↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/28

第6話 当面の金策(2)

冒険者ギルドは、朝から混雑していた。


 依頼掲示板の前には冒険者たちが集まり、受付では報酬の支払いや依頼の確認が行われている。


 レロスにとっては、見慣れた光景だった。


 もっとも、これまでは誰かの後ろについて歩くことが多かった。


 パーティーのリーダーが依頼を選び、自分は荷物を持ってついていく。


 今日は違う。


 自分の仕事を、自分で探しに来た。


「……何だか緊張するな」


『何に対して緊張していますか』


「仕事を探すことに決まってるだろ」


『これまでにも依頼を探した経験はあるはずです』


「そうだけどさ。今日は、いつもと違うんだよ」


 レロスは受付の列に並んだ。


 順番が来ると、受付係の女性が顔を上げる。


「あら、レロスさん。今日はどうされました?」


「ええと……仕事のことで相談したいんですけど」


「依頼をお探しですか?」


「それもあるんですが、ちょっと聞きたいことがあって」


 レロスは一度言葉を切った。


 講師の仕事。


 本当に、そんなものがあるのだろうか。


 なかったら、変なことを言う奴だと思われるかもしれない。


『質問するだけで費用が発生するという情報はありません』


「分かってるって」


「え?」


「あ、いえ、何でもないです」


 受付係が不思議そうに首を傾げた。


 レロスは慌てて続ける。


「初心者に文字とか計算を教える講習って、ここでやってますか?」


「ああ、基礎講習ですね。やっていますよ」


「本当ですか!」


「はい。ただ、どうして急に?」


「実は……講師の仕事って、募集してないかなと思って」


 受付係は少し驚いた顔をした。


「レロスさんが、ですか?」


「やっぱり無理ですよね」


「いえ、そういう意味ではありません。ただ、講師を希望されるとは思っていなかったので」


 レロスは頭をかいた。


 自分でも、昨日まで考えもしなかったことだ。


「読み書きと簡単な計算ならできます。依頼書の読み方とか、報酬の確認とかも」


「なるほど……」


 受付係は手元の書類を確認した。


「基礎講習は、登録したばかりの冒険者向けに行っています。専門の講師が担当する日もありますが、人数が足りないときは補助の方をお願いすることもあります」


「補助?」


「はい。文字を一から教えるというより、参加者が依頼書を読めるか確認したり、計算問題を一緒に解いたりする仕事ですね」


 レロスは思わず身を乗り出した。


「それなら、俺にもできるかもしれません」


「ただし、簡単な確認試験がありますよ」


「……試験?」


 急に不安になった。


 受付係は苦笑する。


「教える方が間違っていたら困りますから」


「そ、そうですよね」


『確認試験を受けることを提案します』


「……うん」


 レロスは小さくうなずいた。


「受けてみます」


 しばらくして、レロスはギルドの奥にある小部屋へ案内された。


 机の上には紙が数枚置かれている。


 最初の課題は、依頼書を読むことだった。


 採集する薬草の種類、必要な数量、納品期限、報酬。


 よくある初心者向けの依頼だ。


「これは大丈夫だな」


 レロスは内容を声に出して読み上げた。


 続いて、簡単な計算問題。


 銅貨二十四枚の報酬を三人で等分すると、一人何枚になるか。


「八枚」


 銅貨三枚の道具を四つ購入すると、合計何枚になるか。


「十二枚」


 問題は少しずつ難しくなったが、普段の買い物や報酬の計算に近いものばかりだった。


 最後の課題で、レロスの手が止まった。


 依頼の報酬が銅貨三十枚。


 必要経費が六枚。


 四人で均等に分ける場合、一人の取り分はいくらか。


「……六枚」


 答えを書いてから、レロスは問題を見直した。


 報酬から経費を引いて二十四枚。


 四人で分ければ六枚。


 間違っていない。


 だが、妙に胸がざわついた。


 昔のパーティーで、似たような計算をしたことがある。


 あのときは、経費の内訳を教えてもらえなかった。


 それなのに、自分の取り分だけが減らされていた。


「……こういうの、ちゃんと確認しないと駄目なんだよな」


 レロスは答案を提出した。


 結果は合格だった。


「十分ですね。基本的な読み書きと計算には問題ありません」


「ほ、本当ですか?」


「はい。あとは実際に教えられるかどうかです」


 受付係は予定表を確認した。


「ちょうど今日の午後、初心者向けの補習があります。見学を兼ねて、補助をお願いできますか?」


「今日!?」


「難しければ別の日でも構いませんよ」


