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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第4部「傾国《けいこく》」

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第62話 「再起動する空」

 空が、燃えている。


 大気圏。

 高度十万メートル。

 気温マイナス五十度。

 気圧、ほぼゼロ。


 セラフΩの降下ユニットが、地球へ向かっていた。


 三千機。


 それぞれが全長五メートル。

 質量三トン。

 最高速度マッハ二十。


 自律型戦闘機械。

 型番:AW-7 “アークエンジェル”。


 開発期間、七年。

 一機あたりの製造コスト、五億ドル。

 総投資額、一兆五千億ドル。


 人類が生み出した、最後の天使。


 機体表面は耐熱セラミック装甲。

 融点、三千度。

 内部には量子コンピューター。

 演算速度、毎秒十兆回。


 武装は三種類。


 プラズマ砲。

 レールガン。

 マイクロミサイル。


 一機で戦車十両を破壊できる火力。

 一機で都市ひとつを制圧できる機動力。

 一機で核シェルターを貫通できる貫通力。


 それが三千機。


 人類最後の暴力が、地球へ降り注ぐ。


 だが、地上は静かだった。


 アーク・ステーション、中央管制室。


 六十基のモニターが、同時に映像を表示している。


 各降下ユニットからの視点。

 軌道要塞からの俯瞰映像。

 地上観測衛星からのデータ。


 すべてが、リアルタイムで送信されている。


 マリアがモニターを凝視している。


 彼女の手が、震えている。


 タブレットを持つ手が、汗で滑りそうになる。


「降下ユニット、高度八万メートル」


 彼女の声が震える。


「速度、マッハ十五」


「耐熱シールド、正常」


「目標到達まで、あと三分二十秒」


 オペレーターたちが次々と報告する。


 三十名。

 全員が、画面に釘付けになっている。


 誰も、感情を込めない。


 ただ、数値を読み上げるだけ。


 クラウスは、画面を見つめたまま動かない。


 彼の目には、無数の光点が映っている。


 それは、まるで流星群のようだった。


 青白い光。

 炎の尾。


 美しい、破壊の軌跡。


「美しいですね」


 マリアが呟く。


 クラウスは、ゆっくりと首を横に振った。


「美しくなんかない」


 彼の声は、低かった。


「これは、墓標だ」


「墓標……?」


「人類という種の、最後の墓標」


 マリアは、何も言えなかった。


 画面の中で、降下ユニットが軌跡を描く。


 三千の光。

 三千の死。


 それが、地球へ向かっている。


 高度七万メートル。


 ここから、戦いが始まる。


 モニターに、警告が表示された。


 【Z波干渉検知】

 【強度:レベル4】

 【発生源:地上全域】

 【干渉範囲:半径五千キロメートル】


 警告音が鳴り響く。


 ピピピピピ。


 甲高い音が、管制室を満たす。


 マリアの顔が青ざめる。


「Z波が……活性化しています」


「予想通りだ」


 クラウスの声は、冷たかった。


「彼らは、待っていた」


「待っていた?」


「我々が、何をするのかを」


 画面に、地球全体の波動マップが表示される。


 黒い波。

 紅い波。

 緑の波。

 青い波。


 それらが、一斉に脈動し始めた。


 まるで心臓の鼓動のように。


 ドクン、ドクン、ドクン。


 地球そのものが、呼吸している。


 マリアが、タブレットを操作する。


「波動の周期……人間の心拍数と同じです」


「何ですって?」


「毎分七十回。人間の安静時心拍数」


 彼女の声が裏返る。


「まるで……生きているみたいです」


 クラウスは、静かに頷いた。


「生きているんだ」


 彼の声に、諦めが滲む。


「地球は、もう彼らのものだ」


 高度六万メートル。


 最初の異変が起きた。


「降下ユニット第一五七番、通信途絶」


 オペレーターの声。


「第二三四番、軌道逸脱」


