第17話 「奪われた力」
リンダの故郷に到着した三人は、町の人々の様子を気にかけながら、彼女の家へと向かっていた。
かつては魔法使いたちの活気で満ちていた町。しかし今は、誰もが力を失い、沈んだ表情で日々を過ごしている。
「おばあちゃん、ただいま!」
リンダが扉を開ける。
家の奥から、かすかな声が返ってきた。
「……リンダかい?」
寝室にいたのは、ベッドに横たわる一人の老婆だった。
彼女はこの町の長であり、リンダの祖母でもある。
「おばあちゃん! どうしたの、その姿……!」
駆け寄ったリンダの表情が曇る。
祖母の顔色は悪く、以前会ったときとは比べものにならないほど衰弱していた。
「心配はいらないよ。ただ、少し力を奪われてしまってね」
「力を……?」
アストが静かに尋ねた。
祖母はゆっくりとうなずく。
「この町の魔法使いたちは、みんな魔法を奪われたんだよ」
「みんなって……町の全員ですか?」
シオンの問いに、祖母は苦しそうに答えた。
「そうさ。炎も、氷も、雷も……それぞれが人生をかけて磨いてきた魔法を、あの男に奪われてしまった」
「そんなことが……」
リンダは拳を握りしめた。
「おばあちゃん、誰がそんなことをしたの?」
祖母は少しの間、目を閉じた。
そして、重い口を開く。
「喪失……そう名乗る男だよ」
その名前を聞いた瞬間、アストの表情が変わった。
忘れるはずもない。
自分の師匠を奪った男。
そして、四つの封印を探し求める存在。
「そいつは今、どこにいる?」
アストの声には、抑えきれない怒りが込められていた。
「町の中心にある古い塔だよ。あの男は、そこを拠点にしている」
「わかった」
アストは立ち上がった。
「俺たちが止める」
「待ちなさい、アスト」
祖母が彼を呼び止めた。
「あの男は、ただ魔法を奪うだけじゃない。奪った魔法を自分の力として使いこなすんだ」
「使いこなす?」
「そう。炎を操る者から奪った魔法も、氷を操る者から奪った魔法も……すべて自分のもののように扱う。しかも、それらを組み合わせて新しい魔法まで生み出すんだよ」
祖母の声が震える。
「長年修練を積み、人生をかけて磨いてきた魔法を奪われる。それだけでも苦しいのに、あの男は奪った魔法をおもちゃのように扱い、笑っていた……」
リンダの目に怒りが宿る。
「許せない……!」
「リンダ。無茶はするんじゃないよ」
「大丈夫。今度は私が、みんなを守るから」
そう言って、リンダは立ち上がった。
◇
町の中心にそびえる古い塔。
その最上階に、一人の男が立っていた。
「来たか」
男は三人の姿を見ると、薄く笑った。
「久しぶりだな、アスト」
「喪失……!」
アストは剣を握りしめる。
「お前だけは許さない」
「ほう。まだあの男のことを引きずっているのか」
喪失は楽しそうに笑った。
「師匠の仇を討つために、わざわざここまで来たのか?」
「黙れ!」
「いい目だ。憎しみというものは、人間を強くする。だが……」
喪失の手のひらに、小さな炎が灯る。
「その力も、いつかは奪われる」
次の瞬間、炎が爆発した。
「来るぞ!」
アストの声と同時に、三人が散開する。
喪失の放った炎が床を焼き、続けて無数の氷の刃が三人を襲った。
「炎だけじゃない……!」
シオンが剣を構える。
喪失の周囲には、雷、風、氷、炎。異なる属性の魔法が次々と浮かび上がっていた。
「これが、町の人たちから奪った魔法……!」
リンダが歯を食いしばる。
「その通りだ」
喪失は片手を上げた。
雷が走り、風が巻き起こる。
さらに、硬質な防御魔法が三人の前に立ちはだかった。
「一人ひとりの魔法には、それぞれの人生が詰まっている。実に興味深い力だよ」
「人の努力を……なんだと思っている!」
リンダが炎をまとい、前へ出た。
