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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第5部「蒼界・再誕篇/灰界」

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第97話 「声のない教会」

新世界暦100年。


1月19日。


午後2時00分。


中央ヨーロッパ。


旧ケルンの跡地。


京と刃は、巨大な建造物の前に立っていた。


それは——聖堂だった。


いや、聖堂の跡地。


かつてケルン大聖堂と呼ばれた建物。


双塔が天を貫き、ゴシック様式の荘厳な姿。


だが——今は違った。


塔は半ば崩れ、壁には亀裂が走っている。


石材は蒼く光る植物に覆われ、窓は割れている。


それでも——


建物は、立っていた。


100年の時を超えて。


まるで——何かを守るかのように。


刃が呟いた。


「……でかいな」


京も見上げた。


「ああ」


刃は入口を指差した。


「入るか?」


京は頷いた。


「……ああ」


二人は、ゆっくりと聖堂へ近づいた。


正面の扉は、開いていた。


いや——壊れていた。


片方の扉は地面に倒れ、もう片方は斜めに傾いている。


だが——中から、光が漏れていた。


蒼い光。


だが——それだけではない。


金色。


紅色。


白色。


複数の色が、混じり合っていた。


京と刃は、中へ入った。


内部。


広い。


天井は高く、30メートルを超えている。


壁には巨大なステンドグラスの残骸。


床には石畳。


そして——


無数のZ-Homoが、いた。


座っていた。


いや——跪いていた。


数百。


いや、数千。


聖堂の中を、びっしりと埋め尽くしていた。


彼らはすべて、同じ方向を向いていた。


正面。


祭壇へ。


そして——動かない。


完全な静止。


呼吸もなく、音もなく、ただ跪いている。


刃が呟いた。


「……なんだ、これ」


京も困惑していた。


「……分からない」


二人は、通路を歩き始めた。


Z-Homoたちの間を抜けて。


彼らは、京と刃を見ていた。


視線だけが、動く。


だが——反応しない。


跪いたまま、ただ見ている。


金色の瞳。


数千の瞳が、二人を追っていた。


だが——敵意はない。


警戒もない。


ただ——観察していた。


まるで——


二人が何をするのか、見守っているかのように。


京は周囲を見回した。


Z-Homoたち。


彼らの姿勢は、完璧に揃っていた。


両手を組み、頭を垂れ、背筋を伸ばしている。


まるで——祈っているかのように。


刃が一体のZ-Homoに近づいた。


肩を叩く。


「おい」


Z-Homoは——反応しなかった。


視線すら動かさない。


ただ——祈り続けている。


刃は舌打ちした。


「……また、これか」


京は刃を止めた。


「刃」


「なんだ?」


京は祭壇を指差した。


「……まず、あれを見よう」


二人は、祭壇へ向かった。


通路を進む。


Z-Homoたちの視線が、ついてくる。


だが——誰も動かない。


ただ——見ている。


祭壇。


そこは、高い位置にあった。


階段を5段登った場所。


かつては十字架や聖像が置かれていたのだろう。


だが今は——


何もない。


いや——


一つだけ、あった。


光の端末。


それは宙に浮いていた。


高さ2メートル。


幅1メートル。


平面ディスプレイのような形状。


蒼く光り、表面には無数の文字が流れていた。


データ。


記録。


観測情報。


京は——その端末を見て、息を呑んだ。


「……これは」


刃も近づいた。


「なんだ?」


京は静かに答えた。


「……澪だ」


刃は驚いた。


「澪? あの澪か?」


京は頷いた。


「ああ。彼女の記録端末の断片だ」


刃は端末を見上げた。


