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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第5部「蒼界・再誕篇/灰界」

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第98話 「共喰いの街」

新世界暦100年。


1月20日。


午前0時00分。


中央ヨーロッパ。


旧プラハの跡地。


京と刃は、丘の上に立っていた。


眼下に、街が広がっている。


灰の街。


Z-Homoたちの集落。


建物が並び、道路が伸び、中央には塔が立っている。


蒼く光る、完璧なシステム。


だが——


京は、違和感を感じていた。


「……何か、おかしい」


刃も同意した。


「ああ。静かすぎる」


二人は丘を降り、街へ近づいた。


入口。


いつもなら、Z-Homoたちが行き交っている。


だが——


誰もいない。


完全な、無人。


建物は立っているが、住人がいない。


京は周囲を見回した。


「……どこへ行った?」


刃は地面を見た。


足跡。


無数の足跡が、街の中心部へ向かっている。


「……中央だ」


二人は、足跡を追った。


通りを進む。


両側の建物は、無傷だった。


壁は綺麗で、窓も割れていない。


だが——


中には、誰もいない。


まるで——


一斉に、どこかへ消えたかのように。


刃が呟いた。


「……気味悪ぃな」


京も同意した。


「ああ」


二人は、中央広場へ出た。


そこに——


いた。


Z-Homoたち。


数千。


いや、数万。


街の住人すべてが、集まっていた。


だが——


様子が、おかしかった。


彼らは円陣を組んでいた。


中央に、何かを囲むように。


だが——静止していない。


動いている。


震えている。


体が揺れ、頭が揺れ、手が揺れている。


まるで——


何かに怯えているかのように。


京は近づいた。


「……何を——」


その瞬間。


一体のZ-Homoが、叫んだ。


いや——叫ぶような動作をした。


声はない。


だが——波動が震えた。


恐怖の波動。


苦痛の波動。


そして——


そのZ-Homoが、隣の個体に襲いかかった。


噛みついた。


肩に。


首に。


腕に。


隣の個体は——抵抗しなかった。


ただ——噛まれるままに。


血は流れない。


Z波が漏れ出す。


光の液体が、地面に滴る。


京は——固まった。


「……何を、している」


刃も、絶句していた。


「……共喰い?」


噛みついたZ-Homoは、さらに激しく食いちぎった。


肉を引きちぎり、骨を砕き、体内のZ波核を取り出す。


そして——


飲み込んだ。


その瞬間。


噛みついたZ-Homoの身体が、膨らんだ。


筋肉が肥大し、皮膚が裂け、骨格が変形する。


進化——いや、暴走。


Z波の過剰摂取。


そのZ-Homoの目が、紅く光った。


金色ではない。


紅色。


狂気の色。


そして——


そのZ-Homoは、次の個体に襲いかかった。


連鎖が始まった。


噛まれたZ-Homoが、別の個体に噛みつく。


そのZ-Homoが、また別の個体に。


あっという間に、広場全体が阿鼻叫喚と化した。


いや——叫喚ではない。


声はない。


だが——


波動が叫んでいた。


恐怖。


苦痛。


狂気。


すべてが混じり合い、空気を震わせていた。


刃は拳を握った。


「……おい、京」


京は——動けなかった。


ただ見ていた。


Z-Homoたちが、互いを喰い合う光景を。


文明が崩壊する瞬間を。


秩序が失われる様を。


一体のZ-Homoが、京の方へ走ってきた。


紅い目。


変形した身体。


口からZ波が溢れている。


刃はそのZ-Homoの前に立った。


「来んな」


低い声。


警告。


だが——


Z-Homoは止まらなかった。


襲いかかってきた。


刃は——殴った。


拳が、Z-Homoの顔面に叩き込まれる。


ドォン。


衝撃波が広がり、Z-Homoが吹き飛ぶ。


