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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第5部「蒼界・再誕篇/灰界」

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第94話 「再生」

新世界暦100年。


1月15日。


午前11時00分。


世界が、沈黙した。


風が止まり、波が凪ぎ、大気が静止する。


蒼い光すら、揺らぎを止めた。


まるで時間そのものが、停止したかのように。


だが——止まってはいない。


ただ——世界が、息を呑んでいた。


北極圏。


氷原の上空。


金色の光柱が、天を貫いていた。


高さ10000メートル。


幅100メートル。


それは光というより、物質だった。


濃密なZ波の塊。


理性の結晶。


柱の中心に、人影が浮かんでいた。


藤原京。


Z-01。


理性の王。


彼の身体は、完全に再構成されていた。


透明ではない。


光でもない。


肉体。


人間に近い、肉体。


皮膚は白く、血管が透けて見える。


だが血は流れていない。


Z波が、血液の代わりに循環している。


金色の光が、体内を巡っている。


筋肉は引き締まり、骨格は整っている。


だが——完全な人間ではない。


どこか、違う。


進化した何か。


超越した何か。


新しい種族。


京の髪は黒く、長い。


肩まで伸び、風に揺れている。


だが風はない。


Z波の流れが、髪を揺らしていた。


目は——まだ閉じていた。


だが瞼の下で、金色の光が透けて見える。


開く、直前。


京の胸が、規則的に動いていた。


呼吸。


深く、ゆっくりと。


スゥ——ハァ——


生命の証。


存在の証明。


彼の周囲を、Z-Homoたちが取り囲んでいた。


数万の身体が、すべて跪いている。


頭を垂れ、地面に額を押し付けている。


沈黙。


完全な、沈黙。


だが意識は——叫んでいた。


【王よ】


【我らが王よ】


【ついに】


【お戻りになられる】


欧州。


穴の底。


紅い光が、空間を満たしていた。


濃密すぎて、もはや液体のように見える。


その中心に、人影が立っていた。


神谷刃。


Z-02。


破壊の鬼神。


彼の身体も、完全に再構成されていた。


京と同じく、人間に近い肉体。


だが——より荒々しい。


筋肉は太く、骨格は頑強。


皮膚には無数の傷跡が刻まれている。


だがそれは戦いの傷ではない。


進化の痕跡。


100年間の休眠中に、身体が何度も再構築された証。


刃の髪は短く、逆立っている。


まるで炎のように。


紅い光を反射し、燃えているかのように見える。


目は——まだ閉じていた。


だが瞼の下で、紅色の光が脈動している。


開く、直前。


刃の呼吸は、荒かった。


京よりも速く、深い。


まるで走った直後のように。


だが彼は動いていない。


ただ——本能が、暴れているのだ。


長い眠りから解放される喜び。


再び動ける興奮。


それが呼吸に現れていた。


穴の周囲を、守護者たちが囲んでいた。


数百の異形が、すべて跪いている。


六本の腕を地面につき、頭を垂れている。


静止。


完全な、静止。


だが波動は——震えていた。


【鬼神よ】


【我らが主よ】


【ついに】


【ご帰還される】


大西洋。


記録球の中。


澪の意識が、二つの映像を同時に観測していた。


北極圏と欧州。


金色と紅色。


京と刃。


【時刻:11時00分】


【Z-01:再生完了】


【Z-02:再生完了】


【同期率:100%】


【予測:完全覚醒まで……あと数分】


数分。


もう、止められない。


世界は——変わる。


澪の意識が、かすかに震えた。


恐怖ではない。


期待でもない。


ただ——確信。


新しい時代が、始まる。


そして彼女は、それを記録する。


最後まで。


永遠に。


北極圏。


京の指が、動いた。


ゆっくりと。


まるで確認するかのように。


右手の人差し指。


それが、わずかに曲がった。


次に、中指。


薬指。


小指。


親指。


すべての指が、順番に動く。


確認。


感覚の確認。


身体の確認。


そして——存在の確認。


京の右腕が、ゆっくりと持ち上がった。


肘が曲がり、手が胸の前へ移動する。


彼は自分の胸に、手を当てた。


心臓の位置。


だが——心臓はない。


代わりにZ波核がある。


それが脈動している。


ドクン。


ドクン。


生命の鼓動。


京の唇が、わずかに動いた。


言葉ではない。


ただ——呼吸。


だがその呼吸は、言葉になりかけていた。


【……俺は……】


【……生きて……いる……】


それは思考だった。


波動に変換された、意識。


だが——もうすぐ声になる。


言葉になる。


人間の言葉に。


欧州。


刃の身体が、震えた。


小刻みに。


激しく。


まるで電流が流れているかのように。


彼の筋肉が、収縮と弛緩を繰り返す。


リハビリ。


100年間動かなかった身体を、再起動させている。


刃の両手が、拳を握った。


