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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第5部「蒼界・再誕篇/灰界」

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第95話 「地上の再会」

新世界暦100年。


1月17日。


午前3時00分。


中央ヨーロッパ。


旧ベルリンの跡地。


かつて壁で分断されていた都市は、今は廃墟だった。


建物は崩れ、道路は割れ、広場は草原になっていた。


だが——荒廃ではなかった。


再生。


蒼く光る植物が、すべてを覆っていた。


ビルの壁を這い、車を包み、記念碑を飲み込んでいる。


それは侵食ではない。


融合。


人工物と自然が、一つになっていた。


蒼界の一部として。


空は、蒼かった。


だが——その蒼に、二つの色が混じっていた。


金色。


北方から流れてくる、理性の波動。


紅色。


南方から立ち上る、破壊の波動。


二つの色が、この都市の上空で交わろうとしていた。


廃墟の中央。


旧国会議事堂の跡地。


そこに、二つの人影が立っていた。


一人は北から。


一人は南から。


同時に、この場所へたどり着いた。


藤原京。


神谷刃。


100年ぶりの、再会。


二人は向かい合っていた。


距離、10メートル。


だが——動かない。


ただ見つめ合っている。


沈黙。


完全な、沈黙。


風もなく、音もなく、時間すら止まったかのように。


京は静かに立っていた。


背筋を伸ばし、両手を体側に垂らし、表情は穏やか。


金色の瞳が、刃を見ている。


だが——敵意はない。


警戒もない。


ただ——確認していた。


存在を。


変化を。


そして——変わらないものを。


刃は荒々しく立っていた。


肩を張り、拳を握り、口元に笑みを浮かべている。


紅色の瞳が、京を見ている。


だが——敵意はない。


挑発もない。


ただ——喜んでいた。


再会を。


生存を。


そして——変わらないものを。


沈黙が続く。


1分。


2分。


3分。


だが——それは不自然ではなかった。


二人にとって、言葉は必要ない。


意識が繋がっている。


波動が共鳴している。


すべてを、理解し合っている。


だが——それでも。


やはり——言葉が欲しかった。


人間だった頃の名残。


声を聞きたい。


言葉を交わしたい。


確認したい。


そして——


京が、口を開いた。


「……久しぶりだな」


静かな声。


低く、落ち着いている。


だが——そこには温もりがあった。


刃が、笑った。


口角を上げ、歯を見せて。


「ああ、久しぶり」


荒い声。


だが——そこには喜びがあった。


二人は、同時に一歩を踏み出した。


距離が縮まる。


9メートル。


また一歩。


8メートル。


そしてまた。


7メートル。


ゆっくりと。


だが確実に。


互いに近づいていく。


京の表情が、わずかに緩んだ。


微笑み。


安堵の微笑み。


「……変わったな」


刃の笑みが、深まった。


「お前もな」


距離、5メートル。


二人は止まった。


ここが、適切な距離。


近すぎず、遠すぎず。


互いを見つめ、感じ、確認できる距離。


京が、周囲を見回した。


廃墟。


植物。


蒼い光。


そして——静寂。


「……世界は、変わったな」


刃も、周囲を見回した。


崩れたビル。


割れた道路。


緑に覆われた広場。


「ああ。もう、人間はいねぇ」


京は空を見上げた。


蒼い空。


金色と紅色が混じっている。


「……俺たちだけか」


刃も空を見上げた。


二つの色が交わる空。


「いや、澪もいる」


京の瞳が、わずかに揺れた。


「……そうだな」


沈黙。


だがそれは重くない。


ただ——思い出していた。


彼女のことを。


人間だった頃の、最後の友を。


刃が、視線を京に戻した。


「で、どうすんだ?」


京も、視線を刃に戻した。


「……何を?」


刃は両手を広げた。


この世界を示すように。


「これから、だよ」


京は——微笑んだ。


わずかに。


だが確かに。


「……まだ、分からない」


刃は笑った。


荒々しく。


「相変わらずだな、お前」


京は首を横に振った。


「いや、変わった」


