第4話「召喚された勇者」
「……うっ」
アストは、ゆっくりと目を開けた。
視界に広がったのは、見覚えのない高い天井だった。
白い石造りの天井には金色の装飾が施され、巨大な柱が部屋を囲んでいる。床には複雑な模様が刻まれ、その一部が淡い光を放っていた。
「……どこだ、ここ」
身体を起こした、そのとき。
「アスト!」
すぐそばから、聞き慣れた声がした。
振り向くと、シオンが床に座り込んでいた。
「シオン! 大丈夫か?」
「う、うん……。たぶん」
シオンは身体のあちこちを確かめながら、ゆっくりと立ち上がった。
「ここ、学校じゃないよね?」
「ああ。どう考えても違うな」
アストは改めて周囲を見渡した。
見たこともない装飾。
広すぎる部屋。
そして、二人を取り囲むように立つ、鎧姿の兵士たち。
「……なあ、シオン」
「なに?」
「これ、どういう状況だと思う?」
「私が聞きたいよ!」
二人が顔を見合わせた、そのときだった。
兵士たちの後方から、一人の男が歩み出てきた。
豪華な衣装に身を包み、胸元には見慣れない紋章が輝いている。
男は二人の姿を確認すると、驚いたように目を見開いた。
「……二人だけ、なのか?」
「は?」
アストが眉をひそめる。
男は兵士たちを振り返った。
「召喚された勇者は、四人のはずだ。残りの二人はどうした?」
その言葉に、兵士たちの間で動揺が広がった。
「儀式に間違いはなかったはずです!」
「しかし、現れたのはこの二人だけ……」
「そんなはずが……」
飛び交う言葉を聞きながら、アストは眉を寄せた。
四人。
勇者。
召喚。
聞き慣れない言葉ばかりだ。
だが、一つだけ気になることがあった。
「……待てよ」
アストは男に向き直った。
「今、四人って言ったか?」
「そうだ。そなたたちは、召喚の儀によってこの世界に招かれた勇者だ」
「勇者……?」
シオンが呆然と呟く。
アストは思わず額に手を当てた。
勇者だの、召喚だの。
まるで物語の中の話だ。簡単に信じられるはずがない。
けれど、目の前の光景は、どう考えても元の世界ではなかった。
「そんなことより!」
アストは男に詰め寄った。
「俺たちと一緒にいた二人はどうしたんだ? カナデとオクトだよ。あいつらはどこにいる?」
その名前を聞いた男の表情が、わずかに変わった。
「……カナデ、オクト。そなたたちの仲間か?」
「ああ。同じ場所にいたんだ。俺たちと一緒に、あの光に包まれて……」
言葉の途中で、アストは口をつぐんだ。
あのとき、四人は確かに一緒にいた。
それなのに、目を覚ましたら二人しかいない。
嫌な予感が、胸の奥で膨らんでいく。
「……二人は、どこにいるんですか?」
シオンの声にも、不安がにじんでいた。
男はしばらく二人を見つめていたが、やがて兵士たちに告げた。
「陛下に報告する。勇者たちを玉座の間へ案内しろ」
兵士たちが動き出す。
アストは納得できないまま、シオンと顔を見合わせた。
カナデ。
オクト。
二人はどこへ行ってしまったのか。
その答えを知る者は、まだ誰もいなかった。
***
玉座の間は、先ほどの部屋よりもさらに広かった。
赤い絨毯が中央をまっすぐに伸び、その先には豪奢な玉座が置かれている。
玉座に座るのは、威厳ある面持ちの男だった。その左右には貴族らしき人物や、長いローブをまとった老人たちが控えている。
アストとシオンが案内されると、王は二人を見据え、静かに口を開いた。
「よく来た、異界の勇者たちよ。私はレグナ王国を治める王である」
「……王様?」
シオンが小さく呟いた。
アストは一歩前に出た。
「すみません。俺たちは、どうしてここにいるんですか?」
「そなたたちは、我が王国が執り行った召喚の儀によって、この世界へ招かれたのだ」
王はゆっくりと立ち上がった。
「この世界には、古くから伝わる予言がある。終焉の神託と呼ばれるものだ」
王の合図で、傍らの老人が一歩前に出た。
「星が黒く染まるとき、世界の理は崩れ始める。魔物は大地を覆い、国々は滅びる。そして、世界を終わらせる存在が目覚める――」
老人は一度言葉を切った。