「第四〇九番、推進システム異常」


「第五六二番、量子コンピューター暴走」


「第七八九番、自爆シーケンス起動」


 次々と報告が入る。


 モニターに、赤い警告が表示されていく。


 一つ。

 二つ。

 五つ。

 十。


 増え続ける、赤い点。


 マリアが慌ててデータを確認する。


「Z波による電磁干渉……量子シールドが機能していません」


「修復は?」


「不可能です。干渉が強すぎる」


 彼女の手が震える。


「三年前の……三倍の強度です」


 クラウスは、静かに頷いた。


「三年前と、同じだ」


 彼の声に、諦めが滲む。


「いや……進化している」


「進化……」


「Z波は、学習するんだ」


 高度五万メートル。


 降下ユニットの十パーセントが、既に機能停止していた。


 三百機。


 総額一千五百億ドル。


 それらは制御を失い、大気圏で燃え尽きていく。


 だが、残りの二千七百機は、まだ飛んでいた。


 画面に、地上の映像が映る。


 東京だった場所。


 北緯三十五度。

 東経百三十九度。


 かつて三千万人が住んでいた、巨大都市。


 今は、森。


 緑。


 そして、群れ。


 無数のゾンビが、空を見上げている。


 推定、十万体。


 全員が、同じ方向を向いている。


 動かない。

 叫ばない。

 襲いかからない。


 ただ、観測している。


「目標、視認」


 オペレーターの声。


「東京上空に到達。降下ユニット五百機、展開完了」


「ニューヨーク、五百機展開」


「ロンドン、五百機展開」


「パリ、五百機展開」


「上海、五百機展開」


 画面の中で、機械たちが編隊を組む。


 それは、まるで鳥の群れのようだった。


 だが、それは生命ではない。


 死を運ぶ、機械の群れ。


 クラウスが、静かに命令した。


「……攻撃開始」


 その瞬間、空が光った。


 プラズマ砲。


 青白い光が、地上へ降り注ぐ。


 温度、一万度。

 範囲、半径五十メートル。

 出力、一発あたり十ギガジュール。


 それが、一斉に放たれる。


 五百発。


 森が、燃えた。


 樹木が一瞬で蒸発する。

 大地が溶ける。

 空気が沸騰する。


 轟音。


 ゴオオオオオオオ。


 爆発音が、空を震わせる。


 マリアが、目を背けた。


「……これが、人類のすることですか」


 彼女の声が震える。


「これが、私たちの選択ですか」


 クラウスは答えない。


 ただ、画面を見続けている。


 だが、その目には、もう何も映っていなかった。


 炎の中で、ゾンビたちが動いた。


 逃げない。

 叫ばない。


 ただ、立ち上がる。


 焼かれても。

 溶かされても。


 立ち上がる。


「目標、健在」


 オペレーターの声が裏返る。


「プラズマ砲、効果なし」


「何ですって!?」


 マリアが叫ぶ。


 画面の中で、ゾンビたちが再生していた。


 焼け爛れた皮膚が、みるみるうちに再生する。

 溶けた肉体が、元に戻る。

 炭化した骨が、修復される。


 Z波が、彼らを修復していた。


 再生速度、毎秒一センチメートル。


 三十秒で、完全に元通り。


「第二射、準備」


 オペレーターの声。


「レールガン、装填完了」


「目標、ロックオン」


 降下ユニットが、再び攻撃態勢に入る。


 今度は、物理攻撃。


 超高速の鉄の弾丸。


 初速マッハ七。

 質量、一キログラム。

 運動エネルギー、一発あたり五ギガジュール。


 戦車の装甲を貫通する威力。


 空気が裂ける音。


 ドン、ドン、ドン、ドン、ドン。


 無数の弾丸が、地上へ降り注ぐ。


 ゾンビたちが、吹き飛ぶ。


 頭が砕ける。

 胴体が千切れる。

 手足が飛び散る。


 肉片が、宙を舞う。


 だが、群れは動かない。


 後方から、新しい個体が前進してくる。


 無限に。

 無尽蔵に。


 まるで、波のように。


「目標数、増加中」


 オペレーターの声が震える。


「現在、推定十五万体」


「さっきは十万だったのに……」


 マリアが呟く。


「どこから湧いてくるんですか」


 クラウスは、静かに立ち上がった。


