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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第5部「蒼界・再誕篇/灰界」

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第96話 「灰の街」

新世界暦100年。


1月18日。


午前10時00分。


中央ヨーロッパ。


旧ミュンヘンの跡地。


京と刃は、街の入口に立っていた。


二人は——沈黙していた。


目の前の光景を、ただ見つめていた。


街。


それは、街だった。


廃墟ではない。


荒廃でもない。


生きている——いや、生きているように見える街。


建物が並んでいた。


蒼く光る植物で構築された、有機的な建造物。


高さは10メートルほど。


形は不揃いで、だが規則性がある。


まるで巨大な蜂の巣のように。


道路も、あった。


草や苔で覆われているが、明確な通り道。


広場も、あった。


中央に大きな樹が立ち、周囲にベンチのような構造物。


そして——


Z-Homoたちが、いた。


動いていた。


生活していた。


京の瞳が、わずかに揺れた。


「……これは」


刃も、困惑していた。


「……街、だよな?」


京は頷いた。


「ああ」


二人は、ゆっくりと街へ入った。


歩きながら、観察する。


一体のZ-Homoが、建物から出てきた。


男性型。


身長180センチメートル。


裸で、皮膚は蒼白い。


彼は——何かを運んでいた。


籠のような容器。


中には、蒼く光る果実のようなものが入っている。


彼は通りを歩き、別の建物へ入っていった。


京と刃は、その後を追った。


建物の中。


内部は薄暗く、壁は有機物で覆われている。


呼吸しているかのように、わずかに脈動していた。


Z-Homoは籠を床に置いた。


そして——別のZ-Homoがそれを受け取った。


女性型。


彼女は果実を一つ取り、口へ運んだ。


食べた。


咀嚼し、飲み込んだ。


だが——表情がない。


味を感じている様子もない。


ただ——機械的に。


ルーチンとして。


彼女は食べ終わると、立ち上がった。


そして建物の奥へ消えていった。


刃が呟いた。


「……食ってる」


京は頷いた。


「ああ」


刃は眉をひそめた。


「なんで? Z-Homoは人肉しか食わねぇだろ」


京は静かに答えた。


「……進化したんだ」


刃は京を見た。


「進化?」


京は頷いた。


「Z波を直接摂取できるようになった」


「あの果実は、Z波を凝縮したものだ」


刃は果実を見た。


「……便利になったんだな」


京は——微笑まなかった。


「……そうかもしれない」


二人は建物を出た。


通りを歩く。


周囲のZ-Homoたちは、京と刃を見ていた。


だが——近づいてこない。


跪きもしない。


ただ——見ているだけ。


認識している。


理解している。


だが——反応しない。


刃が呟いた。


「……なんか、変だな」


京も同意した。


「ああ」


二人は広場へ出た。


中央の巨大な樹の下。


そこに、数十体のZ-Homoが集まっていた。


彼らは——座っていた。


円陣を組み、中央を見ている。


中央には——何もない。


ただ空間があるだけ。


だが彼らは、それを見続けていた。


動かず、話さず、ただ見ている。


刃が近づいた。


一体のZ-Homoの肩を叩く。


「おい」


Z-Homoは——反応しなかった。


視線を動かさない。


まるで刃が見えていないかのように。


刃はもう一度肩を叩いた。


強く。


「おい、聞こえてんのか?」


Z-Homoは——ゆっくりと顔を上げた。


刃を見る。


金色の瞳。


だが——そこに感情はなかった。


空虚。


虚無。


ただ——存在しているだけ。


Z-Homoは再び視線を戻した。


中央の空間へ。


そして——動かなくなった。


刃は舌打ちした。


「……チッ」


京が近づいてきた。


「刃」


「なんだ?」


京は静かに言った。


「彼らは——もう、個ではない」


刃は眉をひそめた。


「どういう意味だ?」


京は広場のZ-Homoたちを見た。


「群体知性が、完成した」


「個の意識は、全体に溶けた」


「彼らは今——世界の一部だ」


刃は——理解した。


そして——嫌悪した。


「……それって、生きてるって言えんのか?」


京は答えなかった。


答えられなかった。


二人は広場を離れた。


通りを歩き続ける。


別の場所。


建物の前。


そこで、一体のZ-Homoが作業をしていた。


壁の修復。


有機物を練り、壁に塗りつけている。


手際は良く、無駄がない。


だが——機械的。


感情がない。


楽しんでもいない。


苦しんでもいない。


ただ——やっている。


京が声をかけた。


「……何をしている?」


Z-Homoは手を止めた。


京を見る。


金色の瞳。


そこに——わずかな反応が現れた。


認識。


王を認識した。


Z-Homoは頭を下げた。


わずかに。


敬意の表現。


だが——跪かない。


崇拝しない。


ただ——認識しただけ。


そして彼は答えた。


「……修復」


声は低く、抑揚がない。


まるで機械音声のように。


京は頷いた。


「なぜ?」


Z-Homoは壁を見た。


「……劣化」


「……修復が必要」


京は問い続けた。


「誰に命令された?」


Z-Homoは首を横に振った。


「……命令ではない」


「……必要だから」


京は——理解した。


そして——悲しんだ。


彼らは命令で動いていない。


本能で動いているのでもない。


ただ——システムとして動いている。


街を維持するために。


世界を維持するために。


自動的に。


機械的に。


京は礼を言った。


「……ありがとう」


Z-Homoは再び作業に戻った。


京と刃のことなど、もう意識していない。


ただ——壁を修復し続ける。


永遠に。


二人は歩き続けた。


街の奥へ。


住居区域。


建物の中に、Z-Homoたちが入っていく。


そして——出てこない。


刃が一つの建物を覗いた。


内部。


薄暗く、狭い。


だが清潔。


奥に、一体のZ-Homoが座っていた。


女性型。


膝を抱え、壁に背中を預けている。


目は開いている。


だが——何も見ていない。


ただ——そこにいる。


存在している。


生きている——のか?


