第6話「剣聖と大賢者」
同じ頃。
大陸西部に位置する大国、アルセリア王国。
白亜の城壁に囲まれた王都の中心には、壮大な王城がそびえ立っていた。
その王城の大広間。
金色の装飾が施された柱が並び、奥には王座が置かれている。
そして、広間の中央には、二人の少年少女が立っていた。
「……なあ、カナデ」
「なに?」
「これ、絶対普通じゃないよな?」
「うん。普通じゃないと思う」
オクトの言葉に、カナデは苦笑した。
二人がこの世界に来てから、まだそれほど時間は経っていない。
目を覚ましたとき、そこは見知らぬ土地だった。
見たことのない建物。聞いたことのない言葉。そして、物語の中でしか知らなかった魔物。
突然の出来事に戸惑いながらも、二人はそれぞれ別の場所で保護されていた。
そして今、アルセリア王国の王城に招かれ、目の前で行われようとしているのは、自分たちの力を確かめるための式典だった。
「静粛に」
広間に響いた声に、ざわめきが収まる。
玉座から、一人の男が立ち上がった。
「私はアルセリア王国の国王、レオンハルトだ」
二人は顔を見合わせた。
オクトが一歩前に出る。
「俺はオクトです。こっちはカナデ」
「よろしくお願いします」
カナデが丁寧に頭を下げる。
国王は二人を見渡し、穏やかな口調で告げた。
「突然のことで戸惑っているだろう。だが、そなたたちには、この国にとって重要な役割を担う可能性がある」
「重要な役割……?」
「そうだ。この世界には、生まれ持った才能や、魂に宿る力が存在する。それを見極めるためのものが、神託の祭壇だ」
国王の合図とともに、広間の奥にある扉が開かれた。
「そなたたちの適性を、そこで確かめたい」
オクトは表情を引き締めた。
この世界で生きていくためにも、自分たちが何者なのかを知る必要がある。
「分かりました。やってみます」
オクトが答えると、カナデも静かに頷いた。
二人は神託の祭壇へと向かった。
◇
神殿の最奥。
そこには、巨大な石造りの祭壇が鎮座していた。
石壁には古代文字が刻まれ、中央には淡い光を放つ水晶が浮かんでいる。
「これが、神託の祭壇です」
神官長が説明した。
「魂に宿る適性を読み取り、その者がどのような力を持つのかを示すものと伝えられています」
「つまり、俺がどんな力を持っているのか分かるってことか?」
「その通りです。適性は将来の可能性を示すもの。必ずしも、強さのすべてを決めるわけではありません」
「なるほどな」
オクトは祭壇を見つめた。
「だったら、やってみる価値はある」
「では、まずオクト殿から」
神官長に促され、オクトは祭壇の前へ進んだ。
そっと水晶に手をかざす。
次の瞬間――。
ゴオオオオオッ!
祭壇が激しく輝いた。
石床に刻まれた古代文字が次々と光を放ち、神殿全体が震え始める。
「な、なんだ……!?」
神官たちが息を呑む。
水晶から溢れ出した光は、一本の剣を描きながらオクトを包み込んだ。
やがて、その光は彼の手の甲に一つの紋章を浮かび上がらせた。
神官長は目を見開いた。
「こ、これは……剣聖!」
一瞬、神殿が静まり返る。
「剣聖だと!?」
「伝説に記された、あの適性が……!」
剣聖。
剣の道を極める可能性を秘めた、極めて希少な適性。
その名を持つ者は、歴史上でも数えるほどしか存在しなかった。
国王は思わず立ち上がった。
「素晴らしい……! オクトよ、そなたには我が国の未来を担う力がある!」
周囲から歓声が上がる。
オクトは自分の手の甲に刻まれた紋章を見つめていた。
「……俺が、剣聖?」
信じられないといった表情で、もう一度その紋章を確かめる。
やがて、驚きが少しずつ喜びへと変わっていった。
「……すげえな、これ」
思わず笑みがこぼれる。
自分がそんな特別な適性を持っていたなんて、想像もしていなかった。
「ははっ! まさか俺が剣聖なんてな!」
いつもの負けず嫌いな笑顔が戻る。
その姿を見て、カナデも嬉しそうに微笑んだ。
◇
「次は、カナデ殿」
神官長の声に、カナデは小さく息を吸った。
「はい」
祭壇の前に立つ。
先ほどの光景が、まだ目に焼き付いていた。
