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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第4部「傾国《けいこく》」

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第61話 「亡国の灯」

 灯が、消えかけている。


 北緯七十二度。

 北極圏に浮かぶ人工島。


 アーク・ステーション。


 人類最後の都市は、氷海に突き刺さった鋼鉄の棺だった。


 直径五キロメートル。

 高さ三百メートル。

 六層構造の巨大ドーム都市。


 外壁は炭素繊維強化プラスチックとチタン合金の複合装甲。

 厚さ二メートル。

 耐爆性能は核爆発にも耐えうる設計。


 だが、それは物理的な攻撃に対する備え。

 Z波には、無力だった。


 内部には閉鎖循環型生態系が構築されている。


 第一層、居住区。三千の個室と共同スペース。

 第二層、水耕栽培プラント。遺伝子操作された高効率作物。

 第三層、医療・研究施設。冷凍睡眠装置と生命維持システム。

 第四層、酸素生成システム。藻類培養槽と空気清浄機。

 第五層、核融合炉。ヘリウム3を燃料とする無限エネルギー源。

 第六層、中央管制室。人類最後の頭脳。


 人類の叡智が詰め込まれた、最後の箱舟。


 建造期間、五年。

 総工費、三兆ドル。

 参加国家、百二十七カ国。


 かつては二十万人を収容する避難拠点だった。


 今は、七千人。


 残された人類の、すべて。


 彼らは知っている。


 この箱舟に、未来はないことを。


 第六層、中央管制室。


 縦十メートル、横二十メートルの巨大スクリーンが、青白く明滅している。


 六十基のモニター。

 三十名のオペレーター。

 五基の量子コンピューター。


 全員が、同じものを見つめていた。


 セラフΩ計画。


 人類最後の反撃作戦。


 軌道要塞と連動したAI制御兵器群が、三年ぶりに起動する。


 プラズマ兵装。

 自律型戦闘機械。

 対地殲滅システム。


 人類が生み出した、最後の暴力。


 静寂の中、カウントダウンが始まった。


 00:05:00


 管制官たちは、無言で画面を見つめている。


 誰も声を出さない。

 誰も動かない。

 誰も呼吸すら意識していない。


 祈りではない。

 諦めでもない。


 ただ、観測している。


 第一評議官ヴェルナー・クラウスは、中央の指揮席に深く腰を下ろしていた。


 六十三歳。

 白髪と皺だけが年齢を物語る。


 かつて彼はドイツ連邦議会の議員だった。

 環境エネルギー委員会の委員長。

 気候変動対策の第一人者。


 彼は警告していた。


 地球は限界に達している。

 人類は自らの手で滅びる。


 だが、誰も聞かなかった。


 そして、予言は現実になった。


 ただし、気候変動ではなく、Z波によって。


 今は、ただの生存者代表。


 政府も、国家も、もう存在しない。


 アーク評議会。

 それが人類に残された唯一の組織だった。


「セラフΩ、全システム正常」


 オペレーターの声が響く。

 感情のない報告。


 クラウスは頷いた。


「……続行」


 短い言葉。

 それ以上は何も言わない。


 彼の隣に立つ女性が、小さく息を吐いた。


 副官マリア・フォン・シュタイン。

 四十二歳。


 元は量子物理学者だった。

 ハイゼンベルク研究所の主任研究員。

 Z波の初期観測に成功した人物。


 今は、ただの記録係。


「本当に、これでいいんですか」


 マリアの声が震える。


 クラウスは答えない。


 ただ、画面を見続けている。


 彼女は知っている。


 この作戦が、反撃ではないことを。


 ただの観測。

 ただの記録。

 ただの、人類最後の足掻き。


 00:04:30


 地上は、すでに”彼ら”のものだった。


 アジア。

 欧州。

 アフリカ。

 南米。

 オセアニア。


 すべてが覚醒ゾンビの支配領域。


 群体知性。

 統合意識。

 新種族。


 人類の言語では、もう定義できない存在。


