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ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
第2部「裂け目」

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第34話「境界崩壊」

 夜。


 北方山岳の避難民キャンプ。


 焚き火が、いくつも焚かれている。オレンジ色の炎。パチパチと音を立てる炎。


 避難民たちが、火を囲んでいる。百人ほど。疲れ切った顔。凍えた体。


 子供が泣いている。母親が、抱きしめている。


 老人が咳をしている。ゴホッ、ゴホッ。


 兵士たちが、周囲を警備している。十人ほど。ライフルを構え、暗闇を見つめている。


 雪が、降っている。


 風が、吹いている。


 冷たい風。木々を揺らす風。


 その時——


 遠くで、音がした。


 ガサッ。


 枝が折れる音。


 兵士の一人が、そちらを向いた。


「何だ?」


 暗闇を見つめる。


 懐中電灯を向ける。


 光が、木々を照らす。


 何もいない。


 でも——


 また、音がした。


 ガサッ、ガサッ。


 複数の足音。


 兵士が、ライフルを構えた。


「誰かいるのか!」


 叫ぶ。


 返答は——ない。


 代わりに——


 咆哮が響いた。


「グアアアアア!」


 ゾンビだ。


 暗闇から、群れが現れた。


 数十体。


 いや——百体以上。


 雪嵐を突き破り、走ってくる。


 兵士が、発砲した。


 パン、パン、パン。


 銃声が、夜空に響く。


 ゾンビが倒れる。


 でも——止まらない。


 次が来る。また次が来る。


「総員、応戦!」


 兵士の隊長が叫ぶ。


 避難民が、悲鳴を上げる。


 火が、倒される。


 テントが、破られる。


 夜空が——炎と悲鳴で、焦がされた。


-----


 神谷刃は、キャンプの端にいた。


 咆哮が聞こえた瞬間、剣を抜いていた。


 走る。


 キャンプの中心へ。


 避難民が、逃げ惑っている。


 兵士が、撃ち続けている。


 ゾンビが——押し寄せている。


 刃は、群れへ飛び込んだ。


 溜め。


 一体目が襲いかかる。


 動作。


 剣を振る。


 結果。


 首が飛ぶ。


 余波。


 血が噴き出す。


 溜め。


 二体目が腕を伸ばす。


 動作。


 剣で腕を切断する。


 結果。


 腕が落ちる。


 余波。


 ゾンビがよろめく。


 溜め。


 刃が踏み込む。


 動作。


 頭を貫く。


 結果。


 ゾンビが倒れる。


 余波。


 次が来る。


 刃は、戦い続けた。


 一体、また一体。


 剣が、血で濡れる。


 服が、血で染まる。


 顔にも、血が飛び散る。


 でも——止まらない。


 刃の中で、何かが燃えている。


 戦いの高揚。


 殺戮の快感。


 いや——違う。


 これは——


 刃の頭に、声が響いた。


 ——殺せ。


 ——もっと殺せ。


 ——それが、お前の本能だ。


 刃は、頭を振った。


 違う。


 俺は、人を守るために——


 でも——


 群れが、多すぎる。


 避難民が、次々と襲われている。


 子供の悲鳴。


 母親の叫び。


 老人の断末魔。


 刃は——何もできない。


 一人では——


 刃の視界が、赤く染まった。


 怒りか。


 それとも——


 刃は、剣を握り締めた。


 そして——咆哮した。


「ガアアアアッ!」


 人間の声ではない。


 獣の咆哮。


 刃の体が——変わった。


 筋肉が膨らみ、血管が浮き出る。


 目が、金色に光る。


 理性が——失われていく。


 刃は、群れへ突撃した。


 剣が、嵐のように振るわれる。


 一閃、また一閃。


 ゾンビが、次々と倒れる。


 刃は——もう、人間ではなかった。


 境界を——越えていた。


-----


 同じ頃。


 森の中。


 藤宮澪は、倒れた避難民の列を発見した。


 雪の中に——遺体が転がっている。


