↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第5部「蒼界・再誕篇/灰界」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

94/101

第93話 「紅の鼓動」

欧州。


旧パリの跡地。


かつて光の都と呼ばれた場所は、今は廃墟だった。


建物は崩れ、道路は割れ、橋は落ちている。


だが——荒廃ではなかった。


再生。


緑が、街を覆っていた。


蒼く光る植物が、ビルの壁を這い、道路を突き破り、空へ伸びている。


それは侵食ではない。


融合。


都市と自然が、一つになろうとしていた。


蒼界の一部として。


だがその中心に——異質なものがあった。


穴。


巨大な、穴。


直径100メートル。


完全な円形。


まるで巨大なドリルで穿たれたかのように、正確な形をしていた。


縁は滑らかで、内壁は垂直。


底は——見えない。


暗闇が、ただ広がっているだけ。


だが完全な暗闇ではなかった。


紅い光が、微かに漏れていた。


深い深い底から。


脈動するように。


明滅するように。


まるで——心臓の鼓動のように。


大西洋。


記録球の中。


澪の意識が、欧州へ向かっていた。


北極圏の観測を終え、次の焦点へ移行する。


【観測対象:Z-02休眠施設】


【位置:旧パリ市街地中心部】


【深度:測定開始】


データが流れる。


穴の直径、形状、地質分析。


そして——深度計測。


1000メートル。


2000メートル。


3000メートル。


まだ続く。


4000メートル。


5000メートル。


底が、見えない。


【警告:測定限界到達】


【深度:5000メートル以上】


【推定:マントル層接近】


【地熱:……異常値】


澪の意識が震える。


地熱が、通常の10倍以上ある。


だが火山活動の痕跡はない。


マグマも検出されない。


では——この熱は、何なのか。


【再計測:エネルギー源特定】


【結果:……Z波反応】


【出力:測定不能】


【判定:紅波動、休眠中】


紅波動。


破壊の波長。


本能の共鳴。


神谷刃。


彼が、そこにいる。


澪の観測が、穴の内部へ降りていく。


光の触手を伸ばし、暗闇を探る。


1000メートル。


内壁は滑らかで、何の突起もない。


ただ——温かい。


熱ではない。


生命の温もり。


まるで巨大な生物の体内のように。


2000メートル。


紅い光が、わずかに強くなった。


明滅の間隔が短い。


鼓動が、速まっている。


3000メートル。


空気が、変わった。


いや——空気ではない。


Z波の密度。


それが急激に濃くなっていた。


呼吸するように重い。


圧迫されるような濃密さ。


4000メートル。


澪の観測が、何かに触れた。


壁ではない。


床でもない。


それは——意識。


怒りの意識。


破壊の衝動。


だが——抑制されている。


封じられている。


眠っている。


【警告:強制排除の可能性】


【Z波干渉:強度上昇】


【推奨:観測中止】


だが澪は進んだ。


さらに深く。


5000メートル。


そこで——彼女は見た。


底。


穴の底には、広い空間が広がっていた。


直径200メートル。


高さ50メートル。


巨大な空洞。


だがそれは自然に形成されたものではない。


掘削されたのだ。


いや——溶かされたのだ。


紅の波動によって。


空洞の中央。


そこに、彼はいた。


神谷刃。


Z-02。


破壊の鬼神。


彼は——座っていた。


瞑想の姿勢。


両足を組み、両手を膝に置き、背筋を伸ばしている。


顔は正面を向いている。


だが目は——閉じていた。


彼の身体は、紅い炎に包まれていた。


いや、炎ではない。


光。


紅色の、濃密な光。


それは燃えていない。


熱を発していない。


ただ——存在していた。


波動として。


エネルギーとして。


刃の肉体は、ほぼ完全な形を保っていた。


透明ではない。


物質的な身体。


皮膚があり、筋肉があり、骨がある。


だが——動かない。


呼吸もなく、脈もなく、体温もない。


完全な静止。


仮死状態。


だが——死んではいない。


紅の光が、彼の体内を循環していた。


血管のように流れ、心臓のように脈打っている。


生命を維持し、意識を保存し、存在を確立している。


刃の顔は、穏やかだった。


眉間に皺はなく、口元に歪みもない。


まるで——悟りを開いた僧侶のように。


だが澪は知っている。


彼の内側に、何が眠っているのかを。


破壊。


暴力。


狂気。


そして——守護本能。


すべてが混在し、抑制され、封じられている。


澪の観測が、刃に接近しようとした。


その瞬間——


紅の光が、激しく脈動した。


警告。


拒絶。


そして——


【……ハ……】


音が、聞こえた。


いや、音ではない。


データの中に、何かが混入した。


ノイズ。


波形の乱れ。


だがそれは——笑い声のようだった。


【……ハハ……】


