Vol.101【ダイヤモンドダストの再会】
綾瀬みつき=SoRa(本名 白石繭)
1975年9月未明、突然の行方不明により、たったひとりの息子を亡くし、その息子の無き影を何十年も探し求める綾瀬夫妻は、自身らの養女として繭を迎え入れる!
______________________
2005年 ひめぐりの家
大久保「綾瀬さん、繭ちゃんのケースは実は異例なんです。
通常なら、子供側から里親を選ぶというケースを、施設が認めることはほとんどありません。
ですが、繭ちゃんはあなた方を選んだ。
そして私も、綾瀬さんご夫妻なら大丈夫だと思っています。」
綾瀬母「ありがとうございます……!」
綾瀬父「それで条件というのは……?」
大久保「条件は一つだけです。」
綾瀬夫妻「……。」
大久保「何があっても、繭ちゃんを実の娘として育ててください。」
綾瀬母「え……?」
綾瀬父「それだけ……ですか?」
大久保「はい。
ですが、その"それだけ"が出来なければ、この話は無かったことにしてください。」
綾瀬夫妻「……。」
大久保「もし将来、誰かが繭ちゃんについて尋ねてきても。
過去を知ろうとしても。
あなた方の娘だと答えてください。」
綾瀬母「警察が来ても……ですか?」
大久保「……はい。」
綾瀬父「どういう意味なんですか、それは。」
大久保はしばらく黙り込んだ。
そして静かに口を開く。
大久保「本来なら、私も話してはいけないことです。」
綾瀬夫妻「……。」
大久保「繭ちゃんに関する情報の一部は、既に通常の手続きでは閲覧できなくなっています。」
綾瀬父「閲覧できない……?」
大久保「理由は私も知りません。」
綾瀬母「知らないって……」
大久保「本当に知らないんです。
ただ、繭ちゃんに関してだけは異常でした。」
綾瀬夫妻「……。」
大久保「出生記録。
保護記録。
過去の経歴。
私たち施設側でさえ見られない部分があります。」
綾瀬父「そんなことが……」
大久保「私も長くこの仕事をしていますが、初めてです。」
部屋に重い沈黙が落ちた。
大久保「ただ、一つだけ言えることがあります。」
綾瀬夫妻「……?」
大久保「あの子には、人の心を動かす何かがあります。」
綾瀬母「心を動かす……?」
大久保「上手く説明できません。
私は元々、精神医療の現場にいました。
だからこそ分かるんです。」
大久保は窓の外を見た。
大久保「繭ちゃんは特別に頭が良いわけではありません。
話術に長けているわけでもありません。
ですが、不思議と人があの子を放っておけなくなる。」
綾瀬父「……。」
大久保「それは才能なのか。
感受性なのか。
それとも別の何かなのか。
私にも分かりません。」
大久保は小さく笑う。
大久保「もしかすると私の考え過ぎかもしれません。」
そして再び真剣な表情になった。
大久保「ですが、あの子が幸せになるためには過去を追わないことです。」
綾瀬母「……。」
大久保「繭ちゃん自身も知らなくていい。」
綾瀬父「先生……」
大久保「お願いです。
あの子を普通の子として育ててあげてください。」
大久保の目に涙が浮かぶ。
大久保「もう、あの子には普通の幸せくらい与えられてもいいはずなんです。」
綾瀬母「もちろんです……!」
綾瀬父「あの子は私たちの娘です。」
大久保「そうですか……」
大久保は安堵したように目を閉じた。
大久保「良かった……。
本当に良かった。」
その頬を、一筋の涙が伝った。
______________________
繭は今までの過去を捨て、
白石繭から綾瀬みつきへと改名――
そして時は流れ、中学生になったみつきと、同じ桜沢家の里子になった空央。
当時はまだ、それなりに仲良く交流もしていた。
ある日、2人は久しぶりに再会し、出かけ先の渋谷で“ダイヤモンドダスト”の写真を目にする。
その写真を撮影した人物が、一つ上の中学生――南漓久だと知った2人は、漓久に対する互いの気持ちを抑えることが出来ず、心はどんどんすれ違っていく。
みつきと空央にとって、中学生時代の“見知らぬ上級生”でもあった漓久とケンジ。
そして、内向的だったみつきが転校先で唯一親友になれた沙羅。
実は一度、漓久、ケンジ、沙羅、みつきの4人は、同じ中学校に在学していた。
その事実を、空央も含め、ケンジも漓久も誰も知らない。
ただ、沙羅とみつきだけは、漓久とケンジの顔を先輩として知っていた。
やがて漓久とケンジは同じ高校へ進学し、漓久から誘われた写真部へ入部。
そして1年遅れで、沙羅とみつきも、漓久とケンジがいる高校へ進学し、写真部へ入部する。
そこで初めて、この4人は再会した。
______________________
ケンジ「君たち、写真に興味あるの?」
漓久「いや、ないっしょ、ケンジ!
どう見たって“楽そうだから入部しました”って感じだよ。」
ケンジ「こら、漓久!
