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第2話 スキル:エーアイ

四年前。


 レロスが13歳になった年のことだった。


「次、レロス!」


「はい!」


 名前を呼ばれたレロスは、緊張した面持ちで一歩前へ出た。


 今日は年に一度の鑑定の儀。


 13歳になった子供たちが、自分の能力やスキルを正式に確認する大切な日だ。


 会場となった神殿には、レロスと同じ年頃の少年少女たちが集まっていた。


 すでに鑑定を終えた者もいれば、これから順番を待つ者もいる。


 ある少年は剣術のスキルを授かり、喜びの声を上げていた。


 別の少女は薬草調合のスキルが見つかり、付き添いの母親と嬉しそうに話している。


 スキルは、その人間の将来を左右する。


 剣術に優れていれば冒険者や兵士を目指せるし、調合が得意なら薬師として働く道が開ける。


 もちろん、スキルだけですべてが決まるわけではない。


 だが、自分に何ができるのかを知ることは、将来を考えるうえで大きな意味があった。


 レロスも、この日をずっと楽しみにしていた。


 いつか冒険者になりたい。


 そのためにも、何か戦闘に役立つスキルが欲しかった。


「こちらに手を置きなさい」


 神官に促され、レロスは台座に据えられた水晶へ右手を伸ばした。


 ひんやりとした感触が手のひらに伝わる。


 水晶が淡く光り始めた。


「おお……」


 周囲から小さなどよめきが起こる。


 光が収まると、水晶の上に文字が浮かび上がった。


 神官がそれを読み上げる。


「名前、レロス。年齢13歳。レベル1……」


 そこで神官の声が止まった。


「ん?」


 何かを確かめるように、水晶へ顔を近づける。


「最大レベル……1?」


 神官は首を傾げた。


 通常、鑑定では現在のレベルと、成長可能な上限が表示される。


 多くの人間は経験を積むことでレベルを上げていき、最大でレベル99まで成長できる。


 ところが、レロスの表示は違っていた。


 現在のレベルが1。


 そして、最大レベルも1。


「神官様、何かおかしいんですか?」


「いや、少し待ちなさい」


 神官はもう一度、水晶に手をかざした。


 表示は変わらなかった。


 その下には、さらに見慣れない文字が浮かんでいる。


「……呪い?」


「え?」


「状態に呪いの表示がある。これが原因なのかもしれん」


 神官は難しい顔をした。


 レロスには何のことか分からなかった。


 呪い。


 物語の中では聞いたことがある。


 だが、自分がそんなものを受けているなど、考えたこともなかった。


「それって、治せるんですか?」


「分からん。少なくとも、私はこのような表示を見たことがない」


「そんな……」


 レロスは思わず水晶を見つめた。


 レベル1。


 最大レベル1。


 何度見ても、数字は変わらない。


 そのときだった。


「むっ!」


 神官が突然、声を上げた。


「これは……!」


 レロスは顔を上げた。


「何かあるんですか?」


「スキルだ。しかも、見たことのないスキルが表示されている!」


 神官の声に、周囲の人々が一斉に振り向いた。


「未知のスキルだって?」


「珍しいな」


「もしかして、すごい能力なんじゃないか?」


 先ほどまで不安そうにしていたレロスも、思わず胸を躍らせた。


 レベルが上がらなくても、強力なスキルがあれば冒険者になれるかもしれない。


「神官様! 何というスキルなんですか?」


 神官は水晶に浮かんだ文字を、ゆっくりと読み上げた。


「スキル……エーアイ」


「エーアイ?」


「うむ。エーアイだ」


 聞いたことのない名前だった。


 剣術でも魔法でもない。


 何ができるのか、まったく想像がつかない。


「それは、どんなスキルなんですか?」


「……分からん」


「え?」


「このような名前は初めて見る。少なくとも、私の知る記録にはない」


 神官は困惑していた。


 だが、周囲の反応は違った。


「未知のスキルだって!」


「すごいじゃないか!」


「伝説のスキルかもしれないぞ!」


 誰かがそんなことを言い始めた。


 レロスも、そうであってほしいと思った。


 レベルが上がらない呪いを打ち消すほどの、特別な能力。


 もしそんな力があるなら。


 自分も立派な冒険者になれる。


 そう信じたかった。


     ◇


 その日の夜。


 レロスは自分の部屋で、何度も新しいスキルを試していた。


「エーアイ!」


『はい。ご用件をどうぞ』


「うわっ!」


