメールで……
残りの2人には……
どうしても電話でお願いします……!」
田所「……………。
綾瀬さん……
仕方ありませんね。
認めます。
但し、長電話は絶対しないで下さい。」
みつき「……ありがとうございます。」
みつきは小さく頷き、
静かに窓の外を見つめた。
嘔吐が少し落ち着いた頃――
みつきは携帯を取り出す。
現実世界で“みつき”として、
漓久へ送る言葉。
全ての感情を押し殺し、
送った一通のメール。
それは――
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みつき「漓久君?
ずっと心配してるんだ……
社員さん……
気の毒だったね……
元気出してね」
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それだけだった。
そして――
一番の親友、沙羅へ送ったメール。
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みつき「沙羅ちゃん。
ケンジから聞いたよ。
沙羅ちゃんなら、きっと大丈夫。
ケンジを守ってあげてね」
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そして――
みつきが電話をかけた一人目は、
ケンジだった。
みつき「ケンジ……
私は……
もうお姉ちゃんにも会えない……
もしかしたら……
私……
ずっとお姉ちゃんを苦しめてたのかな……」
ケンジ「そんなこと――」
みつき「だって……
お姉ちゃんは……
いつも私を優先してくれたから……
私が居なければ……
お姉ちゃんはもっと幸せになれたのかな……
もしかしたら……
お姉ちゃんは……
私が救われないように願ってたのかな……」
ケンジは、即座に否定する。
ケンジ「そんなことねぇ!!」
みつき「……」
ケンジ「空が……
そんなこと思うわけねぇ!!
俺は空を知ってる。
お前の事を恨むような奴じゃねぇ!!」
そして――
ケンジは息を呑んだ。
ケンジ「それに……
俺は、お前の身体が……
もの凄く心配なんだ……!」