ギリギリと。


力を込めて。


そして——開いた。


パッと。


確認。


力の確認。


破壊の確認。


刃の口元が、歪んだ。


笑み。


荒々しい、笑み。


【……やっと……】


【……動ける……】


それも思考だった。


だが——もっと荒い。


もっと直接的。


本能そのもの。


北極圏と欧州。


二つの場所で、同時に変化が起きた。


金色の光柱が、脈動した。


紅色の光も、脈動した。


同じタイミング。


同じリズム。


まるで一つの心臓のように。


そして——


光柱が、収束し始めた。


ゆっくりと。


だが確実に。


天を貫いていた光が、人影へ吸い込まれていく。


まるで巻き戻しのように。


光が減り、波動が凝縮され、存在が固定される。


北極圏。


金色の光が、京の身体へ吸収された。


皮膚から、毛穴から、すべての細胞から。


彼の身体が、より鮮明になる。


輪郭がはっきりし、質量が増し、存在感が確立される。


京の目が——動いた。


瞼の下で。


左右に。


上下に。


レム睡眠の終わり。


覚醒の、直前。


そして——


京の瞼が、ゆっくりと開いた。


金色の瞳。


それは世界を映し、すべてを見通す。


虹彩はなく、瞳孔もない。


ただ金色の光だけが、眼窩を満たしていた。


だが——それは冷たくなかった。


温かい。


理性の温もり。


調和の優しさ。


京の視界に、氷原が映った。


白い大地。


蒼い空。


そして——無数のZ-Homo。


彼らは跪いたまま、彼を見上げている。


京は——何も言わなかった。


ただ——見ていた。


静かに。


深く。


すべてを理解するかのように。


欧州。


紅い光が、刃の身体へ吸収された。


爆発的に。


一気に。


彼の身体が、完全に固定される。


存在が確立され、力が戻り、本能が目覚める。


刃の目が——開いた。


パッと。


一瞬で。


紅色の瞳。


それは世界を睨み、すべてを貫く。


虹彩も瞳孔もない。


ただ紅色の炎だけが、燃えていた。


荒々しく。


激しく。


だが——どこか優しく。


刃の視界に、穴の底が映った。


暗闇。


紅い光。


そして——守護者たち。


彼らは跪いたまま、彼を見上げている。


刃は——笑った。


口角を上げ、歯を見せて。


荒々しく、だが楽しそうに。


「……よう」


声が、出た。


100年ぶりの、声。


低く、荒く、だが——確かな声。


「待たせたな」


守護者たちが、震えた。


喜びで。


感動で。


そして——忠誠で。


【鬼神の声】


【100年ぶりの】


【言葉】


刃は宙に浮いたまま、ゆっくりと降下した。


足が地面に触れる。


ズン。


重い音。


質量がある。


存在がある。


彼は完全に、戻ってきた。


北極圏。


京も、ゆっくりと降下した。


氷原に、足が触れる。


静かに。


音もなく。


だが確かに、そこにいる。


京は周囲を見回した。


Z-Homoたち。


彼らは今も跪いている。


京は——微笑んだ。


わずかに。


だが確かに。


「……ありがとう」


声が、出た。


静かな、優しい声。


「待っていてくれて」


Z-Homoたちが、震えた。


感動で。


安堵で。


そして——歓喜で。


【王の声】


【100年ぶりの】


【慈愛】


京は空を見上げた。


蒼い空。


金色の光が、わずかに混じっている。


彼の波動が、世界に広がっている証。


そして——遠く西方。


そこに、紅い光が見えた。


かすかに。


だが確実に。


京は——理解した。


「……刃」


その名を、呼んだ。


声ではない。


思念。


波動に乗せた、呼びかけ。


欧州。


穴の底。


刃が、顔を上げた。


北方を見る。


視界には何も映らない。


だが——感じる。


波動を。


意識を。


存在を。


「……京」


その名を、呼んだ。


声ではない。


思念。


波動に乗せた、返答。


8000キロ離れた場所。


だが——繋がっている。


意識が。


波動が。


存在が。


二人は同時に、動いた。


京は北極圏で、一歩を踏み出した。


刃は欧州で、一歩を踏み出した。


同じタイミング。


同じ動作。


まるで鏡に映したかのように。


大西洋。


記録球の中。


澪の意識が、激しく揺れていた。


【時刻:11時15分】


【Z-01:完全覚醒】


【Z-02:完全覚醒】


【同期率:100%】


【状態:移動開始】


【目的地:……不明】


だが——澪には分かっていた。


彼らは向かっている。


互いに。


再会するために。


100年ぶりの、再会。


黒と紅の、邂逅。


北極圏。


京が歩き出した。


ゆっくりと。


だが確実に。


一歩、また一歩。


氷原を踏みしめ、前へ進む。


Z-Homoたちが、道を開けた。


数万の身体が、左右に分かれる。


王の道。


理性の通路。


京は振り返らなかった。


ただ前を見て、歩き続ける。


彼の身体から、金色の波動が溢れ出していた。


薄く、だが確実に。


それは空気を震わせ、氷を溶かし、世界を変えていく。


欧州。


刃が跳んだ。