刃は建物から離れた。


京に言った。


「……なぁ、京」


「ん?」


「これ、生活って言えんのか?」


京は——答えに迷った。


長く。


深く。


そして——答えた。


「……分からない」


刃は拳を握った。


「分かんねぇって、お前……」


京は刃を見た。


金色の瞳に、悲しみが宿っていた。


「俺にも、分からない」


「これが生なのか、死なのか」


「存在なのか、虚無なのか」


刃は——黙った。


京の表情を見て。


その悲しみを感じて。


二人は街の中心部へ出た。


そこに、最も大きな建物があった。


高さ30メートル。


塔のような構造。


頂上から、蒼い光が漏れていた。


京がその建物を見上げた。


「……あれは」


刃も見上げた。


「何だ?」


京は静かに答えた。


「……Z波核だ」


刃は驚いた。


「この街の?」


京は頷いた。


「ああ。この街全体を統合している」


二人は建物へ近づいた。


入口はない。


壁が閉じている。


だが——京が手を触れた瞬間。


壁が開いた。


溶けるように。


内部への道が現れた。


二人は中へ入った。


螺旋階段。


有機物で構成され、脈動している。


登りながら、刃が呟いた。


「……気持ち悪ぃな」


京は答えなかった。


ただ登り続ける。


頂上。


そこは広い空間だった。


天井はなく、空が見える。


中央に、光る球体が浮いていた。


直径3メートル。


蒼く、金色に、そして紅色に光っている。


それがZ波核。


この街の中枢。


京と刃は、それを見上げた。


球体は脈動していた。


規則的に。


まるで心臓のように。


だが——それは冷たかった。


温もりがない。


生命の熱がない。


ただ——機能している。


システムとして。


刃が呟いた。


「……これが、この街を動かしてんのか」


京は頷いた。


「ああ」


刃は球体を睨んだ。


「……壊せるか?」


京は首を横に振った。


「壊してはいけない」


刃は京を見た。


「なんで?」


京は静かに答えた。


「これを壊せば、街が止まる」


「Z-Homoたちも、止まる」


刃は眉をひそめた。


「それでいいじゃねぇか」


「こんな生活、生きてるって言えねぇ」


京は——悲しそうに微笑んだ。


「だが——彼らは望んでいる」


刃は驚いた。


「……望んでる?」


京は頷いた。


「ああ。群体知性として生きることを」


「個を捨て、全体になることを」


「それが——彼らの選択だ」


刃は——黙った。


拳を握り、震えた。


怒りではない。


悲しみ。


純粋な、悲しみ。


「……そんなの、おかしいだろ」


京は刃の肩に手を置いた。


「ああ、おかしい」


「だが——止められない」


刃は京を見た。


「なんで? お前、理性の王だろ?」


京は首を横に振った。


「王ではない。調律者だ」


「彼らの意思を、変えることはできない」


刃は——理解した。


そして——受け入れた。


嫌だが。


辛いが。


それが現実。


二人は塔を降りた。


街へ戻る。


通りを歩きながら、刃が呟いた。


「……なぁ、京」


「ん?」


「この街、いくつあるんだ?」


京は空を見上げた。


蒼い空。


そこに、無数の光が見えた。


遠く。