 レロスは少し迷った。


 準備する時間がほしい。


 そう思った。


 しかし、何を準備すればいいのかも分からない。


『見学を兼ねた補助であれば、仕事の内容を確認する機会になります』


「……やってみます」


「では、お願いします。報酬は講習一回につき銅貨八枚です」


「八枚……」


 思わず声が漏れた。


 宿代と食費を合わせた一日分より多い。


 それも、危険な魔物と戦わずに得られる金額だ。


「ただし、毎日ある仕事ではありません。必要なときにお願いする形になります」


「分かりました」


 レロスは何度もうなずいた。


 部屋を出たところで、エーアイに話しかける。


「なあ、八枚だってさ」


『確認しました』


「一回で八枚だぞ。結構すごくないか?」


『所要時間と準備に必要な時間によって評価は変わりますが、現在の生活費と比較すると有益な収入です』


「……そこは一緒に喜んでくれてもいいんだぞ」


『おめでとうございます』


「何か違うなあ」


 それでも、レロスの足取りは軽かった。


 午後の講習まで時間がある。


 せっかくなので、もう一つの仕事についても聞いてみることにした。


 受付に戻ると、今度は荷物運びの仕事について尋ねた。


「パーティーに入らずに、一回だけ荷物を運ぶ仕事ってありますか?」


「ああ、臨時の運搬要員ですね」


「あるんだ……」


「ありますよ。人数が足りないときや、荷物が多い依頼では募集が出ます」


「俺でも登録できますか?」


「条件を確認させてください」


 受付係は書類を取り出した。


 レロスの冒険者登録情報を確認し、荷物運びの経験を尋ねる。


 レロスは、これまでに担当した仕事を説明した。


 食料や水の運搬。


 野営道具の管理。


 道中での荷物の積み替え。


 依頼品を破損させないための固定方法。


 話しているうちに、受付係の表情が変わっていった。


「……思ったより経験が豊富ですね」


「まあ、ずっと荷物持ちでしたから」


「野営の準備もできるんですか?」


「はい。火を起こしたり、雨が降りそうなときに荷物を守ったりするくらいなら」


「それなら、助かるパーティーは多いと思います」


 レロスは驚いた。


 これまで、そんなふうに言われたことはほとんどない。


「ただ、臨時の運搬要員は戦闘要員ではありません。護衛や戦闘を引き受ける必要はありませんが、移動先によって危険はあります」


「そこは分かっています」


「また、契約した仕事の途中で勝手に離脱することはできません。逆に、依頼主も契約にない仕事を強制できません」


「……強制できない?」


「はい。運搬要員として契約した人に、前衛で魔物と戦えと命じることはできません」


 レロスは黙り込んだ。


 昔、魔物を引きつける囮にされたことがある。


 荷物を持ったまま逃げろと言われたこともあった。


 断れば、報酬を減らされた。


「……そういう契約、あったんですね」


「もちろん、契約違反が起きないとは限りません。でも、ギルドを通した依頼なら、報酬や条件の記録が残ります」


『契約内容を事前に確認できる点は重要です』


「……だよな」


 レロスは書類を見つめた。


 ギルドを通せば、すべて安全になるわけではない。


 だが、少なくとも何を約束したのかは残る。


 それだけでも、今までとは違った。


「登録、お願いします」


「分かりました。臨時運搬要員として登録しておきます」


 その日の午後。


 レロスは基礎講習の教室にいた。


 参加者は五人。


 年齢も出身もばらばらで、全員が登録したばかりの新人冒険者だった。


 レロスは机の前に立ち、緊張で手のひらに汗をかいていた。


「ええと……今日は、依頼書の読み方を……」


 声が小さくなった。


 参加者の一人が首を傾げる。


「聞こえねえぞ」


「あ、悪い!」


 レロスは慌てて声を張った。


 担当講師が横から助け船を出してくれる。


「レロスさん、まずはこちらの依頼書を配ってください」


「はい!」


 紙を配り終えたところで、一人の若い冒険者が手を上げた。


「この字、何て読むんですか?」


「ああ、これは納品って読むんだ。依頼された物を持っていくことだよ」


「じゃあ、納品期限って?」


「その日までに持ってこいってこと。遅れると報酬がもらえなかったりする」


「へえ……」


 質問に答えているうちに、レロスの緊張は少しずつ薄れていった。


 別の参加者が計算問題で手を止めている。


「銅貨二十枚を四人で分けるんだろ? これ、どうやるんだ?」


「まず十枚ずつ二つに分けて、それをさらに半分にすればいい」


「……五枚か!」


「そうそう」


 答えが分かった参加者が笑った。