「そのとき、異界より四人の勇者が現れる、と」
「四人の勇者……」
シオンが小さく繰り返した。
王は頷いた。
「近頃、各地で魔物の活動が活発になり、古代の封印にも異変が起きている。予言が現実になろうとしているのだ」
「それで、俺たちを召喚したんですか?」
「そうだ。世界を救う手がかりは、そなたたちにあると考えている」
アストは戸惑いながらも、すぐに問い返した。
「だったら、残りの二人はどこにいるんですか?」
「カナデとオクトです。俺たちと一緒にいた二人は、どこにいるんですか?」
王は隣に控える老人へ視線を向けた。
「召喚を担当した者よ。何か分かるか?」
老人は深く頭を下げた。
「申し訳ございません。儀式そのものは成功しております。しかし、召喚された者が二人だけだった理由は分かりかねます」
「……分からない?」
「召喚の力が分かれ、別々の場所に現れた可能性はございます」
「別の場所……」
シオンの顔が曇った。
「この世界には、我が王国以外にも国が存在する。もし別の国に現れていたのなら、探し出すには時間がかかるかもしれぬ」
王の言葉に、アストは拳を握りしめた。
「……二人を探してください」
アストは王を見据えた。
「お願いします。俺たちと一緒にいたんです。どこかにいるはずなんです」
王はしばらくアストを見つめた。
「手がかりが見つかり次第、調査を行おう。そなたたちの仲間が無事であることを願っている」
アストは唇を噛んだ。
願っている。
そんな言葉だけで納得できるはずがなかった。
それでも、今の自分には何もできない。
アストは隣にいるシオンを見た。
「……シオン」
「うん」
「絶対に、二人を見つけよう」
シオンは一瞬だけ目を伏せた。
それでも、顔を上げてアストを見つめ返す。
「うん。絶対に」
二人の決意を見届けると、王は静かに告げた。
「まずは、この世界について知る必要があるだろう。そなたたちには、しばらく我が王国で過ごしてもらう」
アストは小さく頷いた。
そのときだった。
「……陛下」
召喚を担当した老人が、静かに口を開いた。
「一つ、確認させていただきたいことがございます」
「何だ?」
「勇者様方の紋章を、確認させていただけないでしょうか」
「紋章?」
アストは自分の手を見下ろした。
そういえば、あの光に包まれた瞬間、不思議な紋章が浮かび上がったのだった。
アストとシオンは、それぞれ紋章を見せた。
老人はまずシオンの紋章を確かめ、次にアストの紋章へと目を移した。
その瞬間。
老人の顔から、血の気が引いた。
「……そんな、まさか」
「どうした?」
王が鋭く問いかける。
老人は震える指で、アストの紋章を指した。
「陛下……この紋章は、伝説に記された始まりの勇者のものです!」
「何だと……?」
王が玉座から立ち上がった。
周囲の貴族たちも、ざわめきを抑えられない。
「始まりの勇者だと?」
「まさか、あの伝説が再び……」
老人は興奮した様子で続けた。
「間違いありません! かつて世界の危機を退けた伝説の勇者。その者に刻まれていた紋章と同じものです!」
王はアストを見つめた。
その表情には、驚きと希望が浮かんでいた。
「なんということだ……。伝説の勇者が、再びこの世界に現れたというのか」
「えっと……俺のことですか?」
アストは戸惑いながら、自分の手を見つめた。
「そうだ。そなたこそ、我々が待ち望んでいた希望なのかもしれぬ!」
王の言葉に、周囲から歓声にも似たざわめきが起こる。
「伝説の勇者……!」
「これで世界は救われるかもしれない!」
「なんという奇跡だ!」
シオンも驚いた表情でアストを見た。
「すごいじゃない、アスト!」
「いや、俺にも何が何だか……」
アストは困ったように笑った。
自分が伝説の勇者と同じ紋章を持っている。
まだ何も分からない。
それでも、周囲から向けられる期待は明らかに変わっていた。
世界を救う勇者。
その言葉が、少しずつ現実味を帯びていく。
しかし、アストはまだ知らなかった。
この期待が、まもなく失望へと変わることをーー。