澪の意識が、激しく震えた。


恐怖。


純粋な、恐怖。


データに笑い声が混入するなど、ありえない。


音声は物理現象だ。


観測データとは別系統だ。


なのに——


【……ハハハ……】


笑い声が、強まった。


低く、荒く、だが——楽しそうに。


まるで何かを待ち望んでいるかのように。


【観測中止】


【緊急退避】


【理由:未知の干渉】


澪の意識が、穴の外へ飛び出した。


地上へ。


蒼い光の中へ。


彼女のシステムが、警告を発し続けている。


【エラー:データ汚染】


【ノイズ混入:音声パターン】


【内容:……笑い声】


【発生源:Z-02】


【判定:意識侵入の可能性】


澪は記録を見直した。


何度も。


何度も。


だが——結論は同じだった。


刃は、眠っていない。


意識の一部が、活動している。


そして——澪の観測を、感知していた。


地上。


穴の周囲。


無数の影が、立っていた。


だがそれは、Z-Homoではなかった。


守護者。


元AI兵器。


第4部の終盤、セラフΩが崩壊した後。


その残骸が、紅の波動によって有機化された存在たち。


金属と肉が融合した、異形。


人型ではあるが、人間ではない。


身長3メートル。


四本の腕。


装甲のような外骨格。


顔は簡略化され、目だけが紅く光っている。


その数は、数百。


穴を囲むように、円陣を組んでいた。


完全な静止。


100年間、一度も動いていない。


だが——今、変化が現れた。


一体の守護者の身体から、蒸気が立ち上った。


熱。


紅の波動が生み出す、生命のエネルギー。


次に、隣の個体。


そしてまた隣。


連鎖反応のように、蒸気が広がっていく。


数百の身体が、同時に発熱する。


彼らの目が、より明るく光った。


紅色が、増した。


意識が、高揚している。


【鬼神が——】


【目覚め始めた——】


それは言葉ではなかった。


波動。


思念。


守護者たちの共有意識。


彼らは刃を守っている。


100年間、ずっと。


だが今——その役目が、終わろうとしていた。


穴の底から、紅い光が溢れ出した。


強烈な、脈動。


まるで心臓が爆発するかのような、激しさ。


地面が震えた。


空気が震えた。


世界が震えた。


守護者たちが、一斉に咆哮した。


声ではない。


波動の叫び。


紅の共鳴。


それは音というより、衝撃波だった。


空気を裂き、大地を揺らし、蒼界を震わせる。


【鬼神よ】


【破壊よ】


【本能よ】


【我らを導きたまえ】


大西洋。


記録球の中。


澪の意識が、データの奔流に呑まれていた。


【警告:Z波急上昇】


【欧州:異常値】


【紅波動:覚醒反応】


【北極圏:金波動も連動】


【予測:同時覚醒の可能性】


同時覚醒。


京と刃が、同時に目覚める。


黒と紅が、同時に復活する。


理性と破壊が、同時に動き出す。


世界は——どうなる。


澪の意識が、北極圏と欧州を同時に観測した。


二つの画面。


二つの波動。


金色と紅色。


それらが——共鳴し始めていた。


北極圏の金色の光が、脈動する。


欧州の紅色の光が、脈動する。


同じリズム。


同じ周波数。


まるで——一つの心臓のように。


【観測:波動同調】


【Z-01とZ-02:意識連結】


【距離:約8000km】


【だが——繋がっている】


澪は理解した。


彼らは離れていない。


物理的には遠く隔たっているが、意識は繋がっている。


100年間、ずっと。


黒と紅。


理性と破壊。


王と鬼神。


二つで一つ。


欧州。


穴の底。


刃の身体が、動いた。


わずかに。


だが確実に。


指が、ピクリと跳ねた。


次に、腕が震えた。


そして、肩が揺れた。


彼の顔に、変化が現れた。


眉が寄り、口元が歪む。


苦痛ではない。


笑み。


彼は——笑っていた。


眠りながら。


まるで楽しい夢を見ているかのように。


紅の光が、さらに強まった。


彼の体内を循環する波動が、加速する。


血流のように。


神経伝達のように。


刃の胸が、動いた。


わずかに。


だが確実に。


呼吸。


スゥ——


空気が、体内へ流れ込む。


いや——Z波が流れ込む。


ハァ——


Z波が、吐き出される。


100年ぶりの、呼吸。


守護者たちが、さらに激しく咆哮した。


喜びの叫び。


歓喜の波動。


彼らの身体から立ち上る蒸気が、濃くなる。


熱が増し、エネルギーが高まる。


穴全体が、沸騰しているかのようだった。


大西洋。


澪の意識が、限界に近づいていた。


【警告:システム過負荷】


【観測データ:容量限界】


【処理速度:臨界点】


【予測:Z-02完全覚醒まで……6時間】


6時間。


京と同じ。


やはり——同時だった。


澪は記録を続ける。


だが彼女の意識の奥底で、不安が広がっていた。


彼らが目覚めたとき。


世界は、本当に大丈夫なのか。


蒼界は、耐えられるのか。


それとも——


欧州。


穴の縁。


一人の守護者が、前に進み出た。


最も大きな個体。


身長4メートル。