「断片?」


京は端末に手を伸ばした。


触れた瞬間——


画面が変わった。


文字が消え、映像が現れた。


地球。


蒼く光る惑星。


そこに、無数の光点が散らばっている。


それは——Z-Homo集落の位置。


京の目が、データを読み取る。


【記録者:藤宮澪】


【記録開始:新世界暦元年】


【記録継続:100年間】


【総データ量:測定不能】


【状態:断片化】


刃が呟いた。


「断片化?」


京は頷いた。


「ああ。本体は大西洋の海底にある」


「これは——その一部だ」


刃は眉をひそめた。


「なんで、こんなとこに?」


京は——答えに迷った。


そして——


「……彼らが、求めたんだ」


刃は驚いた。


「求めた?」


京は振り返った。


Z-Homoたち。


数千の瞳が、京を見ていた。


そして京は——理解した。


「彼らは——記録を信仰している」


刃は絶句した。


「……は?」


京は静かに続けた。


「澪の記録。それが——彼らの神だ」


刃は——理解できなかった。


「なんで? なんで記録が神なんだ?」


京は祭壇を見た。


「……彼らには、過去がない」


刃は黙った。


京は続けた。


「群体知性になった瞬間、個の記憶は失われた」


「自分が誰だったのか、何をしていたのか、すべて忘れた」


「だが——澪は記録していた」


「すべてを」


刃は——理解した。


そして——悲しんだ。


「……だから、信仰してんのか」


京は頷いた。


「ああ。自分たちの過去を知るために」


「存在の証明を求めて」


刃は拳を握った。


「……くそ」


京は端末に手を置いた。


「もう少し、調べさせてくれ」


刃は頷いた。


「ああ」


京は端末と接続した。


意識を繋げ、データを読み取る。


映像が流れる。


過去の記録。


人類が生きていた頃。


都市が輝いていた頃。


文明が栄えていた頃。


そして——


感染が始まった頃。


混乱。


崩壊。


絶望。


京の表情が、歪んだ。


苦痛ではない。


悲しみ。


純粋な、悲しみ。


映像は続く。


戦争。


虐殺。


破壊。


人類最後の抵抗。


そして——


終焉。


静寂。


蒼界の誕生。


京は——目を閉じた。


「……見たくない」


だが——映像は止まらない。


強制的に流れ続ける。


まるで——


見せたがっているかのように。


新世界暦元年。


京と刃が、光の存在へ昇華した日。


地球が、惑星脳として覚醒した日。


人類が、完全に消滅した日。


そして——


映像が、変わった。


澪。


彼女の姿が現れた。


いや——彼女の意識。


光の人型。


彼女は——泣いていた。


声はない。


だが——確かに泣いていた。


【……ごめんなさい】


データに刻まれた、言葉。


【私は、何もできなかった】


【ただ見ることしか】


【記録することしか】


【ごめんなさい】


京の目から、一筋の光が流れた。


涙ではない。


Z波の凝縮。


だが——それは涙だった。


感情の結晶。


悲しみの証。


映像は続く。


新世界暦10年。


Z-Homoたちが、街を作り始めた。


建物を建て、道を作り、システムを構築する。


だが——


彼らの目には、光がなかった。


新世界暦50年。


群体知性が、完成した。


個の意識が、全体に溶けた。


そして——


彼らは、記録を求め始めた。


自分たちが何者なのか。


どこから来たのか。


何のために存在するのか。


澪の記録端末を見つけ、それを信仰し始めた。


新世界暦100年。


現在。


映像が、止まった。


画面に、文字が現れた。


【シン・フジワラ記録:観測は、まだ続く】


京は——固まった。


「……シン・フジワラ?」


刃も、その文字を見た。


「なんだ、それ?」


京は——答えられなかった。


理解できなかった。


シン・フジワラ。


新・藤原。


それは——誰だ?