 十体、二十体——いや、もっと。


 老人、子供、女性、男性。


 皆、凍死している。


 いや——違う。


 一部は、噛まれている。


 ゾンビに襲われたのだ。


 澪は、唇を噛んだ。


 遅かった——


 その時、声が聞こえた。


「助けて……」


 弱々しい声。


 澪は、声の方向へ走った。


 雪の中——倒れている人影。


 女性だ。


 二十代くらいだろうか。血まみれで、足を引きずっている。


 澪は、駆け寄った。


「大丈夫ですか!」


 女性が、澪を見た。虚ろな目。


「助けて……子供が……」


「子供?」


 澪が周囲を見渡す。


 少し離れた場所——木の陰に、小さな影がある。


 澪は、そこへ走った。


 子供だ。


 五歳くらいの男の子。


 凍えている。唇が青い。意識がない。


 澪は、子供を抱き上げた。


 冷たい。


 でも——心臓が、まだ動いている。


 生きている。


 澪は、女性のところへ戻った。


「この子を連れて、逃げます」


 女性が、涙を流した。


「ありがとう……ございます……」


 澪は、女性の腕を掴んだ。


「立てますか?」


「……はい」


 女性が、立ち上がる。


 よろめく。


 澪が支える。


「私に、掴まって」


 二人は、歩き始めた。


 子供を抱えた澪と、足を引きずる女性。


 雪の中を。


 北へ。


 その時——


 背後から、咆哮が聞こえた。


「グアアアア!」


 ゾンビだ。


 澪は、振り返った。


 群れが——追ってくる。


 十体ほど。


 澪は、女性を見た。


「走れますか?」


「……無理です」


 女性が、首を振る。


「私は——置いていってください」


「そんなこと——」


「お願いします」


 女性が、澪の手を握った。


「この子だけでも——」


 澪は、唇を噛んだ。


 女性を置いていけば——死ぬ。


 でも、連れていけば——全員が死ぬ。


 澪は——


 決断した。


「わかりました」


 澪が、子供を抱え直す。


「必ず、この子を守ります」


 女性が、微笑んだ。


「ありがとう……」


 澪は、走り出した。


 子供を抱えて。


 女性を——残して。


 背後で——悲鳴が響いた。


 澪は——振り返らなかった。


 涙が、頬を伝う。


 でも——止まらない。


 走り続ける。


 子供を守るために。


-----


 同じ頃。


 大陸の集落。


 夜。


 藤原京は、ヤマトに連れられて、集落の中心へ来ていた。


 そこには——大きな焚き火がある。


 炎が、高く上がっている。


 周囲に——進化したゾンビたちが集まっている。


 三十人ほど。


 皆、金色の瞳をしている。


 皆、静かに炎を見つめている。


 ヤマトが、京に言った。


「今夜は、儀式がある」


「儀式?」


「ああ」


 ヤマトが頷く。


「新しい仲間を、迎え入れる儀式だ」


 京は、周囲を見渡した。


 新しい仲間——


 その時、二人の進化体が——何かを引きずってきた。


 人間だ。


 男性。


 三十代くらいだろうか。


 縛られている。口には、猿ぐつわ。


 目が、恐怖で見開かれている。


 京は、息を呑んだ。


 これは——


 ヤマトが、炎の前に立った。


「皆、静粛に」


 ヤマトの声が、響く。


「今夜、我々は新たな仲間を迎える」


 ヤマトが、縛られた人間を指す。


「この者を——進化させる」


 進化——


 京の胸が、ざわついた。


 進化体の一人が、ナイフを取り出した。


 人間の腕に、傷をつける。


 血が流れる。


 人間が、もがく。叫ぼうとする。でも、猿ぐつわで声が出ない。


 進化体が——自分の腕も切る。


 血が流れる。


 そして——二つの血を、混ぜ合わせた。


 人間の傷口に、進化体の血を塗り込む。


 人間が——痙攣し始めた。


 ビクン、ビクン。


 目が、濁り始める。


 口から、泡を吹く。


 感染だ。


 急速に——進行している。


 やがて——


 人間の目が、金色に変わった。


 進化体になった。


 縛られた男が——立ち上がった。


 猿ぐつわを、自分で外す。


