第15話「最悪の未来」
レグナ王国の王都。
長い旅を終えたアストとシオンは、久しぶりに王城へと戻ってきていた。
城門をくぐると、懐かしい景色が目に入る。
「なんだか、久しぶりに帰ってきた気がするな」
「そうね。ここを離れてから、いろいろなことがあったもの」
シオンは周囲を見渡しながら、静かに答えた。
二人はそのまま王城へ向かい、国王への謁見を申し出た。
しばらくして、謁見の間へと案内される。
「よく戻ったな。二人とも無事で何よりだ」
玉座に座る国王が、穏やかな表情で二人を迎えた。
「お久しぶりです、陛下」
アストとシオンは頭を下げる。
「旅先での出来事について、報告させていただきます」
シオンがこれまでの経緯を説明していく。
旅の途中で遭遇した魔物のこと。
そして、黒い光をまとった謎の敵との戦闘。
その話を聞き終えた国王は、難しい表情を浮かべた。
「聖なる力を封じる黒い光か……。聞いたことのない力だな」
「はい。あの力が何なのか、まだ分かっていません」
「そうか。引き続き調査が必要だな」
国王はそう言って、アストへと視線を向けた。
「それにしても、アスト。随分と成長したようだな」
「そうでしょうか?」
「以前のお前を知っている者なら、誰もが驚くだろう」
そのとき、謁見の間の扉が開いた。
「陛下、お呼びでしょうか」
入ってきたのは、かつてアストを指導していた騎士長だった。
「おお、来たか。久しぶりだな」
国王が声をかけると、騎士長は一礼した。
そして、アストの姿に気づく。
「……これは、アストか」
「お久しぶりです」
「……大きくなったな」
「そうですか?」
「昔は剣を振るうだけで精一杯だっただろう」
「はは……あの頃は大変でした」
騎士長は小さく笑った。
「陛下から聞いた。魔物を倒したそうだな」
「はい。色々ありまして」
「……見せてみろ」
「え?」
「お前の今の実力だ。明日、訓練場に来い」
「分かりました」
「無理はするな。今日は休め」
短い言葉だったが、そこにはかつての弟子を気遣う優しさがあった。
国王も二人の様子を見て、頷いた。
「今日はゆっくり休むといい。詳しい話はまた明日聞かせてもらおう」
「ありがとうございます、陛下」
こうして、その日の謁見は終わった。
アストとシオンは王城で休息を取ることになった。
◇
その夜。
アストは深い眠りについていた。
――暗い。
目の前には、見慣れた王都の景色が広がっていた。
しかし、そこにはいつもの活気はない。
建物は崩れ、街のあちこちから炎が上がっている。
王城を囲む城壁には大きな亀裂が走り、次々と崩れ落ちていく。
「逃げろ!」
「早く、こっちだ!」
人々が悲鳴を上げながら逃げ惑っていた。
その光景を、アストはただ見つめていた。
何が起きているのか分からない。
誰がこんなことをしたのかも分からない。
ただ、目の前で大切なものが壊れていく。
そして――
王都を覆い尽くすような黒い影が、ゆっくりと広がっていった。
「――っ!」
アストは目を覚ました。
身体を起こし、荒い呼吸を整える。
「……夢か」
窓の外は暗く、まだ夜明けには遠かった。
しかし、夢の中で見た光景が頭から離れない。
崩れ落ちる城壁。
燃え上がる王都。
逃げ惑う人々。
「なんだったんだ、今の……」
アストはしばらくの間、眠ることができなかった。
◇
翌朝。
王城の訓練場には、騎士たちの掛け声が響いていた。
その一角に、アストと騎士長の姿があった。
「では、始めましょうか」
「……ああ」
二人は木剣を構える。
周囲には、二人の手合わせを見ようと騎士たちが集まっていた。
「遠慮はいらん。全力で来い」
「分かりました」
騎士長が一歩踏み込む。
次の瞬間、鋭い一撃がアストへと迫った。
しかし――
アストはわずかに身体を傾け、その攻撃をかわした。
「……!」
騎士長はすぐさま体勢を立て直し、連続して攻撃を仕掛ける。
上段からの斬撃。
横薙ぎの一撃。
そして、足元を狙った攻撃。
だが、どの攻撃もアストには届かない。
まるで、騎士長の動きをすべて知っているかのようだった。
「どういうことだ……」
騎士長は一度距離を取った。
アストは木剣を構えたまま、静かに相手を見つめている。
「今の攻撃も、見えていたのか?」
「はい」
「……そうか」
騎士長は再び構えた。
今度は先ほどよりも鋭い踏み込みだった。
しかし、アストはその動きを見切り、騎士長の懐へと入り込む。
木剣の切っ先が、騎士長の胸元で止まった。
「……参った」
騎士長は木剣を下ろした。
周囲の騎士たちから、驚きの声が上がる。
「強くなったな、アスト」
「ありがとうございます」
騎士長はアストを見つめた。
「お前は、いったい何を見ている?」
「未来です」
その言葉に、周囲の騎士たちがざわめいた。
騎士長はしばらくアストを見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「……そうか」
その様子を見ていた国王が、ゆっくりと口を開いた。
「アストよ。そなたの未来を見通す力は、この国の未来も映し出すのか?」
アストの表情が少し曇る。
「……はい。ただし、すべてが見えるわけではありません」
「それは、どういうことだ?」
「昨晩、夢を見たんです」
アストは一度、言葉を区切った。
「王都が燃え、城壁が崩れ、多くの人々が逃げ惑っている夢でした」
その場にいた者たちの表情が変わる。
「目が覚めたときも、あの光景が頭から離れませんでした。今になって思えば、あれは未来の光景だったのかもしれません」
「未来……」
国王は静かに呟いた。
「はい。ですが、いつ起こるのかも、何が原因なのかも分かりません。見えたのは、ほんの一部だけです」
訓練場に沈黙が流れる。
やがて国王が、重い口調で尋ねた。
「その未来は、避けることができるのか?」
「……分かりません」
アストは拳を握りしめた。
「ですが、何もしなければ、あの光景が現実になるかもしれません」
そして、国王の目をまっすぐに見つめた。
「このままでは、レグナ王国は滅びます」
誰も言葉を発することができなかった。
国王は深く息を吐き、アストを見つめる。
「……そなたには、その未来を変えることができると思うか?」
「変えてみせます」
アストは迷いなく答えた。
「見てしまった以上、何もしないわけにはいきません」
その言葉を聞いたシオンが、アストの隣に立った。
「私も行くわ」
「シオン?」
「今度は私も一緒に行く。あなたの記憶のことも、この国の未来のことも、まだ分からないことばかりでしょう?」
シオンはアストの目を見つめた。
「だから、一緒に確かめたいの」
アストは少し驚いたように彼女を見つめ、それから微笑んだ。
「……ありがとう」
国王は二人を見渡し、静かに頷いた。
「分かった。そなたたちに任せよう。王国の未来を変えるため、力を尽くしてくれ」
「はい」
アストとシオンは、国王に向かって深く頭を下げた。
こうして二人は、最悪の未来を変えるため、再び旅立つことになった。




