第51話 道は全てに通じる
「皆の者、善光寺平よりここまでの道中、まことにご苦労であった」
二万五千を超える軍勢は、三河の松平家を討つべく南信濃の天竜峡に集結していた。
全将兵が朝食を終え次第、三河へ向けた第一陣が、いよいよ出立する運びだ。
大枠の作戦会議は昨夜のうちに重臣たちを集めて済ませてある。
本陣として借り受けた古寺。
今、その仏堂前の広場には、足軽大将以上の面々が一堂に会していた。
俺は仏堂の軒下に立ち、下に広がる数多の視線を一身に受ける。
残るは、軍の意思を一つに束ねるための出陣式のみ。
「真田幸隆!」
「はっ!」
「馬場信春!」
「はっ!」
「ご苦労だった!
お前たちが道を整えたからこそ、今日がある!」
しかし、その前に、真田幸隆と馬場信春の二人を讃えねばならない。
善光寺平からここまでに要した日数は、わずか半月である。
この事実は、まぎれもなく二人の功績によるものだ。
なにしろ、戦国時代の道は、実に酷い。
他勢力の侵攻を遅らせるための大義名分のもと、道の拡張はおろか、最低限の整備さえも放棄されている。
甲斐と信濃で『まとも』と呼べる道は、諏訪と甲府を結ぶ一本だけ。
それ以外の道は雑草が生え放題で、雨が降れば水たまりや泥濘があちこちにでき、雨量次第では道が小川のように変わる。
山間部の道では、倒木が通行を妨げることも珍しくない。
ところが、善光寺平から天竜峡までの道中は、驚くほど快適だった。
戦国時代にタイムスリップしたばかりの俺が、生島足島神社から諏訪まで来た時とは大違いだ。
あの時は、些細な理由で何度も行軍が渋滞し、苛立ちを覚えたものだ。
「いえいえ、滅相もございません」
「はい、我らは大殿のご指示に従ったまでです」
しかし、すぐ目の前の最前列に並ぶ真田幸隆と馬場信春は、労いの言葉を素直に受け取ろうとはしない。
驚いた表情で互いに顔を見合わせた後、真田幸隆が首を左右に振ると、馬場信春も同じように首を振って謙遜した。
武田家は、義信が家督を継いだ頃から、内政の第一の柱として道の整備と拡張を重視してきた。
人員も労力もコストもかかるうえ、成果が今ひとつ目に見えない作業は、さぞ苦痛だったことだろう。
「たとえそうだとしても、実際に力を尽くしたのはお前たちだ。
褒美は信繁に預けてある。後で受け取っておけ」
俺は右膝をつき、しゃがみ込んだ。
まだ二人より目線は少し高いが、それぞれに視線をしっかりと向け、微笑む。
「あ、有難き幸せ!」
「も、もったいない御言葉にございます!」
真田幸隆と馬場信春は、身体をビクッと震わせて慌てて跪いた。
頭を深々と垂れ、ようやく労いを受け取ってくれた。
その様子に重臣たちは息を飲み、つい先ほどの真田幸隆と馬場信春のように、隣同士で顔を見合わせた。
厳かに静まり返っていた雰囲気は、一気に浮ついたものへと変わり、それが広がってゆく。
「大殿が……。」
「道作りで……。」
「……褒められる?」
なぜ、ただ功績を労っただけで、これほどの騒ぎになるのか。
その理由は、義信以前の晴信とその父『武田信虎』の二代にわたる武田家の支配体制にある。
武田信虎は類稀な戦上手で、内乱状態にあった甲斐を見事に統一した。
だが、諫言する家臣をその場で斬り捨てることさえある暴君でもあった。
やがて、武田家は恐怖政治による当主一強の時代を迎えることになる。
それは、晴信が武田信虎を駿河へ追放して家督を継ぐことで終焉を迎えるが、今度は別の問題が生じた。
晴信はあまりにも優秀すぎた。
当主一強の下地がうまく作用した結果、トップダウン式の中央集権はさらに洗練され、晴信は自然と武田家の内政を一手に担うようになった。
家臣たちは晴信の指示に唯々諾々と従うのが、当たり前となったのである。
「実は某……。先日、高瀬川の治水で感状を頂きました」
「何っ……。だと?」
一方、軍事に関してはそうもいかない。
晴信は戦場では総大将となり、討たれれば全てが終わる存在だ。
作戦の立案はできても、最前線へ安易に出向くことはできず、戦いの趨勢は家臣に委ねられる。
その結果、晴信は戦働きを褒めることはあっても、内政面で褒めることは滅多になかったという。
それも、優秀ゆえに自分にできることは他人も当然できるはずという意識が少なからずあり、求める成果も大きかった。
そのため、逆に叱責の方が圧倒的に多かったと、信繁さんは語っている。
「……儂だけではなかったのか?」
「では、貴殿も貰ったのか?」
これでは駄目だ。明らかに間違っている。
その証拠が目の前にある。
武田家には、猛将と呼べる家臣は多いが、能吏と呼べる家臣は非常に少ない。
世の中には、叱られた悔しさをやる気に変えられるタフな者もいるが、それは稀な例だ。
大抵の人間は褒められなければやる気が出ず、やる気が出なければ能力も伸びにくい。
「ならば、俺にも!」
「ああっ! 道作りなどと思ったが……。」
事実、晴信が亡くなり、俺が影武者となった途端、武田家の内政はあらゆる面で一気にがたついた。
それを立て直そうと躍起になった結果が、義信の過労死である。
今の武田家が、晴信の統治時代のように強固な体制を維持できているのは、義信が内政面を凡人にも分かりやすい分業制に移行した功績が大きい。
「留守居役に使いを走らせるべきか……。」
「……そうだな。立派な道を作って、大殿に見ていただこう」
だからこそ、この場に上から下まで全ての家臣が集まっている今こそ、絶好の機会だった。
武田家は変わったと、内政面でも成果を挙げれば褒められ、出世や褒美を得られるのだと知らしめるのだ。
ご存じの通り、武田家の今後の目標は、大軍を率いての上洛にある。
上杉家との同盟が成立し、上杉輝虎が東国同盟に半ば頷いた今、北も南も東も憂いはない。
足利幕府の再興を旗印に、西へ、西へと武威を示して進む。
こうなると甲斐と信濃は完全な後方基地となるが、その内政に従事する者たちが腐っていては困る。
言うまでもなく、戦争には莫大な費用がかかる。
甲斐と信濃が安定した収益を上げなければ、前線はあっという間に干上がってしまう。
武田家において、内政官は戦働きができない閑職という根強いイメージがあった。
上洛の前に、このイメージを取り除いておく必要がどうしてもあったのだ。
「静まれ、静まれ! 兄上が話している最中だ! 静まれ!」
信繁の一喝で、ざわめきはピタリと止まった。
俺は立ち上がり、腕を組んで眼下の者たちを一睨みする。
「さて……。今日、国境を越えていよいよ三河へ入るのだが……。
ここまでの道中、道が楽になった分、余裕が出てきたらしいな?
……兵たちがそんな話をしているのを耳にした」
晴信の威光は未だ健在だ。
右から左へ、左から右へと見渡すだけで、場は再び緊張感に包まれた。




