第48話 義、その足下
「お待ちを! 和を結ぶのに異存はございません!
なれど、上洛に関しては……。そのお誘いは……。私は……。」
「関東か?」
上杉輝虎が掲げる『義』に反する関東の雄、北条家。
その北条の伸ばす手に追われ、関東から落ち延びてきた山内上杉家の養子となった長尾景虎は、今年三月、上杉輝虎と名を改めた。
たとえ棚ぼた的に与えられた官職『関東管領』であっても、それは北条家を打倒するための大義名分となった。
こうした事情から、上杉輝虎が上洛の誘いを断るのは、最初から明らかだった。
「そうです! 私は関東管領! 関東に平穏を導く役目がございます!」
そのため、誘いはしたものの、返ってくるのは淡々とした拒否だろうと俺は思っていた。
だが、この半ば怒鳴るような叫びを聞く限り、本音は別にあるように思える。
俺は笑みが零れそうになるのを堪え、深く溜息をついた。
「なるほど、関東に平穏を……。」
去年、上杉輝虎は山内上杉家の要請に応え、三国峠を越えて北条家が支配する上野へと攻め入った。
数多の城を次々と攻略し、武田家の国峰城を除く上野一国を、わずか半年で平らげたのである。
しかし、武田家を警戒したのだろう。
三国峠が雪深くなる前に、春日山城へと帰還する。
上野は一ヶ月も経たずに北条家の手に戻ったが、上杉輝虎は置き土産を忘れなかった。
『来る年、関東管領の名の下に北条家誅伐の挙兵を行う!
関東の諸大名は我が旗のもとに集え! 毘沙門天の加護ぞある!』
檄文である。
当初、北条家は長尾景虎のわずか半年の上野支配を嘲笑っていた。
だが、そもそもの目的が山内上杉家との養子縁組と関東管領就任のための実績作りに過ぎなかったと知って、戦慄した。
なにしろ、関東の小大名や諸将は北条家の要請に応じ、軍神の異名に恥じぬ長尾景虎の戦いぶりをすでに目の当たりにしていた。
彼らは戦う前から腰が引けるだろうし、場合によっては北条家から離反する可能性すらあった。
すぐさま北条家は、長尾景虎との共闘を願う使者を諏訪の屋敷へ送り込んできた。
武田家の忍者が長尾景虎の檄文に関する情報を掴み、それが俺の元へ届いたのは三日後である。
こうしたタイムラグを考えれば、北条家の焦りぶりも容易に理解できる。
『景虎を討つ好機にございます!
我らと時を合わせ、武田殿には景虎の後背を突いていただきたいのです!』
晴信と長尾景虎の確執は有名だ。
使者はまさか追い返されるとは思ってもいなかったらしい。
『いや……。儂よりも、まず義元の元へ行くのが道理ではないか?』
当時の武田家当主は義信である。
俺が至極真っ当なことを告げると、使者はしばらく呆然と言葉を失っていた。
その顔を今思い出しても笑ってしまう。
義輝様からのお願いで、長尾景虎との関係改善に悩んでいた義信も、随分と思案したらしい。
だが、最終的に共闘は断った。
『景虎を警戒する必要があるのは、当家も同じだ。
実際に関東へ長尾景虎が現れたとしても、北信濃に対する睨みは置くだろう。
今は、援軍の約束は出来ない……。』
北条家は、頑固な義信を説得するのは難しいと判断し、二人目の使者を諏訪の屋敷へ送ってきたのは二週間後のことだった。
しかも、北条家重臣中の重臣。
北条家初代『北条早雲』の時代から仕え続ける、北条家の長老『北条幻庵』である。
『良い返事を頂くまで、絶対に帰りませぬぞ!』
北条幻庵はその日から諏訪に滞在し続けた。
我が家の温泉を堪能し、切り蕎麦が食べたい、豚鍋が食べたい、年寄りを無下に扱うと地獄に落ちるぞと、わがまま放題を尽くしてくれた。
途中、義信の急死があり、武田家が戦略の方向性を変えたことは、今さら語るまでもあるまい。
それに伴い、北条幻庵は共闘とは別の答えを北条家へ持ち帰った。
あのわがまま爺の顔は、もう二度と見たくない。
「しかし、上杉殿……。」
両手を腰で組み、右へと向きを変えて、高台の東側へと歩いた。
その方向に意味はない。
前方には上杉輝虎、左手には藤孝殿、背後には先ほどまで腰掛けていた床几がある。それだけの理由だ。
「果たして、関東は乱れているのかな?」
高台の縁に立ち、陽光を受けてきらめく犀川の水面を眺めながら、言葉を投げかける。
関東管領として上杉輝虎が関東へ攻め入る、その大義名分を根底から揺るがす問いを。
「何を仰る! 武田殿、貴殿が知らぬはずがあるまい!」
たちまち上杉輝虎は激高した。
床几を蹴り飛ばして立ち上がり、その怒鳴り声は天地を揺るがすかのようであった。




