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第4話 エーアイからの提案(2)

「この薬草を買い取ってもらえませんか?」


 レロスが差し出した薬草を、店の主人は丁寧に確認した。


 葉を広げ、茎を確かめ、傷んだ部分がないか調べている。


「ふむ……状態は悪くないな」


「いくらになりますか?」


「そうだな。銅貨5枚でどうだ?」


「……え?」


 レロスは思わず聞き返した。


「銅貨5枚?」


「ああ。嫌なら持ち帰ってもらって構わんが」


「い、いえ! お願いします!」


 店の主人は銅貨5枚を取り出し、レロスへ手渡した。


 レロスは何度も銅貨を数えた。


 一枚。


 二枚。


 三枚。


 四枚。


 五枚。


 間違いない。


 銅貨2枚で買った薬草が、銅貨5枚になった。


「……3枚増えた」


『はい。今回の取引による差額は銅貨3枚です』


「3枚……」


 レロスは手の中の銅貨を見つめた。


 たった3枚。


 冒険者として大きな依頼をこなせば、もっと稼げる金額だ。


 だが、レロスにとっては違った。


 魔物と戦っていない。


 誰かに怒鳴られてもいない。


 重い荷物を背負って、一日中歩き回ったわけでもない。


 それなのに、銅貨が3枚増えた。


「……本当に儲かった」


『今回は、価格差と品質評価の違いを利用できました』


「お前の言ったとおりだったな」


『ただし、同じ方法が毎回成功するとは限りません』


「分かってるよ」


 レロスは笑った。


 今度は、心から。


「でもさ、エーアイ」


『はい』


「お前、すごいな!」


『ありがとうございます。ただし、今回の成功には、あなたの薬草に関する経験も役立っています』


「俺の?」


『はい。薬草の状態を判断できなければ、仕入れの候補を絞ることは困難でした』


 レロスは手元の銅貨を見つめた。


 これまで、薬草採集なんて誰にでもできる仕事だと思っていた。


 冒険者としては情けない仕事だとさえ感じていた。


 だが、その経験が今日の金になった。


「……そっか」


 レロスは小さく呟いた。


 自分にも、役に立つものがあったのだ。


『ただし、現在の所持金は銅貨11枚です。生活費を考慮すると、まだ十分とは言えません』


「……分かってるよ」


『当初の目標を達成するためには、追加の取引が必要です』


「そうだな。でも、どうすればいい?」


『まず、先ほど確認した薬師の需要を整理しましょう』


 レロスは少し考えた。


 薬師の店では、状態の良い薬草を数束までなら買い取れると言っていた。


 別の薬師も、種類によっては高く買い取ると話していた。


「……そういえば、ほかの薬草も欲しいって言ってたな」


『その情報は重要です。具体的な種類と数量を確認しましょう』


「分かった。もう一度聞いてくるよ」


     ◇


 それからレロスは、薬師の店をもう一度回った。


 必要な薬草の種類。


 買い取れる数量。


 品質による価格の違い。


 エーアイに質問されるたび、レロスは店の主人たちに確認した。


 最初は面倒に感じていたが、次第に何を調べればいいのか分かってきた。


 そして、思いがけないことに気づいた。


 薬師たちは、薬草が足りないわけではなかった。


 必要としているのは、調合に適した品質の薬草だったのだ。


 市場には薬草がたくさん並んでいる。


 だが、その中から良質な物を選び出すには、時間と手間がかかる。


 薬師自身が市場を回るより、誰かが選別して持ってきてくれる方が都合がよい。


「……なるほどな」


『需要が確認できました。次に、仕入れ価格と販売価格を比較しましょう』


「ええと、さっきの露店なら同じ薬草がまだあったはずだ。別の店にも、安い薬草があったな」


『現在の所持金は銅貨11枚です。最低限の生活費を確保したうえで、購入可能な数量を検討してください』


「……じゃあ、まずは3束ぐらいか?」


『仕入れ価格が一束銅貨2枚であれば、3束で銅貨6枚です。手元には銅貨5枚が残ります』


「それなら今日の生活費は残せるな」


『はい。ただし、品質が条件を満たしていることを確認してください』


「分かった!」


 レロスは市場へ戻った。


 先ほどの露店では、まだ薬草が残っていた。


 レロスは一束ずつ状態を確かめ、良質なものを3束選んだ。


 代金は銅貨6枚。


 手元には銅貨5枚が残った。


 そして、薬師の店へ向かう。


「また来たのかい?」


「はい。今度は3束あります」


 店の主人は薬草を一束ずつ確認した。


「ふむ。どれも状態は悪くないな。約束どおり、一束銅貨5枚で買い取ろう」


「ありがとうございます!」


 レロスは銅貨15枚を受け取った。


 仕入れは銅貨6枚。


 売却は銅貨15枚。


 差額は銅貨9枚。


「……また儲かった!」


『はい。これまでの取引による利益は、合計銅貨12枚です』


「12枚か……」


『目標まで、あと銅貨8枚です』


「よし! もう少しだな!」


 レロスは勢いよく店を出た。


 だが、すぐにエーアイの声が響いた。


『確認ですが、先ほどの薬師は、これ以上同じ薬草を必要としていません』


「……あっ」


『同じ商品を仕入れても、売却できるとは限りません』


「……そうだったな」


 レロスは頭をかいた。


 少し儲かっただけで、すっかり調子に乗っていた。


「じゃあ、別の薬草を探すか」


『はい。先ほど確認した別の需要について検討しましょう』


     ◇


 午後になり、市場の人通りも少し落ち着いてきた。


 レロスは別の種類の薬草を扱う店を回っていた。


 薬師の一人が、特定の薬草を必要としていると話していたからだ。


 その薬草は、乾燥させて使うことが多いらしい。


 ただし、乾燥の状態が悪いと、調合に向かないという。


