第3話 エーアイからの提案(1)
「それじゃあ、どうすればいいんだ?」
『まず、現在の状況を確認させてください』
「……また質問かよ」
レロスは思わず顔をしかめた。
ここはガレオンの街にある安宿、ヴォルガ。
冒険者として働き始めてから、何度も世話になっている宿だ。
決して立派な建物ではない。部屋は狭く、寝台は硬い。壁も薄いため、隣の部屋の話し声が聞こえることも珍しくなかった。
だが、宿代は安い。
それだけで、今のレロスには十分だった。
「で、何を聞きたいんだ?」
『最初に、現在の所持金を教えてください』
「金か……」
レロスは腰の革袋を取り出し、寝台の上に中身を広げた。
銅貨が8枚。
先ほど追放されたパーティー、オクトーから受け取った報酬も含まれている。
『次に、一日の生活費を教えてください』
「この宿が一泊銅貨3枚。飯は安く済ませても2枚ぐらいかな」
『つまり、一日あたり最低でも銅貨5枚が必要ということですね』
「そういうことになるな」
『現在の所持金では、一日分の生活費を支払うと、銅貨3枚しか残りません』
「……言われなくても分かってるよ」
レロスはため息をついた。
改めて数字にされると、余計に情けなくなる。
『では、当面の生活費を確保する方法を検討しましょう』
「おっ、ようやく本題か!」
『確認ですが、当面とは具体的に何日間を想定していますか?』
「……え?」
『必要な金額を算出するためです』
「そんなこと考えてなかったな。2、3日ぐらい?」
『3日間であれば最低でも銅貨15枚が必要です。予備費も考慮すると、銅貨20枚程度を確保するのが望ましいでしょう』
「……そうやって数字にされると、急に現実が厳しくなるな」
レロスは寝台に広げた銅貨を見つめた。
8枚。
何度数えても8枚だ。
「で、その金をどうやって稼ぐんだ?」
『まず、現在利用できる仕事について教えてください』
「冒険者ギルドに行けば依頼はあるぞ。薬草採集とか、下水道の掃除とか」
『それぞれの報酬と、必要な時間は?』
「薬草採集なら朝から夕方までやって銅貨6枚ぐらい。下水道の掃除なら8枚ぐらいかな」
『危険性はどうでしょうか?』
「薬草採集は森に入るから、魔物に出くわすこともある。下水道は……まあ、臭いのを我慢すれば何とかなる」
『承知しました』
レロスは少し驚いた。
いつもなら、ここで聞いたことのない言葉や難しい説明が始まる。
だが、今日は違った。
エーアイはレロスの知っている仕事について、次々と質問してくる。
『ほかに、収入を得る手段はありますか?』
「ほかって言われてもな……荷物持ちなら、パーティーに入れば仕事はあるかもしれないけど」
『それ以外では?』
「うーん。商売とか?」
『商売について教えてください』
「教えるって言われても、俺は商人じゃないぞ」
『一般的な仕組みだけで構いません』
「そりゃあ、物を仕入れて売るんだろ。市場に行けば商人がたくさんいるし」
『商品の価格は、店によって異なりますか?』
「そりゃ違うだろ。同じ物でも安い店と高い店があるし」
『なるほど。一つ、短期的な収入を得る方法が考えられます』
レロスは思わず身を乗り出した。
「本当か!」
『商品の価格差を利用した売買です』
「……価格差?」
『安く購入できる商品を探し、それを必要としている相手に、より高い価格で販売します』
レロスはしばらく黙っていた。
「……それ、ただの転売じゃないか?」
『はい』
「はい、じゃないだろ! そんなこと、俺だって知ってるぞ!」
『では、仕入れる前に販売先と買取価格を確認する方法はご存じでしょうか?』
「……え?」
『購入後に売却先を探すのではなく、先に需要を確認することで、売れ残りの危険を減らせます』
レロスは腕を組んだ。
「……でもなあ」
『何か懸念がありますか?』
「転売なら、昔やったことがあるんだよ」