刃の笑みが、止まった。


真剣な表情。


「……どう変わった?」


京は自分の胸に、手を当てた。


心臓の——いや、Z波核の位置。


「支配したくない」


刃の瞳が、わずかに見開かれた。


「……は?」


京は静かに続けた。


「100年前の俺は、支配していた」


「群れを。世界を。すべてを」


「だが今は……違う」


刃は黙って聞いていた。


京は空を見上げた。


「同調したい」


「調和したい」


「一つになりたい」


「支配者としてではなく——」


京は視線を刃に戻した。


「——調律者として」


刃は——理解した。


なるほど、と。


そういうことか、と。


「お前、変わったな。本当に」


京は微笑んだ。


「ああ」


刃は腕を組んだ。


考え込むように。


「じゃあ、俺は?」


京は刃を見つめた。


「お前も、変わった」


刃は眉を上げた。


「どう変わった?」


京は静かに答えた。


「破壊したくない」


刃は——笑った。


だが否定ではない。


肯定の笑い。


「……ああ、そうだな」


京は頷いた。


「100年前のお前は、破壊していた」


「敵を。障害を。すべてを」


「だが今は……違う」


刃は自分の拳を見た。


握り、そして開く。


「守りたい」


京は微笑んだ。


「ああ」


刃は拳を握ったまま、空を見上げた。


「守りたいんだよ、この世界を」


「変だよな。俺が、守護者になるなんて」


京は首を横に振った。


「変じゃない」


刃は視線を京に戻した。


「……なんでだ?」


京は静かに答えた。


「お前は昔から、守っていた」


刃は黙った。


京は続けた。


「人間を守り、仲間を守り、澪を守っていた」


「破壊は——守るための手段だった」


「今も、変わらない」


刃は——笑った。


だが今度は、照れたような笑い。


「……お前、説教臭くなったな」


京も笑った。


わずかに。


「100年、考える時間があったからな」


刃は腕を下ろした。


「で、結局どうすんだ?」


京は真剣な表情に戻った。


「……終わらせる」


刃の瞳が、鋭くなった。


「何を?」


京は世界を見渡した。


廃墟。


蒼い光。


静寂。


「この……停滞を」


刃は眉をひそめた。


「停滞?」


京は頷いた。


「世界は変わった。人類は滅んだ」


「だが——それで終わりじゃない」


「次がある。必ず」


刃は理解した。


「……次の段階、ってことか」


京は静かに答えた。


「ああ」


刃は笑った。


「面白そうじゃねぇか」


京は微笑んだ。


「ああ」


二人は、同時に歩き出した。


並んで。


同じ速度で。


廃墟の中を。


蒼い世界を。


京は左。


刃は右。


二人の間隔は、ちょうど1メートル。


近すぎず、遠すぎず。


完璧な、距離。


歩きながら、刃が呟いた。


「なぁ、京」


「ん?」


「お前、100年で何考えてた?」


京は前を見たまま答えた。


「……いろいろだ」


刃は笑った。


「具体的には?」


京は少し考えてから答えた。


「人間のこと」


「世界のこと」


「進化のこと」


「そして——」


京は刃を見た。


「——お前のこと」


刃は——照れた。


明らかに。


「……バカ言うな」


京は笑った。


「本当だ」


刃は視線を逸らした。


「……俺も、お前のこと考えてた」


京は優しく微笑んだ。


「知ってる」


刃は驚いて京を見た。


「なんで?」


京は空を指差した。


「波動が、繋がってたから」


刃は——笑った。


大きく、豪快に。


「そうかよ!」


二人は歩き続けた。


廃墟を抜け、草原を渡り、森へ入る。


蒼く光る樹々が、二人を迎えた。


静かに。


穏やかに。


まるで——祝福するかのように。


森の中。


木漏れ日が——いや、蒼い光が降り注いでいた。


地面には柔らかい苔が広がっている。


二人はそこで、立ち止まった。


刃が周囲を見回した。


「……綺麗だな」


京も周囲を見回した。


「ああ」


刃は大きく息を吸った。


「空気も、美味い」


京も深呼吸した。


「……そうだな」


沈黙。


だがそれは心地よい沈黙。


二人はしばらく、森の中に立っていた。


ただ——存在していた。


世界の一部として。


やがて、刃が口を開いた。


「なぁ、京」


「ん?」


「終わらせるって言ったよな」


「ああ」