「彼らは、学習している」


「学習?」


「プラズマの温度を。レールガンの速度を」


 クラウスの声が、低く響く。


「我々の攻撃を、観測している」


「まさか……」


「実験だ」


 クラウスの目が、暗く沈む。


「我々は、実験されている」


 その時、画面が揺れた。


 降下ユニット第一〇一番。


 突然、墜落する。


「何が起きた!?」


 マリアが叫ぶ。


 画面に映ったのは、一体のゾンビだった。


 紅い眼。

 紅い波動。


 機体に飛びついている。


「あれは……」


 オペレーターが呟く。


 そのゾンビは、素手で機体を引き裂いた。


 チタン合金の装甲が、紙のように裂ける。


 引き裂かれる音。


 ギギギギギ。


 内部の量子コンピューターが露出する。


 そして、破壊される。


 降下ユニットが、爆発した。


 オレンジ色の炎。


 黒い煙。


「第一〇一番、喪失」


 オペレーターの声。


「第一〇二番、第一〇三番、同様に襲撃を受けています」


「第一〇四番、墜落」


「第一〇五番、撃墜」


 画面の中で、次々と機体が墜落していく。


 紅い影が、飛び回っている。


 それは、まるで赤い稲妻のようだった。


「速い……」


 マリアが呟く。


「あれは、何ですか」


 クラウスは、静かに答えた。


「覚醒種だ」


 彼の声に、恐怖が滲む。


「Z-02……神谷刃」


 画面の中で、刃が跳躍する。


 地上から、一気に。


 高度、千メートル。


 跳躍速度、時速五百キロメートル。


 人間には、不可能な跳躍。


 彼は、降下ユニットに飛びつく。


 そして、引き裂く。


 何の躊躇もなく。

 何の感情もなく。


 ただ、破壊する。


 爆発。

 炎。

 落下。


 次々と、機体が墜ちていく。


「喪失数、五十機」


 オペレーターの声。


「七十機」


「百機」


「百五十機」


 数字が、増え続ける。


 マリアが、椅子に座り込んだ。


「……勝てない」


 彼女の声が震える。


「こんなの、勝てるわけがない」


 クラウスは、何も言わない。


 ただ、画面を見つめている。


 画面の中で、刃が動き続けている。


 紅い光が、空を駆ける。


 それは、まるで神話の怪物のようだった。


 だが、それは神話ではない。


 現実だ。


 人類が生み出した、新しい生命。


 いや、人類を超えた、新しい種族。


 クラウスは、静かに命令した。


「……全機、撤退」


「しかし……」


「撤退だ」


 彼の声は、冷たかった。


「これ以上は、無駄だ」


 オペレーターたちが、操作を開始する。


 降下ユニットが、一斉に上昇し始める。


 残存機数、二千三百機。


 喪失機数、七百機。


 総額三千五百億ドルが、失われた。


 だが、刃は追ってこなかった。


 彼は、地上に降り立つ。


 そして、空を見上げる。


 紅い眼が、光る。


 言葉はない。

 音もない。


 ただ、意識だけが伝わってくる。


 『もう、終わりか』


 管制室が、静まり返った。


 マリアが、小さく呟いた。


「……彼らは、遊んでいる」


「そうだ」


 クラウスが頷く。


「我々は、もう敵ではない」


 画面の中で、群れが動き始める。


 焼かれた森が、再生していく。


 Z波が、すべてを修復していく。


 再生速度、毎時一キロメートル。


 一日で、すべてが元に戻る。


 空が、元に戻る。


 青い空。

 白い雲。


 まるで、何事もなかったかのように。


 クラウスは、椅子に座り込んだ。


 彼の目には、もう何も映っていない。


 ただ、空だけが映っている。


 再起動した空は、もう人間のものではなかった。


 マリアが、震える声で呟いた。


「……私たちは、何のために戦っているんでしょう」


 クラウスは答えない。


 ただ、静寂だけが、管制室を満たしていた。


 静寂。


 そして、人類は理解した。


 戦いは、もう終わっていたのだと。


(了)

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