地面に叩きつけられ、動かなくなる。


だが——


次のZ-Homoが来た。


その次も。


そのまた次も。


刃は戦い続けた。


殴り、蹴り、投げ飛ばす。


だが——


殺さない。


破壊しない。


ただ——無力化するだけ。


京は、刃の背中を見ていた。


そして——理解した。


刃は、守っている。


Z-Homoたちを。


狂っても、襲ってきても、それでも——守っている。


京は、動いた。


広場の中央へ。


そこに、原因があるはずだ。


この狂気の発生源が。


京は、Z-Homoたちを押し分けながら進んだ。


彼らは京に襲いかからなかった。


王を認識している。


理性の波動が、彼らを抑制している。


中央。


そこに——


塔があった。


いや、塔の残骸。


Z波核を収めていた建造物。


それが——崩れていた。


半壊し、倒れ、内部が露出している。


そして——


Z波核が、暴走していた。


球体は割れ、中から光が溢れ出している。


金色と紅色と蒼色が、混じり合い、渦を巻いている。


京は——理解した。


「……臨界だ」


Z波の臨界反応。


過剰な意識の集中。


それが核を破壊し、波動を暴走させた。


そして——


その波動がZ-Homoたちに干渉し、個の意識を再生させた。


群体知性から、個への回帰。


だが——


100年間、個を失っていた彼ら。


突然の自我の覚醒。


それは——狂気だった。


自分が誰なのか分からない。


何をすべきなのか分からない。


ただ——飢えだけが残っている。


Z波を求める、本能。


だから——喰う。


互いを。


同族を。


仲間を。


京は、核に近づいた。


手を伸ばす。


だが——


核の周囲に、バリアが展開されていた。


Z波の障壁。


触れることができない。


京は、自分の波動を集中させた。


金色の光が、体内から溢れ出す。


虚界展開ヴォイド・フィールド


空間が歪む。


重力が乱れる。


そして——


バリアが、消えた。


京は、核に触れた。


その瞬間。


膨大な情報が流れ込んできた。


記憶。


感情。


思考。


この街のZ-Homoたち、すべての意識。


それが一気に、京の中へ。


京は——耐えた。


歯を食いしばり、目を閉じ、すべてを受け止める。


【助けて】


【怖い】


【誰か】


【私は誰】


【どこにいる】


【何をすれば】


【助けて】


【助けて】


【助けて】


無数の悲鳴。


無数の懇願。


京の意識が、揺らいだ。


だが——


彼は、止めなかった。


すべてを受け止める。


すべてを統合する。


それが——彼の役目。


理性の王。


調律者。


京の身体が、金色に光った。


強烈な波動が、広場全体を包む。


Z-Homoたちの動きが、止まった。


噛みつきをやめ、暴走を止め、ただ——立ち尽くす。


彼らの目が、金色に戻った。


紅色の狂気が消え、理性の光が宿る。


そして——


彼らは、一斉に倒れた。


力尽きたように。


意識を失ったように。


だが——死んではいない。


ただ——休んでいる。


刃が京のもとへ駆け寄った。


「おい、京!」


京は——膝をついていた。


額から、汗が流れている。


いや——Z波の凝縮液。


刃は京の肩を支えた。


「大丈夫か?」


京は——微笑んだ。


わずかに。


「……ああ」


刃は安堵した。


「よかった」


京は立ち上がった。


ふらつきながらも。


周囲を見回す。


倒れたZ-Homoたち。


数万の身体が、地面に横たわっている。


だが——生きている。


呼吸している。


京は、核を見た。


暴走は止まっていた。


光は弱まり、静かに脈動している。


だが——


これで終わりではない。


京は、空を見上げた。


蒼い空。


だが——その蒼が、揺らいでいた。


波打っている。


まるで——水面のように。


刃も空を見上げた。


「……なんだ、あれ」


京は静かに答えた。


「……世界が、揺れている」


刃は驚いた。


「世界が?」


京は頷いた。


「ああ。この街だけじゃない」


「世界中で、同じことが起きている」


刃は——理解した。