 そして——ヤマトを見た。


「……俺は」


 言葉だ。


 喋っている。


 理性を保っている。


 ヤマトが、微笑んだ。


「ようこそ、仲間よ」


 周囲の進化体たちが——拍手した。


 人間のように。


 京は——その光景を見つめていた。


 これが——進化か。


 強制的に、人間を進化体にする。


 理性は保たれる。


 でも——


 これは、正しいのか。


 京の中で、何かが揺れた。


 人間性——


 それが、崩れていく音が聞こえた気がした。


 ヤマトが、京に近づいた。


「どうだ?」


 ヤマトが聞く。


「これが、俺たちの儀式だ」


 京は、何も答えなかった。


 ヤマトが、炎を見つめる。


「人間は、弱い」


 ヤマトが言う。


「でも、俺たちは強い」


「だから——人間を進化させる」


「それが——俺たちの使命だ」


 京は、ヤマトを見た。


「使命——?」


「ああ」


 ヤマトが頷く。


「新しい世界を作る」


「人間でもなく、ゾンビでもなく——」


「進化した存在だけの、世界を」


 京の胸が、ざわついた。


 それは——


 正しいのか。


 間違っているのか。


 わからない。


 でも——


 京の中で、何かが変わり始めていた。


 理性と本能の境界が——曖昧になっていく。


-----


 北方山岳のキャンプ。


 戦いが——終わった。


 ゾンビの群れは、撃退された。


 でも——


 避難民の半分が、死んだ。


 兵士も、半数が死んだ。


 炎が、まだ燃えている。


 テントが、崩れている。


 遺体が、転がっている。


 刃は——血まみれで立っていた。


 剣を握ったまま。


 呼吸が、荒い。


 目が——まだ金色に光っている。


 刃の中で——何かが変わっていた。


 理性が——戻ってきた。


 でも——完全には、戻らない。


 境界が——曖昧になっている。


 人間と、ゾンビと——その間。


 刃は、自分の手を見た。


 血まみれの手。


 震えている。


 これは——


 恐怖か。


 それとも——


 刃は、空を見上げた。


 雪が、降っている。


 静かな雪。


 その雪が——血で汚れた地面を、覆い隠していく。


-----


 森の中。


 澪は、子供を抱えたまま走っていた。


 息が上がる。


 足が痛い。


 でも——止まらない。


 子供が——まだ生きている。


 心臓が、動いている。


 守らなければ。


 澪の頭に、女性の顔が浮かんだ。


 置き去りにした、女性。


 死んだ、女性。


 澪は——殺したのか。


 いや——


 でも——


 澪の涙が、止まらない。


 これが——正しかったのか。


 わからない。


 ただ——


 澪は、走り続けた。


 子供を守るために。


-----


 大陸の集落。


 京は、一人で海を見つめていた。


 波が、打ち寄せている。


 ザザー、ザザー。


 月が、海を照らしている。


 京の中で——何かが揺れている。


 人間性——


 それが、崩れていく。


 でも——


 京は、まだ——


 何かを、求めている。


 答えを。


 自分が何者なのか、という答えを。


 京は、北を見た。


 あの島で見た文字。


《海の向こうで、待っている》


 それは——


 ここではない。


 もっと北だ。


 京は——決めた。


 この集落を、出る。


 もっと北へ。


 答えを、求めて。


-----


 三人の内側で——


 人間性が、揺らいでいた。


 刃は、理性を失いかけた。


 澪は、人を見捨てた。


 京は、強制進化の儀式を見た。


 三人とも——


 境界の存在だった。


 人間でもなく、ゾンビでもなく——


 その間で、揺れている。


 やがて——


 三人は、再び出会う。


 その時——


 何が起きるのか。


 誰にも、わからない。


 終末の世界で——


 人間性の最後の欠片が、消えようとしていた。


-----


(了)

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