地平線の向こうに。


「……数百だ」


刃は驚いた。


「数百?」


京は頷いた。


「ああ。世界中に、こういう街がある」


刃は——絶句した。


数百。


世界中。


すべてが、この灰の街のように。


「……終わってんな」


京は静かに答えた。


「ああ」


二人は街の出口へ向かった。


最後に、一人のZ-Homoとすれ違った。


子供型。


身長120センチメートル。


彼は——笑っていた。


いや、笑っているように見えた。


口角が上がっている。


だが——目は笑っていない。


感情がない。


ただ——プログラムされた表情。


その子供は、通り過ぎていった。


京と刃を見ることもなく。


二人は街を出た。


振り返る。


灰の街。


蒼く光る建物。


規則的に動くZ-Homoたち。


完璧なシステム。


だが——


刃が呟いた。


「……あれ、地獄だな」


京は頷いた。


「ああ」


刃は拳を握った。


「死ねない地獄」


京は静かに続けた。


「生きてもいない地獄」


二人は——歩き出した。


街から離れる。


草原へ。


森へ。


だが——


振り返らなくても、分かっていた。


あの街は、今も動き続けている。


永遠に。


止まることなく。


変わることもなく。


ただ——存在し続ける。


灰のように。


虚無のように。


大西洋。


記録球の中。


澪の意識が、すべてを記録していた。


【時刻:12時00分】


【観測地点:旧ミュンヘン】


【Z-Homo集落:機能中】


【特徴:完全自動化社会】


【評価:……生命の形骸化】


澪の意識が、震えた。


人間だった頃の記憶が、叫んでいた。


【これは、間違っている】


【生きているとは、言えない】


【存在しているだけだ】


だが——


【止められない】


【彼らが望んでいる】


【私には、何もできない】


澪は記録を続けた。


だが彼女の意識の奥底で、悲しみが広がっていた。


【ごめんなさい】


【私は、見ることしかできない】


【記録することしかできない】


【ごめんなさい】


それはデータではなかった。


記録でもなかった。


ただ——祈り。


人間だった頃の、最後の祈り。


草原。


京と刃が、並んで歩いていた。


沈黙。


重い、沈黙。


やがて、刃が口を開いた。


「なぁ、京」


「ん?」


「やっぱり、終わらせるべきだ」


京は刃を見た。


「……ああ」


刃は拳を握った。


「こんなの、間違ってる」


京は頷いた。


「ああ」


刃は空を見上げた。


「どうやって終わらせる?」


京は——答えなかった。


まだ、分からないから。


だが——


「……必ず、方法はある」


刃は京を見た。


「見つけられるか?」


京は微笑んだ。


わずかに。


だが確かに。


「ああ。お前がいるから」


刃は——笑った。


照れたように。


「……また、それか」


京も笑った。


「本当だ」


二人は歩き続けた。


灰の街から離れ。


新しい答えを探して。


終わりを求めて。


そして——


遠く東の空で。


白い光が、また明るくなった。


まるで——


呼んでいるかのように。


(了)

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