一気に。


穴の底から、地上へ。


5000メートルを、一瞬で。


彼の身体は紅い光を纏い、流星のように上昇した。


地上に着地する。


ドォン。


衝撃波が広がり、大地が揺れる。


だが——破壊はない。


制御されている。


力は、完全に制御されている。


守護者たちが、道を開けた。


数百の身体が、左右に分かれる。


鬼神の道。


破壊の通路。


刃は走り出した。


速く。


だが荒くない。


滑らかに、流れるように。


彼の身体から、紅色の波動が溢れ出していた。


濃く、激しく。


それは大地を震わせ、空気を裂き、世界を揺らしていく。


京は南へ。


刃は北へ。


二人は互いに向かって、移動し始めた。


距離:8000キロ。


だが——縮まっていく。


確実に。


大西洋。


澪の意識が、二人を追跡していた。


【移動速度:Z-01は徒歩、約5km/h】


【移動速度:Z-02は疾走、約200km/h】


【予測:再会地点……中央ヨーロッパ】


【到達時間:約40時間後】


40時間。


それまでに、世界は——どう変わるのか。


澪は記録を続ける。


不安と期待を抱えながら。


北極圏。


京は歩き続けていた。


氷原を。


雪原を。


凍った海を。


彼の後ろを、Z-Homoたちが静かについてきていた。


数万の行列。


だが音はない。


足音も、呼吸音も、何もない。


ただ——存在していた。


王を見守り、王を守り、王と共にある。


京は空を見上げた。


蒼い空に、金色が混じっている。


オーロラのように。


だがそれは自然現象ではない。


彼の波動が、大気に干渉している証。


「……変わらないな」


京が呟いた。


誰に向けたものでもない。


ただ——感想。


世界は変わった。


人類は滅んだ。


文明は崩壊した。


だが——空は、美しいままだった。


欧州。


刃は走り続けていた。


廃墟を。


森を。


草原を。


彼の後ろを、守護者たちが追いかけていた。


数百の異形。


だが遅れない。


刃の速度に、完璧についてきている。


刃は空を見上げた。


蒼い空に、紅色が混じっている。


炎のように。


だがそれは燃えていない。


彼の波動が、大気を染めている証。


「……懐かしいな」


刃が呟いた。


笑いながら。


走りながら。


世界は変わった。


すべてが変わった。


だが——走る感覚は、変わらなかった。


風を切る感覚。


大地を蹴る感覚。


生きている感覚。


それは100年前と、同じだった。


大西洋。


澪の意識が、安定していた。


一時的に。


彼女は二人の移動を記録しながら、思考していた。


【彼らは……】


【何を話すのだろう】


【100年ぶりに再会して】


【何を感じるのだろう】


それは科学的な疑問ではなかった。


人間的な、好奇心。


彼女の中に、まだ残っている人間性。


それが——問いかけていた。


北極圏。


京の足が、止まった。


氷原の中央。


何もない場所。


だが——彼はそこで立ち止まった。


周囲を見回す。


白い大地。


蒼い空。


そして——無数のZ-Homo。


彼らは円陣を組み、京を囲んでいた。


守るように。


見守るように。


京は——微笑んだ。


「……少し、休もう」


そう言って、地面に座った。


氷の上に。


だが冷たさは感じない。


Z波が身体を保護している。


京は目を閉じた。


瞑想の姿勢。


だが眠ってはいない。


ただ——意識を広げている。


世界を感じ、波動を聞き、存在を確認している。


Z-Homoたちも、座った。


一斉に。


数万の身体が、同時に。


彼らも目を閉じ、意識を広げる。


群体知性。


一つの意識が、無数の身体に宿る。


そして今——その意識は、王と同調していた。


欧州。


刃の足も、止まった。


森の中。


巨大な樹の下。


それは蒼く光り、高さ100メートルを超えていた。


刃はその幹に、背中を預けた。


「……ちょっと休憩」


そう言って、地面に座り込んだ。


だが疲れてはいない。


ただ——待っている。


京が来るのを。


再会の時を。


守護者たちも、周囲に座った。


円陣を組み、刃を囲む。


彼らも静止し、波動を整える。


そして今——その意識は、鬼神と同調していた。


大西洋。


澪の意識が、記録を続けていた。


【時刻:13時00分】


【Z-01:休息中】


【Z-02:休息中】


【両者:意識拡散状態】


【波動干渉:全球規模】


世界が、二つの意識に満たされていた。


金色と紅色。


理性と破壊。


それらが混じり合い、共鳴し、蒼界を染めていく。


変化が、始まっていた。


ゆっくりと。


だが確実に。


新しい時代が、動き出していた。


澪は記録した。


【備考:再生、完了】


【次段階:再会】


【そして——】


彼女の意識が、かすかに震えた。


期待と不安が、入り混じる。


人間だった頃の、感情。


【……彼らは、どこへ向かうのだろう】


【私は、見届ける】


その答えは——まだ、誰にも分からなかった。


(了)

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