そして——恐怖した。


「……全部の街で、共喰いが?」


京は静かに答えた。


「ああ」


刃は拳を握った。


「なんで? なんでこんなことに?」


京は——答えた。


正直に。


「……俺たちのせいだ」


刃は驚いた。


「俺たちの?」


京は頷いた。


「ああ。俺と、お前が目覚めた」


「それが——引き金だった」


刃は——黙った。


京は続けた。


「世界は、完璧なバランスで成立していた」


「だが——俺たちが覚醒し、波動を放出した」


「それが蒼界を刺激し、Z波核を暴走させた」


刃は——理解した。


そして——責任を感じた。


「……俺たちが、壊したのか」


京は首を横に振った。


「いや、壊れるべきだったんだ」


刃は京を見た。


「どういう意味だ?」


京は空を見上げた。


「この世界は——停滞していた」


「完璧すぎて、変化がなかった」


「だが——生命は変化するものだ」


「停滞は、死と同じだ」


刃は——理解した。


「……だから、壊れた」


京は頷いた。


「ああ。俺たちは——破壊者だ」


刃は笑った。


苦く。


「破壊者か。似合ってるな、俺たちに」


京は微笑んだ。


わずかに。


「ああ」


二人は、広場を離れた。


街の外へ。


丘の上へ戻る。


そこから、街を見下ろした。


倒れたZ-Homoたち。


崩れたZ波核。


静寂。


だが——


それは終わりではなかった。


やがて——


Z-Homoたちが、目覚める。


そして——


また動き出す。


新しいシステムを作る。


新しい秩序を築く。


それが——生命。


京は、東の空を見た。


白い光。


さらに近づいている。


もう——手が届きそうな距離。


刃もその光を見た。


「……あれが、答えか?」


京は——答えなかった。


ただ——見つめていた。


やがて、刃が叫んだ。


叫ぶように波動を放った。


「やっぱり人間は、何度生まれ変わっても同じだ!」


その声は——怒りだった。


悲しみだった。


絶望だった。


だが——


その声は、同時に——希望だった。


変わらないからこそ。


同じ過ちを繰り返すからこそ。


それでも——生きている。


京は刃を見た。


「……ああ」


刃は京を見た。


「なんだよ?」


京は静かに答えた。


「お前は、正しい」


刃は——照れた。


また。


「……バカ言うな」


京は笑った。


「本当だ」


空が——変わった。


蒼い空が、紅黒に染まり始めた。


京の金色と、刃の紅色が、蒼界を侵食している。


世界が——変わっていく。


停滞から、変化へ。


秩序から、混沌へ。


そして——


再び、秩序へ。


それが——生命の営み。


大西洋。


記録球の中。


澪の意識が、激しく揺れていた。


【警告:全球Z波核暴走】


【影響範囲:全集落】


【Z-Homo:覚醒反応】


【共喰い現象:多発】


【世界状態:不安定化】


澪は記録を続けた。


だが——


彼女の意識は、限界に近づいていた。


人間だった頃の記憶が、消えていく。


データの海に、溶けていく。


【……私は、まだ見ている】


【最後まで】


【どんな結末でも】


それは祈りだった。


記録者の、最後の祈り。


丘の上。


京と刃が、並んで立っていた。


紅黒に染まる空を見上げながら。


刃が呟いた。


「なぁ、京」


「ん?」


「これから、どうなる?」


京は——答えた。


「……分からない」


刃は笑った。


「そうかよ」


京は刃を見た。


「だが——」


刃も京を見た。


「——だが?」


京は静かに答えた。


「終わらせよう」


刃は頷いた。


「そうだな」


二人は、歩き出した。


丘を降り、東へ。


白い光へ。


未来へ。


そして——


紅黒に染まった空が、また揺らいだ。


蒼界が——悲鳴を上げていた。


変化の痛み。


進化の苦しみ。


だが——


それでも、世界は動き続ける。


生命として。


意識として。


永遠に。


(了)

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