画面が、また変わった。


新しいデータが現れた。


【警告:時間軸異常検知】


【未来からの干渉:確認】


【発生源:不明】


【目的:不明】


【影響範囲:全球】


京の瞳が、揺れた。


「……未来?」


刃は眉をひそめた。


「未来からの干渉? どういうことだ?」


京は——理解しようとした。


だが——できない。


データが、不完全だった。


断片化しているため、情報が欠けている。


画面が、また変わった。


最後のメッセージ。


【藤原京へ】


【あなたは、まだ知らない】


【だが——もうすぐ知る】


【それが、終わりの始まり】


【私は、見届ける】


【すべてを】


【最後まで】


【——藤宮澪】


画面が、消えた。


光が失せ、端末が沈黙する。


京は——立ち尽くしていた。


刃が声をかけた。


「おい、京」


京は——答えなかった。


ただ——考えていた。


シン・フジワラ。


未来からの干渉。


終わりの始まり。


それは——何を意味するのか。


刃は京の肩を叩いた。


「おい、しっかりしろ」


京は——我に返った。


刃を見る。


「……すまない」


刃は心配そうに京を見た。


「大丈夫か?」


京は頷いた。


「ああ」


だが——表情は暗かった。


不安。


恐怖。


そして——予感。


何かが、起きる。


もうすぐ。


刃は京の前に立った。


「なぁ、京」


「ん?」


「何が見えた?」


京は——答えた。


正直に。


「……未来だ」


刃は驚いた。


「未来?」


京は頷いた。


「ああ。俺たちの未来が——」


京は言葉を切った。


そして——


「——終わる」


刃は——黙った。


長く。


深く。


そして——


「……そうか」


京は刃を見た。


「怖いか?」


刃は——笑った。


荒々しく。


「怖いわけねぇだろ」


京は微笑んだ。


わずかに。


「……そうだな」


二人は、祭壇を降りた。


通路を戻る。


Z-Homoたちの間を抜ける。


彼らは今も、祈り続けていた。


動かず、話さず、ただ跪いている。


京は——彼らを見た。


一人一人を。


そして——思った。


【彼らは、何を求めているのか】


【記録か】


【過去か】


【それとも——未来か】


答えは、出なかった。


二人は、聖堂を出た。


外。


蒼い空。


だが——東の空に、白い光が見えた。


さらに明るく。


さらに近く。


刃がその光を指差した。


「……あれ、近づいてるな」


京は頷いた。


「ああ」


刃は京を見た。


「あれが、未来か?」


京は——答えなかった。


ただ——見つめていた。


白い光を。


未知を。


終わりを。


そして——


京は呟いた。


「……行こう」


刃は頷いた。


「ああ」


二人は、歩き出した。


聖堂から離れる。


東へ。


白い光へ。


未来へ。


そして——


振り返ると。


聖堂の中から、数千のZ-Homoが出てきていた。


ゆっくりと。


静かに。


彼らは、京と刃を見送っていた。


祈るように。


見守るように。


そして——


一体のZ-Homoが、手を上げた。


別れの挨拶。


次に、別の個体も。


そしてまた。


数千の手が、上がった。


声はない。


だが——意思があった。


【行ってください】


【王よ】


【鬼神よ】


【終わりを、見届けてください】


京は——手を上げた。


応えた。


刃も、手を上げた。


荒々しく。


だが——優しく。


そして二人は、歩き出した。


振り返らずに。


前だけを見て。


未来へ。


大西洋。


記録球の中。


澪の意識が、激しく揺れていた。


【警告:端末接続検知】


【接続者:藤原京】


【閲覧内容:シン・フジワラ記録】


【……彼は、知った】


澪の意識が、悲しみに沈んだ。


【ごめんなさい、京】


【隠したかった】


【でも、隠せなかった】


【あなたは、もうすぐ知る】


【すべてを】


そして澪は、記録を続けた。


【時刻:15時00分】


【Z-01、Z-02:聖堂を離脱】


【目的地:東方】


【白い光:接近中】


【予測:48時間以内に接触】


【結末:……不明】


澪の意識が、かすかに震えた。


恐怖。


不安。


そして——


【私は、見届ける】


【最後まで】


【どんな結末でも】


それは祈りだった。


記録者の、最後の祈り。


草原。


京と刃が、並んで歩いていた。


沈黙。


重い、沈黙。


やがて、刃が口を開いた。


「なぁ、京」


「ん?」


「シン・フジワラって、誰だ?」


京は——答えなかった。


答えられなかった。


だが——


「……もうすぐ、分かる」


刃は京を見た。


「怖いか?」


京は——微笑んだ。


悲しそうに。


「……少し」


刃は笑った。


「俺もだ」


京は刃を見た。


「だが——」


刃も京を見た。


「——だが?」


京は静かに答えた。


「お前がいる」


刃は——照れた。


また。


「……もう、それ聞き飽きた」


京は笑った。


「本当だから」


二人は歩き続けた。


東へ。


白い光へ。


そして——


その光が、また明るくなった。


まるで——


答えるかのように。


(了)

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