『そのときの状況を教えてください』
「市場で安売りしてた薬草を買い込んだんだ。別の店なら高く売れると思ってさ」
『結果はどうなりましたか?』
「どこへ持っていっても、そんなに要らないって断られた。そうこうしてるうちに薬草が傷んで、結局ほとんど捨てたよ」
レロスは苦い顔をした。
あのとき失った金は、今でも惜しい。
『その失敗には、いくつかの原因が考えられます』
「……聞かなくても分かるぞ。欲張ったんだろ?」
『それも一因ですが、最大の問題は、販売先を確保する前に仕入れたことだと考えられます』
「まあ……そうだな」
『今回は先に需要と買取条件を確認します。売れる見込みのない商品は購入しません』
「同じ転売でも、やり方が違うってことか」
『はい。また、品質や用途によって商品の評価が異なる場合があります』
「品質?」
『例えば薬草です。冒険者ギルドでは、どのような基準で買い取っていますか?』
「薬草か? 種類と量だな。傷んでいる物は安くなるけど」
『品質の良い物は、高く買い取ってもらえますか?』
「多少はな。でも、そんなに変わらないぞ」
『薬師が直接購入する場合はどうでしょうか?』
「薬師?」
レロスは少し考えた。
薬草採集の依頼を受けたとき、薬師の店へ直接納品したことがある。
そのとき、店の主人が薬草の状態を細かく確認していたのを思い出した。
「……そういえば、状態の良い薬草なら高く買うって話を聞いたことがあるな」
『それです』
「それ?」
『同じ薬草でも、買い手によって評価が異なる可能性があります』
「……つまり?」
『市場で安く売られている良質な薬草を探し、それを高く評価する薬師に販売する方法です』
レロスは目を瞬かせた。
「そんなことができるのか?」
『可能性はあります。ただし、実際の価格を確認する必要があります』
「……また確認か」
『はい。現時点では、利益が出ると断言できません』
レロスは苦笑した。
だが、今回は不思議と嫌な気分にはならなかった。
少なくとも、何を調べればいいのかは分かる。
「でもさ、安く買って高く売るだけって、なんだか悪いことしてる気がするな」
『商人も基本的には、仕入れ価格と販売価格の差から利益を得ています』
「でも商人は、遠くの街から荷物を運んでくるだろ? 海を渡るなら船賃もかかるし、街から街へ運ぶだけでも盗賊に襲われる危険がある。護衛だって雇わなきゃいけないし」
『そのとおりです。輸送、保管、品質管理、需要の調査などにも価値があります』
「じゃあ、俺がやろうとしてるのは?」
『薬師が必要とする品質の商品を探し、選別して届ける仕事です。ただし、買い占めによって他者の購入機会を奪うことは避けるべきでしょう』
「……なるほどな」
レロスは少し考えた。
商人が利益を得るのは、単に高く売っているからではない。
商品を必要としている人のところへ届けるために、時間も金も使っている。
自分がやろうとしていることも、その小さな一部分なのかもしれない。
『なお、この方法は継続的な収入源として適しているとは限りません。価格変動、品質の誤認、売却拒否、取引上の規則などの危険があります』
「……難しいこと言うなよ」
『簡単に申し上げますと、必ず儲かる方法ではありません』
「最初からそう言ってくれ!」
『実行するかどうかは、あなたが判断してください』
レロスは寝台に並べた銅貨を見つめた。
何もしなければ、明日もまた薬草採集か下水道の掃除だ。
それ自体が悪い仕事だとは思わない。
だが、ほかに方法があるのなら試してみたい。
「……分かった。やってみよう」
『承知しました。ただし、生活費をすべて仕入れに使うことは推奨しません』
「分かってる。無茶はしないよ」
『では、まず市場の価格を調べましょう』
◇
翌朝。
レロスは宿を出て、ガレオンの市場へ向かった。