 モニターに映るのは、廃墟ではない。


 再生された森だ。


 東京。

 ニューヨーク。

 ロンドン。

 パリ。

 上海。


 都市だった場所に、緑が戻っている。


 ビルを突き破る樹木。

 道路を覆う苔と草。

 空を覆う蔦と蔓。


 自然が、文明を飲み込んでいた。


「酸素濃度、産業革命以前の水準に回復」


 オペレーターの一人が報告する。


「現在値、二十一・五パーセント。人類史上最高値を記録」


「気温、安定化。温暖化指数、マイナス三ポイント二」


「放射能、減退。半減期を無視した速度で浄化が進行中」


「二酸化炭素濃度、三百五十ppm。パリ協定目標値を達成」


 データが、次々と読み上げられる。


 地球は、癒えつつあった。


 ただし、人類の手によってではない。


 クラウスは、窓の外を見た。


 氷海が広がっている。

 白い地平線。

 凍てついた波。


 三年前まで、ここには海氷など存在しなかった。


 温暖化で消えていた氷が、戻ってきている。


 北極圏が、再生されている。


 地球が、修復されている。


 かつて人類は、この星を支配していた。


 七十億。

 二百の国家。

 数千の都市。

 文明。

 科学。

 戦争。

 汚染。


 今は、七千。


 そして、それすら長くは続かない。


「本当に……人類は、要らなかったんでしょうか」


 マリアが呟く。


 クラウスは、ゆっくりと首を横に振った。


「分からない」


 彼の声は、静かだった。


「だが、地球は答えを出した」


 00:04:00


 マリアがタブレットを操作する。


 画面に、統計データが表示された。


 人類生存者数:推定七千二百名。

 覚醒ゾンビ推定数:三十億体以上。

 地球支配領域:九十七パーセント。


 数字が、すべてを物語っていた。


「セラフΩ、再起動完了」


 モニターに、巨大な影が映る。


 軌道要塞セラフΩ。


 全長八キロメートル。

 質量三百万トン。

 建造費用、世界総GDP の三パーセント。


 人類最後の兵器。


 三年前、Z波の干渉で機能停止していた。


 AIコアが暴走し、制御不能に陥った。

 軌道上で漂流し続けていた。


 だが、修復が完了した。


 量子シールドによるZ波遮断。

 AIコアの再構築。

 プラズマ兵装の再起動。


 画面に表示される、システムステータス。


 主機関:正常

 副機関:正常

 プラズマ炉:出力安定

 兵装システム:展開完了

 降下ユニット:起動待機


 すべてが、緑色で表示されている。


 そして、画面の下部に無数の光点が浮かぶ。


 降下ユニット。

 自律型戦闘機械。

 殺戮のための知性。


 三千機。


 それが一斉に、地球へ向かう。


 クラウスは、静かに呟いた。


「……我々は、もう人間ではないのかもしれない」


 マリアが顔を上げる。


「どういう意味ですか」


「機械に、殺戮を任せている」


 クラウスの声が、低く響く。


「自分の手を汚さず、AIに命を奪わせる」


「それは……」


「人間のすることではない」


 誰も、反論できなかった。


 ただ、画面だけが光り続けている。


 00:03:00


 マリアが、震える手でタブレットを操作した。


「Z波観測システム、稼働中」


 彼女の声が裏返る。


「地上全域で……波動が活性化しています」


 モニターに、地球全体の波動マップが表示される。


 黒い波。

 紅い波。

 緑の波。

 青い波。


 無数の色が、地球を覆っている。


 それは、まるで生き物のように脈動していた。


 地球そのものが、呼吸している。


「彼らは……知っている」


 マリアが呟く。


「セラフΩの再起動を。攻撃の開始を」


 クラウスは頷いた。


「ああ。そして、待っている」


「待っている?」


「我々が、何をするのかを」


 マリアの顔が青ざめる。


「まさか……実験?」


「そうだ」


 クラウスの声は、冷たかった。


「我々は、観測されている」


 00:02:00


 地球全域に、警告信号が送信される。


 Z波適応体へ。

 覚醒種へ。

 群体知性へ。


