第13話 「再会」
森の奥に、剣戟の音が響いていた。
「くっ……!」
シオンは歯を食いしばり、迫り来る敵の剣を受け止めた。
相手は人の姿をしていた。しかし、その身から放たれる力は明らかに異質だった。
黒い光が、敵の身体を包み込んでいる。
「この力……まさか、使徒の手先か?」
シオンは剣を握り直した。
使徒の手先が持つという、異質な力。
目の前の敵も、それと同じ力を使っているのかもしれない。
敵が踏み込んだ。
シオンは剣で受け止めようとしたが、黒い光が身体をかすめた瞬間、胸の奥に宿っていた聖なる力が途絶えた。
「聖なる力が……!」
聖騎士であるシオンにとって、それは致命的な事態だった。
彼女は剣を握り直し、純粋な剣技だけで応戦する。しかし、相手の攻撃は重く、次第に追い詰められていった。
敵の剣が振り下ろされる。
避けきれない。
そう悟った瞬間、一つの影がシオンの前に飛び込んだ。
鋭い金属音が森に響き、敵の剣が弾き返される。
「大丈夫?」
聞き覚えのある声だった。
シオンは目を見開いた。
「……アスト?」
そこに立っていたのは、かつて帝国で共に過ごした少年だった。
だが、その姿には以前とは違うものがあった。
剣を構える姿勢も、敵を見据える眼差しも、すべてが洗練されている。
敵が再び襲いかかる。
アストは冷静に攻撃を見極め、剣を振るった。
「時間剥奪」
一瞬、敵の動きが途切れた。
まるで、その一瞬だけ世界から時間が抜け落ちたかのように。
アストはその隙を逃さず、敵の懐へ踏み込む。
次の瞬間、敵の身体が大きく弾き飛ばされた。
相手は体勢を立て直そうとしたが、アストの剣はすでに喉元へと突きつけられていた。
勝負は決していた。
敵は舌打ちし、黒い光に包まれて森の奥へと姿を消した。
追撃しようとしたアストだったが、シオンの様子に気づき、剣を下ろした。
「逃げられたか……。それより、怪我はない?」
「え、ええ……大丈夫」
シオンは答えながらも、目の前の少年を見つめていた。
信じられなかった。
帝国にいた頃のアストは、誰よりも必死に剣を振るっていた。何度倒れても立ち上がり、思うようにいかない自分に悔しさを滲ませていた。
そんな彼が、今ではこれほどの強さを身につけている。
「アスト……あなた、こんなに強くなったのね」
「そうかな。自分では、まだまだだと思ってるけど」
アストは照れくさそうに笑った。
その笑顔を見て、シオンの胸に小さな違和感が生まれた。
「……帝国にいた頃のこと、覚えている?」
「帝国?」
アストは少し考え込んだ。
「もちろん、いたことは覚えているよ。でも、あの頃に何をしていたのか、どんな気持ちで剣を振っていたのか……細かいことは、あまり思い出せないんだ」
シオンは言葉を失った。
彼がどれほど努力していたのか、彼女は知っている。
誰よりも強くなろうとしていたこと。何度も壁にぶつかり、それでも前に進もうとしていたこと。
その積み重ねが、今の彼を作ったはずだった。
「あなたは……本当に必死だったのよ」
「そうだったんだね」
アストは困ったように笑った。
「でも、覚えていないなら仕方ないよ。今の自分にできることをするだけだから」
その言葉は前向きだった。
けれど、シオンにはそれが少しだけ恐ろしく感じられた。
彼は強くなっている。
それなのに、自分が強くなるまでに何を乗り越えてきたのかを忘れている。
まるで、何か大切なものを置き去りにしたまま、先へ進んでいるかのようだった。
「アスト。私と一緒に帝国へ戻らない?」
「帝国に?」
「ええ。あなたが忘れてしまったことも、あなたの力のことも……何か分かるかもしれない」
アストは少し考えた。
自分が何を忘れたのか。
なぜ、帝国で過ごした日々を思い出せないのか。
確かめなければならないことは、いくつもあった。
「……分かった。行こう、シオン」
シオンは小さく頷いた。
二人は森を抜け、帝国へと続く道を歩き始めた。
アストはまだ知らない。
自分が忘れてしまったものの中に、強さを手に入れるために支払った大切な代償が隠されていることを。
そして、その答えが待つ帝国で、再び自分自身と向き合うことになるのを。




