第5話「神託の祭壇」
「まずは、お二人の適性を確認させていただきたい」
皇帝の言葉に、アストは顔を上げた。
「適性……ですか?」
「そうだ。この世界では、生まれ持った才能や神から授かった力によって、扱える技術や能力が異なる。それを見極めるための場所がある」
皇帝は、傍らに控える白髪の老人へ視線を向けた。
「神官長、準備を」
「かしこまりました」
神官長は一礼すると、二人に向き直った。
「こちらへ。神託の祭壇にご案内いたします」
アストとシオンは顔を見合わせた。
異世界に召喚されてから、まだ分からないことばかりだ。
それでも、自分たちの力を知るためには、進むしかなかった。
二人は神官長の後に続き、謁見の間を後にした。
◇
案内されたのは、帝城の奥深くにある神殿だった。
高い天井を支える柱には見たこともない文字が刻まれ、中央には幾重もの紋様が彫り込まれた円形の祭壇が据えられている。
石の表面には淡い光が宿り、周囲には数人の神官が静かに控えていた。
「こちらが神託の祭壇です」
神官長が祭壇を指し示す。
「この祭壇は、神から授かった適性を読み取り、その者が持つ才能や能力の傾向を示します。剣術、魔法、聖属性など、適性は人によってさまざまです」
「これで、自分に何ができるか分かるってことですか?」
アストが尋ねると、神官長はうなずいた。
「すべてを知ることはできません。しかし、これから歩む道を知る手がかりにはなるでしょう」
神官長はシオンへ視線を向けた。
「では、まずはあなたから」
「分かりました」
シオンは少し緊張した様子で、祭壇の中央へ進んだ。
「そのまま、目を閉じてください」
神官長が祈りの言葉を唱える。
すると、祭壇の紋様が一斉に輝き始めた。
シオンの足元から柔らかな光が立ち上り、空中にいくつもの文字が浮かび上がる。
やがて光は白金色へと変わり、祭壇の中央に一つの文字が刻まれた。
『聖騎士』
「……これは!」
神官の一人が思わず声を上げた。
「聖騎士だと……?」
「まさか、これほど希少な適性が現れるとは!」
神官たちの間に、驚きと興奮が広がっていく。
神官長も目を見開いていた。
「聖騎士は、聖なる力と騎士の力を兼ね備えた希少な適性です。守護や浄化に優れ、魔物との戦いでも大きな力を発揮するとされています」
「そんなに珍しいんですか?」
シオンは戸惑いながら尋ねた。
「ええ。誰もがその適性を持てるわけではありません」
皇帝も満足げにうなずいた。
「異世界から召喚された者が、これほどの適性を持つとはな。今後が楽しみだ」
シオンは困ったように笑い、祭壇を降りた。
「なんだか、すごいことになっちゃいましたね」
「みたいだな」
アストは苦笑した。
シオンが高く評価されたことは、素直にうれしかった。
けれど、胸の奥では別の感情も膨らんでいた。
――自分にも、何か特別な力があるかもしれない。
勇者として召喚されたのだ。
きっと、自分にもこの世界で果たすべき役割がある。
そう信じたかった。
「では、次はあなたです」
神官長に促され、アストは祭壇の中央へ進んだ。
「先ほどと同じように、目を閉じてください」
「はい」
アストは静かに目を閉じた。
神官長が祈りの言葉を唱える。
祭壇の紋様が輝き始めた。
――しかし。
シオンのときとは、明らかに様子が違った。
光は弱く、祭壇全体へ広がることもない。
足元を淡く照らしただけで、反応が止まってしまった。
「……どういうことだ?」
神官長が眉をひそめる。
「もう一度、試みます」
再び祈りの言葉が響いた。
祭壇がかすかに震え、ようやく空中に文字が浮かび上がる。
『無銘の剣士』
「……無銘の剣士?」
神官の一人が、怪訝そうにつぶやいた。
神官長は表示を見つめたまま、別の神官に確認を促した。
「適性の数値は?」
「剣術適性、極めて低い。身体能力への適性も低水準です。魔法適性も、ほとんど反応がありません」
「そんなはずはない……。再測定を」
アストは再び祭壇の中央に立った。
結果は変わらなかった。
二度目も、三度目も。
『無銘の剣士』
その文字だけが、冷たく浮かび上がっていた。
「……確認できました」
神官長の声から、先ほどまでの喜びが消えていた。
「適性は極めて低いと言わざるを得ません。剣士としての才能も乏しく、魔法の適性も見られない。現時点では、戦力として期待するのは難しいでしょう」
神殿に沈黙が落ちた。
先ほどまでシオンを称賛していた神官たちも、今は誰一人として口を開かなかった。
「始まりの勇者と同じ紋章を持つ者が、このような結果とは……」
誰かが漏らした言葉が、静かな神殿に響いた。
アストは祭壇を見上げた。
無銘の剣士。
それが、自分に与えられた適性だった。
「……もう一度、確認できませんか?」
気づけば、アストは口を開いていた。
神官長は静かに首を横に振った。
「すでに三度、測定を行いました。結果が変わることはないでしょう」
「そう、ですか……」
アストは視線を落とした。
自分にも、この世界で何かを成し遂げられるかもしれない。
そんな期待を抱いていた。
けれど、目の前に示された結果は、その希望をあっけなく打ち砕いた。
「皇帝陛下」
神官長が玉座の皇帝へ向き直った。
「現時点で、この者に特別な戦闘適性は確認できませんでした」
皇帝は腕を組み、難しい表情を浮かべた。
「そうか……」
しばらく沈黙した後、皇帝は静かに口を開いた。
「実は、各国から勇者召喚に関する報告が届いている」
神官たちが顔を上げる。
「まだ確かな情報ではないが、隣国では『剣聖』、さらに別の国では『大賢者』という、極めて優れた適性を持つ者が召喚されたという噂がある」
「剣聖に、大賢者……」
神官の一人が息をのんだ。
「いずれも、歴史に名を残すほどの力を持つ可能性がある適性です」
神官長が重々しくうなずいた。
皇帝はアストとシオンを見比べ、深いため息をついた。
「他国では、それほどの逸材が現れたというのに……。こちらは聖騎士と、無銘の剣士か」
その言葉が、アストの胸に突き刺さった。
「聖騎士の適性が確認できたことは喜ばしい。だが、この結果では、今後の戦いに大きな期待を寄せることは難しいだろう」
誰も反論しなかった。
アストは拳を握りしめた。
好きで、この適性を授かったわけではない。
それでも、ここでは結果がすべてなのだろう。
「……分かりました」
アストは小さく答えた。
声が震えないようにするだけで、精いっぱいだった。
その様子を見て、シオンがそっと声をかける。
「アスト……」
「大丈夫」
アストは顔を上げ、無理に笑った。
「結果は結果だから。仕方ないよ」
そう言ったものの、胸の奥に残る悔しさは消えなかった。
異世界に来ても、自分は何者にもなれないのだろうか。
そんな考えが、頭をよぎる。
そのときだった。
祭壇の奥深く。
誰にも見えない石の内側で、刻まれた紋様がほんの一瞬だけ淡く輝いた。
それは、祭壇がアストに示した結果とは、明らかに異なる反応だった。
しかし、その光に気づいた者は誰もいなかった。