 『人類は、まだ生きている』


 だが、それは脅迫ではない。


 宣戦布告でもない。


 ただの、通告だ。


 私たちは、ここにいる。


 まだ、終わっていない。


 セラフΩが、大気圏への降下軌道に入る。


 プラズマ光が、夜空を裂いた。


 青白い尾を引きながら、三千の機械が地球へ向かう。


 管制室に、沈黙が広がる。


 00:01:30


「降下ユニット、大気圏突入開始」


 オペレーターの声。


「耐熱シールド、正常」


「目標座標、ロックオン」


「東京、ニューヨーク、ロンドン、パリ、上海」


「各都市に十機ずつ配置」


 機械的な報告が続く。


 誰も、感情を込めない。


 クラウスは、画面を見つめたまま動かない。


 彼の目には、もう何も映っていなかった。


 ただ、光だけが映っている。


 00:01:00


 マリアが、小さく息を吐いた。


「……私たちは、何のために戦っているんでしょう」


 クラウスは答えない。


「生き残るため? 復讐? それとも……」


「記録だ」


 クラウスの声が、静かに響く。


「人類が、最後まで抵抗したという記録」


「それだけですか」


「それだけだ」


 マリアは、何も言えなかった。


 00:00:30


「降下ユニット、大気圏突破」


「高度五万メートル」


「目標、視認」


 モニターに、地上の映像が映る。


 森。

 緑。

 そして、群れ。


 無数のゾンビが、空を見上げている。


 動かない。

 叫ばない。

 襲いかからない。


 ただ、観測している。


 クラウスの背筋に、冷たいものが走った。


 彼らは、知っていた。


 セラフΩの再起動を。

 攻撃の開始を。

 すべてを。


 そして、待っていた。


「……彼らは、見ている」


 オペレーターの一人が呟く。


「我々を、観測している」


 マリアが、声を震わせた。


「まるで……実験動物を見るように」


 クラウスは、ゆっくりと頷いた。


 そうだ。


 人類は、もう狩る側ではない。


 観測される側だ。


 00:00:10


 画面の中で、一体のゾンビが動いた。


 金色の眼。

 黒い波動。


 群れの中心にいる、一つの存在。


 藤原京。


 Z-01。


 理性の王。


 彼は、空を見上げている。


 周囲には無数のゾンビが静止している。


 数万。

 数十万。

 それ以上。


 すべてが、彼の意識と繋がっている。


 そして、微笑んだ。


 言葉はない。

 音もない。


 ただ、意識だけが伝わってくる。


 『始めよう』


 その瞬間、管制室の全員が理解した。


 これは、戦いではない。


 観測だ。


 実験だ。


 人類という種が、どこまで抵抗できるのか。


 その記録を取るための、最後の舞台。


 管制室が、静まり返った。


 00:00:00


 再起動。


 モニターが、一斉に白く染まる。


 セラフΩの降下ユニットが、大気圏に突入する。


 炎が尾を引く。

 機械の咆哮。

 破壊の予兆。


 三千の光が、地球を目指す。


 だが、クラウスには分かっていた。


 これは、反撃ではない。


 人類最後の、観測だ。


 モニターの光が、青白く揺れる。


 そして、画面の向こうで、群れが動き始めた。


 波動が、うねる。


 黒い波。

 紅い波。

 緑の波。


 地球が、応答する。


 マリアが、小さく呟いた。


「……始まってしまいましたね」


 クラウスは答えない。


 ただ、画面を見つめている。


 亡国の灯は、まだ消えていない。


 だが、それが照らすのは、もう人間の未来ではなかった。


 クラウスは、椅子に座ったまま、空を見上げた。


 白い天井。

 無機質な照明。


 人工の光だけが、彼らを照らしている。


 地上には、もう太陽が昇っている。


 だが、その光を浴びるのは、人間ではない。


 画面の中で、京が動く。


 群れが、動く。


 地球が、動く。


 静寂。


 そして、戦いが始まる。


(了)

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