オクトは剣聖という、伝説に残る適性を得た。
ならば、自分はどうなのだろう。
少しの不安を胸に抱きながらも、カナデは水晶に手をかざした。
静寂。
そして――。
祭壇から、柔らかな光が溢れ出した。
オクトのときとは違い、無数の光の粒がカナデの周囲を舞い上がる。
青、白、金。
さまざまな色の光が彼女を包み込み、やがて頭上へと集まっていった。
壁に刻まれた古代文字が、一斉に輝く。
神官長は、しばらく言葉を失っていた。
「……大賢者」
かすれた声が、神殿に響く。
「間違いありません! 大賢者の適性です!」
再び、神殿が大きくざわめいた。
「剣聖に続いて、大賢者まで……!」
「これほどの適性が、同時に二人も現れるとは!」
国王はカナデの前まで歩み寄った。
「カナデよ。そなたもまた、この国にとってかけがえのない存在となるだろう」
「ありがとうございます」
カナデは丁寧に頭を下げた。
大賢者。
特別な力を持つ者として認められたことは、素直に嬉しかった。
けれど、その喜びの中で、ふと一人の少年の顔が浮かんだ。
アスト。
いつも隣にいて、何かと気にかけてくれた少年。
少し不器用で、誰かが困っていると放っておけない。
オクトと張り合っては、くだらないことで言い合いをしていた。
そんな二人を見て、カナデはいつも笑っていた。
当たり前だった日々が、今は遠く感じる。
「……アスト」
思わず、名前がこぼれる。
「カナデ?」
隣に来たオクトが、顔を覗き込んだ。
「どうした?」
「ううん。ただ……アスト、どうしてるかなって」
その言葉に、オクトも表情を曇らせた。
「……そうだな。シオンも一緒だったはずだ」
「二人とも、無事だといいね」
「ああ。あいつらのことだ。きっと大丈夫だ」
そう言いながらも、オクトの胸には不安が残っていた。
「国王に聞いてみようぜ。アストとシオンがこの世界に来ているのか、分かるかもしれない」
二人は国王のもとへ向かった。
「陛下、一つ聞きたいことがあります」
「何だ?」
「俺たちと一緒にいた二人も、この世界に来ているのでしょうか。アストとシオンというんですが」
カナデも続ける。
「私たちと一緒にいた、大切な友人なんです。二人が無事なのか知りたくて……」
国王は少し考え込んだ。
「残念ながら、今のところ他の者が召喚されたという報告は受けていない。だが、そなたたち以外にも異界から来た者がいる可能性はある」
「そうですか……」
「引き続き情報を集めよう。何か分かれば、必ず知らせる」
「ありがとうございます」
オクトは頭を下げた。
「シオンも、アストも……無事でいてくれよ」
その声は、小さく呟くようなものだった。
◇
その日の夜。
王城では、二人のために祝宴が開かれた。
剣聖と大賢者。
二つの希少な適性を持つ若者の出現に、王国中が沸き立っていた。
国王は二人に最高の教育と訓練を与えることを約束し、騎士団と宮廷魔術師たちは、それぞれの才能を伸ばすための準備を始めていた。
祝宴の席で、オクトは並べられた料理を前に目を輝かせていた。
「おお、これうまそうだな!」
「オクト、食べすぎないでね」
「いいだろ、せっかくの祝いなんだから」
そんなやり取りをしながらも、カナデの表情にはどこか寂しさが残っていた。
ふと、窓の外へ目を向ける。
遠い空の向こう。
その先に、アストがいるかもしれない。
今頃、何をしているのだろう。
元気にしているだろうか。
ちゃんと食べているだろうか。
考え始めれば、心配は尽きなかった。
「……早く、会いたいな」
小さな呟きは、祝宴の喧騒に溶けて消えた。
その隣で、オクトもまた、妹のことを考えていた。
シオンは無事だろうか。
怖い思いをしていないだろうか。
兄として、そばにいてやれないことがもどかしかった。
「……絶対、見つけてやるからな」
オクトは静かに拳を握った。
二人の胸にあるのは、同じ願いだった。
もう一度、四人で会いたい。
そして、何事もなかったように笑い合いたい。
離れ離れになった四人。
それぞれの場所で歩み始めた道は、まだ交わることがない。
けれど、その先には、彼ら自身も知らない運命が待ち受けていた。