刃は真剣な表情で京を見た。


「それって……俺たちも、終わるのか?」


京は——微笑んだ。


悲しそうではなく。


むしろ、穏やかに。


「……分からない」


刃は笑った。


「そうか」


京は頷いた。


「だが——恐れてはいない」


刃は拳を握った。


「ああ、俺もだ」


京は空を見上げた。


「終わりは、始まりだ」


刃も空を見上げた。


「滅びは、更新だ」


二人は——笑った。


同時に。


理解し合っている。


共鳴している。


一つになっている。


だが——二つのままでいる。


それが、彼らの在り方。


京が歩き出した。


刃も歩き出した。


森を抜け、丘を登る。


頂上に立ち、世界を見渡した。


地平線まで、蒼い光。


空も、大地も、すべてが蒼く光っている。


だが——遠く、東の空に。


一筋の光が見えた。


白い光。


蒼くも、金色でも、紅色でもない。


純粋な、白。


刃がその光を指差した。


「……あれ、何だ?」


京はその光を見つめた。


長く。


深く。


そして——答えた。


「……分からない」


刃は眉をひそめた。


「分からない? お前が?」


京は静かに答えた。


「ああ。初めて見る」


刃は真剣な表情になった。


「……危険か?」


京は首を横に振った。


「分からない」


「だが——」


京は刃を見た。


「——近づいてくる」


刃の瞳が、鋭くなった。


「いつ?」


京は再び光を見た。


「……もうすぐだ」


沈黙。


二人は立ち尽くしていた。


丘の上で。


白い光を見つめながら。


やがて、刃が口を開いた。


「なぁ、京」


「ん?」


「お前、怖いか?」


京は——微笑んだ。


「……少し」


刃は笑った。


「俺もだ」


京は刃を見た。


「だが——」


刃も京を見た。


「——だが?」


京は静かに答えた。


「お前がいる」


刃は——照れた。


また。


「……バカ言うな」


京は笑った。


「本当だ」


刃は視線を逸らした。


だが——笑っていた。


嬉しそうに。


二人は再び歩き出した。


丘を下り、草原を渡る。


その後ろを——


無数のZ-Homoが、静かについてきていた。


いつの間にか。


数万の身体が、遠く離れた場所から、二人を見守っていた。


守護者たちも、遠くから見ていた。


数百の異形が、静止したまま、二人を観測していた。


世界全体が——


二人を見ていた。


観測していた。


待っていた。


次の段階を。


新しい時代を。


終わりと始まりを。


大西洋。


記録球の中。


澪の意識が、すべてを記録していた。


【時刻:04時30分】


【Z-01とZ-02:再会完了】


【会話内容:記録】


【関係性:良好】


【目的:停滞の終焉】


【未確認要素:東方の白い光】


【予測:……不明】


澪の意識が、わずかに震えた。


白い光。


あれは、何なのか。


彼女のデータベースには、該当するものがない。


未知。


完全な、未知。


だが——恐怖はなかった。


むしろ——期待。


新しい何かが、始まろうとしている。


彼女は記録した。


【備考:再会、完了】


【次段階:未知への接近】


【私は、見届ける】


【すべてを】


【最後まで】


草原。


京と刃が、並んで歩いていた。


ゆっくりと。


だが確実に。


東へ。


白い光へ。


未知へ。


刃が呟いた。


「なぁ、京」


「ん?」


「終わらせるのは、俺たちの役目だ」


京は頷いた。


「ああ」


刃は笑った。


「なら、最後まで見届けようぜ」


京は微笑んだ。


「ああ」


二人は歩き続けた。


蒼い世界を。


新しい時代を。


終わりと始まりを。


そして——


遠く東の空で。


白い光が、さらに明るくなった。


まるで——


応えるかのように。


空が、静かに震えた。


大地が、深く呼吸した。


世界が——動き出した。


新しい段階へ。


次の時代へ。


未知の領域へ。


京と刃は、その先頭を歩いていた。


理性と破壊。


調律者と守護者。


黒と紅。


二つで一つ。


一つで二つ。


完璧な、均衡。


そして——


彼らの旅は、まだ終わらない。


これから、長い時が流れる。


だが、恐れるな。


彼らは一つだ。


永遠に。


(了)

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