「業火の檻!」
巨大な炎が喪失を包み込む。
しかし、喪失は動じなかった。
「ほう。以前よりも強くなっているな」
次の瞬間、喪失の足元から氷が広がった。
炎の檻が内側から凍りつき、巨大な氷の塊へと変わっていく。
「そんな……!」
喪失が指を鳴らす。
氷の檻は粉々に砕け散った。
「くっ……!」
リンダは悔しそうに唇を噛んだ。
「リンダ、大丈夫か!」
「平気よ。まだ終わってない!」
リンダは再び両手に魔力を集めた。
「以前の私なら、炎の檻で相手を閉じ込めることしかできなかった。でも、私はあの技を何度も鍛え直した……!」
彼女の周囲に炎が集まり始める。
「炎を閉じ込めるだけじゃない。炎そのものを、攻撃の力に変えるために!」
炎が渦を巻き、勢いを増していく。
「これが、進化させた私の魔法……!」
「紅蓮嵐!」
巨大な炎の竜巻が、塔の中を埋め尽くした。
燃え盛る炎が渦を巻き、喪失へと迫る。
その熱風に、塔の壁が揺れた。
「ほう……面白い」
喪失は両手を広げた。
次の瞬間、周囲に冷気が広がる。
同時に、鋭い風が吹き荒れた。
「氷と風の複合魔法……!」
冷気が紅蓮嵐の外側を包み込み、風が炎の回転を狂わせていく。
炎の勢いが弱まり、渦の動きが止まった。
そして――
巨大な氷が、紅蓮嵐を丸ごと閉じ込めた。
喪失が手を軽く振る。
氷塊は音を立てて砕け、炎の欠片が消えていった。
「そ、そんな……私の炎が……」
リンダの顔から血の気が引いていく。
「せっかく進化させた技まで……!」
「悪くない魔法だった。だが、所詮は一つの属性にすぎない」
喪失は冷たく言い放った。
「複数の魔法を組み合わせれば、どんな力も封じることができる」
「くそっ……!」
アストが踏み込む。
「シオン!」
「うん!」
アストが時間剥奪を発動させる。
一瞬、喪失の動きが鈍った。
「今だ!」
シオンが剣を構える。
「光刃!」
鋭い光が走る。
しかし、喪失はわずかに身体をずらし、その一撃をかわした。
「まだ!」
シオンの剣に、さらに強い光が集まる。
「天光剣!」
まばゆい光の刃が、喪失の防御魔法を正面から打ち破った。
「ほう……!」
喪失の身体がわずかに後退する。
「今よ!」
リンダが再び炎を放つ。
アストも剣を振り抜いた。
三人の攻撃が重なり、喪失の身体に傷を刻む。
しかし――
「……なるほど。少しは楽しめそうだ」
喪失は傷口を指でなぞり、笑った。
「だが、ここまでだ」
彼の身体から、異様な魔力が立ち上る。
アストの表情が凍りついた。
その力を知っている。
忘れるはずがない。
「まさか……」
喪失の手のひらに、黒い光が集まっていく。
「お前の師匠から奪った力だ」
「やめろ……!」
「時間剥奪」
その瞬間、世界が止まった。
アストの身体が動かなくなる。
シオンも、リンダも、指一本動かせない。
「な……身体が……!」
「これが、あの男の最後を奪った力だ」
喪失はアストを見つめた。
「お前の師匠も、最後はこの力の前に倒れた」
「……やめろ」
「目の前で守られたというのに、何もできなかった。あのときのお前と同じだな」
「黙れ……!」
アストの脳裏に、あの日の光景がよみがえる。
自分をかばい、倒れていく師匠。
伸ばした手は届かず、声さえも出せなかった。
あのときと同じ。
また、何もできないのか。
「アスト……!」
シオンの声が聞こえる。
リンダも必死に身体を動かそうとしていた。
だが、時間は奪われたままだった。
「さあ、終わりにしよう」
喪失の頭上に、膨大な魔力が集まっていく。
塔全体が震え、空気が歪み始めた。
「今度こそ、お前たちのすべてを奪ってやる」
動けない三人を前に、喪失は静かに笑った。
アストたちに、逃げ場はなかった。