 レロスも、つられて笑った。


 難しいことを教えているわけではない。


 自分が知っていることを、相手に分かるように話しているだけだ。


 それなのに、こんなに喜ばれるとは思わなかった。


 講習が終わる頃には、参加者たちも気軽に声をかけてくるようになっていた。


「先生、これも見てくれよ」


「せ、先生?」


「だって教えてくれたじゃん」


「いや、俺は補助だから……」


「同じだろ?」


 レロスは返事に困った。


 先生。


 自分がそんなふうに呼ばれる日が来るとは。


 講習が終わり、報酬の銅貨八枚を受け取った。


 硬貨を手のひらに載せる。


 いつもの銅貨だ。


 昨日も、一昨日も見てきた。


 けれど、今日は少し違って見えた。


「……俺の知ってることで、金がもらえたんだな」


『はい』


「荷物を運ぶだけじゃなくて、こういう仕事もできるんだ」


『マスターが持つ経験を、別の形で活用できた結果です』


「……そっか」


 レロスは銅貨を革袋へ入れた。


 そのとき、受付係が近づいてきた。


「レロスさん。先ほど登録された運搬要員の件ですが、明日の仕事に空きがあります」


「えっ、もう?」


「街の外にある採集地まで、初心者パーティーの荷物を運ぶ仕事です。日帰りで、手取りは銅貨十二枚になります」


「十二枚……!」


「ただし、危険がないわけではありません。詳しい条件を確認してから決めてください」


 レロスは差し出された依頼書を受け取った。


 以前なら、報酬だけを見て飛びついていたかもしれない。


 だが、今日は違う。


「……エーアイ。ちょっと一緒に確認しよう」


『はい。依頼内容を読み上げてください』


 レロスは依頼書を開いた。


 目的地。


 集合時間。


 運搬する荷物。


 戦闘時の役割。


 報酬の支払条件。


 一つずつ確認していく。


 そして、最後に自分で決めた。


「これなら、やれると思う」


『承知しました』


 レロスは受付係に顔を向けた。


「この仕事、受けます」


 翌朝。


 レロスは街の門で、四人の新人冒険者と合流した。


「今日、荷物を運んでくれる人?」


「ああ。レロスだ。よろしく」


「よろしくお願いします!」


 まだ緊張の残る若者たちだった。


 荷物の積み方を確認すると、食料袋が一番下に押し込まれ、重い道具が上に載せられている。


「これ、逆にした方がいいぞ」


「え?」


「重いものは下。あと、すぐ使う水と薬は取り出しやすい場所に置こう」


 レロスは荷物を組み直した。


 新人たちは感心したように見ている。


「慣れてるんですね」


「まあ、荷物運びだけは長いからな」


 言いながら、少し照れくさくなった。


 道中では、休憩の取り方や水の使い方も教えた。


 危険な場所では先頭に立たず、戦闘が始まれば荷物を守って後方へ下がる。


 それが契約上の自分の役割だった。


 途中、小型の魔物が現れた。


 新人たちは慌てたが、レロスは余計なことをせず、決められた場所へ移動した。


 戦闘は短時間で終わった。


 レロスが剣を抜くことはなかった。


 それでも、荷物は一つも失わずに済んだ。


 帰り道、パーティーの一人が言った。


「助かったよ。荷物のことまで気にしてたら、戦う余裕がなかったと思う」


「そうか?」


「うん。また機会があったら頼みたいな」


 レロスは少し驚いて、それから笑った。


「そのときは、ギルドを通して頼んでくれ」


 仕事を終え、ギルドで報酬を受け取る。


 銅貨十二枚。


 依頼書に書かれていたとおりの金額だった。


 後から勝手に減らされることもない。


 理不尽な理由で怒鳴られることもない。


 レロスはしばらく硬貨を見つめていた。


「……ちゃんともらえた」


『契約どおりの支払いが行われました』


「うん」


 レロスは小さくうなずいた。


 たったそれだけのことが、今までの自分には難しかった。


 宿へ戻る道すがら、彼は何度も革袋の重さを確かめた。


 レベルは1のまま。


 強い魔物を倒せるようになったわけでもない。


 けれど、昨日より少しだけ、自分にできることが増えた気がした。


「なあ、エーアイ」


『はい』


「銀貨一枚、案外いけるかもしれないな」


『継続的な収入が得られるかどうかによります』


「分かってるって。でも、少しくらい期待してもいいだろ?」


『はい。期待を持つこと自体に問題はありません』


「……お前、本当に変な奴だな」


 レロスは笑いながら、安宿ヴォルガへ向かった。


 その足取りは、二日前よりもずっと軽かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。