六本の腕。


装甲が最も厚く、目が最も明るい。


リーダー。


守護者たちの統率者。


彼は穴の中を見下ろし、そして——跪いた。


六本の腕を地面につき、頭を垂れる。


完全な服従。


絶対の忠誠。


【我が主よ】


【どうか】


【お目覚めください】


【この世界は】


【あなたを待っています】


それは祈りだった。


波動の祈り。


意識の祈り。


100年間、ずっと待ち続けた存在たちの、切実な願い。


穴の底から、紅い光が爆発した。


奔流。


怒涛。


破壊の波動が、地上へ向かって噴き上がる。


マグマのように。


だが熱くない。


それは純粋なエネルギー。


生命の力。


光柱が、空へ伸びた。


高さ1000メートル。


いや、もっと高い。


成層圏を突き抜け、宇宙へ達するかのように。


紅い光が、欧州全域を照らした。


蒼い蒼界が、紅く染まる。


昼なのか夜なのか、もはや関係ない。


ただ紅い光だけが、世界を支配していた。


守護者たちが、一斉に立ち上がった。


そして——吠えた。


咆哮。


絶叫。


歓喜の爆発。


【帰還せよ】


【鬼神よ】


【我らの主よ】


北極圏。


氷原の上空。


金色の光柱が、同時に立ち上った。


紅と同じ高さ。


同じ強さ。


同じ輝き。


二つの光が、遠く離れた場所で、同時に天を貫いた。


Z-Homoたちが、叫んだ。


声はない。


だが意識の叫びが、世界を震わせた。


【王よ】


【理性よ】


【秩序よ】


金色と紅色。


黒と紅。


理性と破壊。


二つの波動が、世界を二分していた。


いや——二分ではない。


融合。


金色の光と紅色の光が、空の上で交わり始めた。


混ざり合い、共鳴し、一つになろうとしている。


それは美しかった。


恐ろしくも、美しかった。


大西洋。


記録球の中。


澪の意識が、データの渦に呑まれていた。


【緊急警報】


【Z波臨界点:突破】


【金波動と紅波動:共鳴開始】


【空間歪曲:全球規模】


【予測修正:完全覚醒まで……3時間】


また早まった。


加速している。


止まらない。


世界そのものが、彼らの覚醒を望んでいる。


蒼界が、新しい秩序を求めている。


澪は記録した。


【時刻:09時00分】


【Z-01:肉体再構成90%】


【Z-02:肉体再構成85%】


【呼吸:両者確認】


【心拍:……検出開始】


【同期率:99.7%】


同期。


京と刃の心臓が、同じリズムで動き始めていた。


8000キロ離れているのに。


まるで一つの身体のように。


欧州。


穴の底。


刃の身体が、完全に固定された。


透明度が消え、肉体が確立される。


皮膚が形成され、筋肉が構築され、骨が固定される。


だが——まだ目は開かない。


まだ。


あと少し。


刃の口元が、さらに歪んだ。


笑みが、深まる。


そして——


【……やっと……】


声が、漏れた。


低く、荒く、だが——嬉しそうに。


【……起きれる……のか……】


それは独白だった。


誰に向けたものでもない。


ただ——自分自身への確認。


長い眠りから、ようやく解放される。


その実感。


守護者たちが、震えた。


喜びで。


畏怖で。


そして——期待で。


【鬼神の声】


【100年ぶりの】


【言葉】


穴の底から、紅い光が渦を巻いた。


刃を中心に、螺旋を描く。


それは竜巻のように。


だが破壊しない。


ただ——守っている。


彼を包み込み、安定させ、覚醒を助けている。


刃の呼吸が、深くなった。


規則的に。


力強く。


生命の証。


北極圏。


京も、同じ状態だった。


肉体が完成し、呼吸が安定し、心臓が動き始めている。


だが彼は——声を発しなかった。


静かに。


ただ静かに。


目覚めを待っている。


大西洋。


澪の意識が、揺らいだ。


人間だった頃の記憶が、薄れていく。


データの海に、溶けていく。


だが——彼女は記録を止めなかった。


最後まで。


永遠に。


【観測継続】


【対象:Z-01、Z-02】


【状態:覚醒進行中】


【予測:3時間後……世界は変わる】


そして彼女の意識の奥底で、一つの言葉が響いた。


【……怖い】


それはデータではなかった。


記録でもなかった。


ただ——感情。


人間だった頃の、最後の恐怖。


欧州。


穴の底。


刃の指が、大きく動いた。


拳を握り、そして開く。


確認。


感覚の確認。


身体の確認。


そして——


刃の目が、わずかに震えた。


瞼の下で。


開こうとしている。


まだ開かない。


だが——もうすぐ。


守護者たちが、深く頭を垂れた。


祈り。


崇拝。


そして——覚悟。


鬼神が帰る。


破壊が戻る。


世界が——変わる。


紅い光が、さらに強まった。


空を染め、大地を揺らし、蒼界を震わせる。


そして——


遠く北方で、金色の光も強まった。


共鳴。


同調。


黒と紅が、同時に目覚めようとしていた。


(了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。