石畳の道には荷馬車が行き交い、両側には木造や石造りの建物が並んでいる。
市場に近づくにつれて、人通りが増えてきた。
野菜を売る商人。
布を広げる行商人。
焼きたてのパンを並べる屋台。
威勢のよい呼び込みの声が、あちこちから聞こえてくる。
「さて、何から調べるんだ?」
『まず、薬草を販売している店を探してください』
「分かった」
レロスは市場を歩き始めた。
薬草を扱う店は、それほど珍しくない。
冒険者が採集した薬草を買い取り、薬師や一般の客に販売する商人もいる。
最初の店では、薬草の束が銅貨4枚で売られていた。
別の店では、同じ種類の薬草が銅貨3枚だった。
さらに奥の露店では、少し傷んだ薬草が銅貨2枚で並んでいた。
『それぞれの品質について、分かる範囲で教えてください』
「最初の店のは新鮮だったな。二番目のは普通。最後のは……ちょっと古いかもしれない」
『価格と品質が必ずしも一致しているとは限りません。ほかの店も確認しましょう』
「まだ回るのか?」
『はい。比較対象が増えるほど、判断材料も増えます』
レロスは仕方なく歩き続けた。
その途中、小さな露店で足を止めた。
年配の商人が、いくつもの薬草を束ねて並べている。
「おや、兄ちゃん。薬草が欲しいのかい?」
「ああ、ちょっと見せてくれ」
レロスは薬草を手に取った。
葉の色。
茎の状態。
根の傷み具合。
薬草採集を何度も経験しているレロスには、ある程度の違いが分かった。
「……これ、結構いい物じゃないか?」
『どのような点から、そう判断しましたか?』
「葉がしっかりしてるし、茎も傷んでない。採ってからそんなに経ってないと思う」
『なるほど。その品質であれば、先ほど確認した商品より高く評価される可能性があります』
「値段は……銅貨2枚?」
レロスは思わず声を上げた。
商人が顔を上げる。
「どうしたい?」
「いや、安いなと思って」
「朝から売れ残ってるんだよ。昼には店じまいしたいからね」
レロスは薬草を見つめた。
見たところ、品質は悪くない。
むしろ、最初の店で銅貨4枚だった物より状態が良さそうだった。
『購入する前に、販売先を確認することを推奨します』
「……そうだったな」
レロスは薬草を棚に戻した。
「ちょっとほかも見てくるよ」
「そうかい。売れ残ってたら、またおいで」
レロスは礼を言って、その場を離れた。
◇
薬師の店を何軒か回るうちに、レロスは少しずつ事情を理解し始めていた。
薬草は種類が同じでも、状態によって買取価格が変わる。
特に調合に使う薬草は、鮮度や傷み具合が重要になるらしい。
ある店では、状態の良い薬草なら一束銅貨4枚で買い取ると言われた。
別の店では、銅貨5枚まで出せるという。
ただし、実物を確認してからの判断だった。
「……なるほどな」
『価格差が確認できました。ただし、まだ利益は確定していません』
「分かってる。買ってきた薬草を見てもらわないといけないんだろ?」
『そのとおりです』
レロスは少し笑った。
いつの間にか、エーアイの質問にも慣れてきた気がする。
「じゃあ、さっきの露店に戻るか」
『購入する数量は、生活費を考慮して決めてください』
「分かってるって」
レロスは市場へ戻った。
幸い、薬草はまだ売れ残っていた。
「おや、兄ちゃん。また来たのかい?」
「ああ。この薬草、一束もらえるか?」
「銅貨2枚だよ」
レロスは銅貨を差し出した。
商人は薬草を紙で包み、手渡してくれた。
手元に残った銅貨は6枚。
もし売れなければ、今日の生活費にも響いてくる。
そう考えると、急に不安になった。
「……本当に大丈夫かな」
『売却できる保証はありません』
「そこは大丈夫って言ってくれよ!」
『根拠のない保証はできません』
「……融通が利かないなあ」
レロスは苦笑しながら、薬師の店へ向かった。