「……これかな?」


 レロスは店先に並んだ薬草を手に取った。


 以前、採集依頼で扱ったことがある種類だった。


 乾燥が不十分なものは、葉の内側に湿り気が残っている。


 逆に、乾燥させすぎると葉が砕けやすくなる。


 レロスは一束ずつ確認した。


『品質について、どのように判断していますか?』


「葉の色と、触った感じだな。こっちは少し湿ってる。こっちは乾きすぎだ」


『では、中央の束はどうでしょうか?』


「……これか? うん、悪くないと思う」


『その判断が正しければ、買取条件を満たす可能性があります』


 レロスは値札を確認した。


 一束銅貨3枚。


 薬師が提示した買取価格は、状態が良ければ銅貨7枚だった。


「……2束なら、銅貨6枚か」


『現在の所持金は銅貨20枚です。購入後も生活費を確保できます』


「よし、買ってみよう」


 レロスは状態の良い薬草を2束選び、銅貨6枚を支払った。


 そして、薬師の店へ向かった。


「この薬草を買い取ってもらえませんか?」


 店の主人は薬草を確認し、少し驚いたような顔をした。


「ほう、よく選んできたな。乾燥具合もちょうどいい」


「それじゃあ……」


「ああ。一束銅貨7枚で買い取ろう」


「ありがとうございます!」


 レロスは銅貨14枚を受け取った。


 仕入れは銅貨6枚。


 売却は銅貨14枚。


 差額は銅貨8枚。


「……やった!」


『今回の取引による利益は銅貨8枚です』


「ってことは……」


『本日の取引による利益は、合計銅貨20枚となりました』


 レロスは思わず立ち止まった。


「……20枚?」


『はい。最初の取引で3枚、次の取引で9枚、最後の取引で8枚。合計20枚です』


「……本当に?」


『計算に誤りはありません』


 レロスは革袋を開いた。


 銅貨が28枚。


 朝は8枚しかなかった。


 それが、今は28枚になっている。


「……すげえ」


 思わず声が漏れた。


 朝から市場を歩き回り、薬草を選び、店を訪ねて回った。


 決して楽な仕事ではなかった。


 だが、魔物と戦ったわけではない。


 誰かに無理やり荷物を背負わされたわけでもない。


 自分で考え、自分で選び、自分で行動した。


 その結果が、手元の銅貨だった。


「……エーアイ」


『はい』


「お前、本当にすごいな」


『今回の成功は、あなたの経験と行動による部分も大きいと考えられます』


「またそれかよ」


 レロスは笑った。


「でも、俺一人だったら、絶対に思いつかなかったぞ」


『私も、あなたから情報を得られなければ、今回の提案はできませんでした』


「……そっか」


 レロスは革袋を握りしめた。


 四年間、役に立たないと思っていたスキル。


 そのスキルが、初めて自分の力になった。


     ◇


 夕方。


 レロスは宿ヴォルガへ戻る途中、昨日通り過ぎた屋台の前で足を止めた。


 炭火の上では、串に刺された肉が香ばしい匂いを漂わせている。


「一本、ください」


「あいよ!」


 店主が焼きたての串肉を差し出した。


 レロスは代金を払い、受け取った肉にかぶりついた。


「……うまい!」


 思わず声が出た。


 昨日は、値段を見ただけで諦めた肉だ。


 それを今日は、自分で稼いだ金で買うことができた。


「なあ、エーアイ」


『はい』


「今日はありがとな」


『お役に立てたのであれば幸いです』


「でも、これってずっと続けられるのか?」


『継続的に利益を得られるとは限りません。安価な商品が常に存在するわけではなく、買い手の需要にも限りがあります』


「だよなあ」


『また、商人との関係や取引上の規則にも注意が必要です。今回の方法は、当面の生活費を補うための一時的な手段として考えるのが適切でしょう』


「……なるほど」


 レロスは串肉をもう一口かじった。


 確かに、これだけで一生食べていけるとは思えない。


 それでも、今日の出来事は大きかった。


 今まで何度も追放され、そのたびに自分には何もできないと思っていた。


 だが、エーアイの提案を聞き、自分で考えて行動した結果、銅貨20枚を稼ぐことができた。


「……なあ、エーアイ」


『はい』


「ほかにも、こういう方法ってあるのか?」


『情報があれば、ほかの方法についても検討できます』


「情報、か……」


 レロスは少し考えた。


 昨日までは、エーアイから質問されるのが面倒だった。


 何でも知っているはずのスキルが、どうして自分に聞いてくるのか理解できなかった。


 だが、今なら少し分かる気がする。


 エーアイは、自分の知らないことを勝手に知ることはできない。


 だから、レロスが教える必要がある。


 そして、教えた情報を使って、自分では思いつかない方法を考えてくれる。


「……面白いな」


『何がでしょうか?』


「お前の使い方だよ」


 レロスは笑った。


「今まで、全然分かってなかったんだな。俺」


『これから必要な情報を整理していくことで、より具体的な提案が可能になります』


「そうか……」


 レロスは空を見上げた。


 ガレオンの街は、夕日に照らされて赤く染まり始めていた。


 レベル1。


 呪いによって、これ以上強くなることのできない自分。


 その事実は、今日も何一つ変わっていない。


 だが、昨日までとは少しだけ違う。


 自分にも、まだできることがあるのかもしれない。


「よし!」


 レロスは残った串肉を食べ終えると、歩き出した。


「明日も頼むぞ、エーアイ!」


『はい。できる限りお手伝いします』


 頭の中に響く、いつもの落ち着いた声。


 四年間、役に立たないと思っていたスキル。


 その声が、今日は少しだけ頼もしく聞こえた。

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