いきなり初々しい後輩に厳しい言葉投げかけんじゃねぇ!」
漓久「だってケンジよぉ、どう見たってコイツら“写真に興味ありません”って顔してるぜ?」
沙羅「あのぉ〜、ちょっと言い過ぎじゃない?」
漓久「はぁ?何だよその言い方!」
みつき「まぁまぁ、沙羅ちゃん、落ち着いて。ね?」
沙羅「だってこの人……」
ケンジ「ごめんごめん!
コイツ、いつもこんなだから気にしないで、アハハ……」
漓久「こんな奴に下手に出ることないさ、ケンジ!」
ケンジ「漓久!待て!黙れ!な?」
漓久「……なんだよ……」
ケンジ「すまなかったな!
で、2人の名前は?」
沙羅「はい!私、水奈月沙羅って言います!
よろしくお願いします!」
みつき「私は……綾瀬……綾瀬みつきって言います。
よろしくお願いします。」
ケンジ「おう!沙羅にみつき、ね?
OK!覚えた!」
漓久「何だよ、お前!」
ケンジ「いいからいいから!
でだ!俺は斎藤健二、こいつは南漓久!
漓久は口は悪いけど、めっちゃ性格も悪い!アハハ!」
ケンジが名前を紹介した時、
みつきの時間が少し止まった。
この名前……
ひょっとしたら……
いや、そんなはずはない……
でもここは写真部……
まさか……
まさか……
みつきは動揺を隠しながら、2人の話を聞く。
漓久「な!ケンジ!オマエ!」
沙羅「うん!悪そー!」
漓久「お前、なめてんのかよ!」
沙羅「違うよ!
バカにしてるんです。ぷぷぷ(笑)」
みつき「さ、沙羅ちゃん!
ダメだよ、先輩に向かって……」
沙羅「いいのいいの!
だってみつきも知ってるでしょ?
この2人、中学の時も1つ上だったじゃん。」
みつき「だ、ダメだよぉ……
一応先輩なんだし。」
漓久「はぁ?なんか言ったか?」
沙羅「ううん、なんでもないですー!」
ケンジ「まぁまぁ、ヒソヒソ話はそれくらいにして、写真部名物!
“新入部員と写真を語ろう!”の時間でーす!」
漓久「初めて聞いたわ!」
ケンジ「だって俺たち2年、沙羅とみつきは1年新入部員!
初めての企画だぁ!」
沙羅「沙羅、みつきって、もう呼び捨てなんだ!」
ケンジ「気にする?」
沙羅「ううん、気にしな〜い!
じゃ私はケンジと漓久って呼びまーす!(笑)」
漓久「流石に先輩に呼び捨てはないだろ!」
沙羅「いいからいいから(笑)」
みつき「私は……ケンジさん、漓久君で……」
ケンジ「ケンジさん……って、なんで俺だけ“さん付け”?」
みつき「だって、頼れる先輩って感じで。」
ケンジ「分かる〜、それな!」
みつき「漓久君って、なんかクールだし、“さん”って感じじゃないから。」
漓久「お前な!」
ケンジ「まぁ良いじゃねぇか!アハハ!
でも“さん付け”は硬いから、沙羅と同じくケンジでいいよ!」
みつき「えぇ……
いきなり先輩を呼び捨てには……」
ケンジ「まぁまぁ!
だんだん慣れてこうぜ!
お前らみたいな可愛い娘は大事にしたいからな!
アハハハハ!」
漓久「俺はちゃんと“漓久君”って呼べよ!」
みつき「はい!」
ケンジの和やかなムードで、その場は明るく和んでいった。
沙羅はすぐに2人になつき、緊張していたみつきの心も、少しずつその空気に慣れ親しんでいく。
そして――
みつきは、写真部に飾られていた
1枚の写真へ目を向けた。
その瞬間、
みつきの頭の中で、ある記憶が蘇る。
みつき「あのぉ〜」
ケンジ「ん?どうした、みつき!」
みつき「あそこに飾ってある写真って……」
ケンジ「あぁ、あれな!
では、さっきの続き!
“新入部員と写真を語ろう!”の時間だ!」
漓久「お前!」
ケンジ「あの写真は、漓久大先生が中学生の時に撮影した写真なんだ!」
沙羅「うわ……綺麗。」
漓久「相変わらず生意気なヤツめ!」
ケンジ「写真のタイトルは
“ダイヤモンドダスト”!
なんと渋谷の写真展にも出品した凄い作品なんだ!
ぱちぱちぱちぱち!
まぁ、親父が勝手に出したんだけどな。
しかも賞も取れなかったけどな。」
漓久「一言多いよ!」
“ダイヤモンドダスト”という写真のタイトルと、写真を撮影した人物の名前が、
みつきの中で完全にリンクする。
みつき「……こ、これって……
ダイヤモンドダスト……
これって……」
ケンジ「ん?どうした、みつき!
写真に感動しすぎて声も出ねぇってか?
アハハハハハ!」
みつきは飾られていた
“ダイヤモンドダスト”へ近づき、
ずっと見つめている。
そして静かに、漓久へ目を向けた。
漓久「……ん?何だよ!」
そして、
聞こえないほど小さな声で囁いた。
みつき「あなたが……」