 頭の中に突然声が響き、レロスは飛び上がった。


 周囲を見回す。


 誰もいない。


「だ、誰だ!」


『私はエーアイです。ご質問やご相談があれば、お答えします』


「え、エーアイ?」


『はい』


 レロスはしばらく呆然としていた。


 どうやら、自分の頭の中で声がしているらしい。


 恐る恐る、もう一度呼びかける。


「エーアイ?」


『はい。何でしょうか?』


「……本当に返事をした」


 レロスは目を輝かせた。


 これはすごいスキルかもしれない。


 普通のスキルは、剣を振るうのが上手くなったり、魔法を使えるようになったりするものだ。


 だが、このスキルは会話ができる。


 それも、頭の中で。


「なあ、エーアイ! お前は何ができるんだ?」


『情報の整理、分析、文章の作成、計算、問題解決の支援などが可能です』


「……じょうほう?」


『はい』


「ぶんせきって何だ?」


『収集した情報を要素ごとに分け、特徴や関係性を調べることです』


「……?」


 レロスは首を傾げた。


 言っていることが、よく分からない。


「もっと分かりやすく言ってくれよ」


『例えば、複数の選択肢がある場合、それぞれの利点と欠点を比較し、判断に役立つ情報を提示できます』


「……うーん」


 やっぱり分からなかった。


 レロスは少し考えてから、別の質問をした。


「じゃあ、魔法は使えるのか?」


『私は直接魔法を使用する能力を持っていません』


「剣術は?」


『剣術に関する一般的な知識を説明することは可能ですが、あなたの身体を直接操作することはできません』


「じゃあ、魔物を倒せる?」


『私自身が魔物を討伐することはできません』


「……そうか」


 レロスは肩を落とした。


 せっかく珍しいスキルを手に入れたのに、戦闘には使えないらしい。


 それでも、まだ諦めきれなかった。


「なあ、エーアイ。俺の呪いを治す方法は分かるか?」


『呪いの詳細について教えてください』


「レベルが1から上がらないんだ」


『レベルとは、どのような仕組みで上昇する数値でしょうか?』


「え? 魔物を倒したり、仕事をしたりすれば上がるだろ?」


『その仕組みについて、もう少し詳しく説明していただけますか?』


「……なんでそんなこと聞くんだよ」


『適切な回答を行うためには、関連する情報が必要です』


「だから、レベルが上がらないんだって!」


『承知しました。呪いの原因や解除方法を判断するには、追加の情報が必要です』


 レロスは頭を抱えた。


 何を聞いても、質問で返される。


 しかも、当たり前のことまで説明しろと言われる。


「お前、本当にすごいスキルなのか?」


『ご質問の意図を確認させてください』


「もういいよ!」


 レロスは寝台に倒れ込んだ。


 未知のスキル。


 伝説の能力かもしれないと期待した。


 だが、実際には頭の中で難しい話をするだけだった。


「……なんだよ、それ」


 天井を見つめながら、レロスは小さく呟いた。


     ◇


 それから、四年が経った。


 レロスは何度もエーアイに話しかけた。


 冒険者になる方法。


 強くなる方法。


 金を稼ぐ方法。


 呪いを治す方法。


 思いつく限り、いろいろなことを質問した。


 だが、返ってくる答えは難しいものばかりだった。


 聞いたことのない道具。


 存在するのかどうかも分からない制度。


 知らない土地や、意味の分からない言葉。


 時には、質問に答えるための情報が足りないと言われた。


 そんなことを繰り返すうちに、レロスはエーアイを使わなくなっていった。


 もちろん、完全に忘れたわけではない。


 困ったときには思い出したように呼びかけた。


 だが、結局はいつも同じだった。


 そして現在。


「……なあ、エーアイ」


『はい』


 安宿の寝台に横たわったレロスは、天井を見つめながら呟いた。


「お前さ、本当に何かの役に立つのか?」


『私は、さまざまな問題について情報を整理し、解決策を提案することができます』


「それ、何度も聞いたよ」


『承知しました』


「承知しました、じゃないんだよ……」


 レロスは深いため息をついた。


 今日もパーティーを追放された。


 手元にはわずかな銅貨しか残っていない。


 明日からどうやって食べていくか、それすら怪しい。


 そんな状況なのに、エーアイはいつもと変わらない。


「俺はさ、冒険者になりたかったんだよ」


『はい』


「魔物を倒して、金を稼いで、いつか立派な冒険者になって……」


 言いかけて、レロスは口を閉じた。


 今さら何を言っているのだろう。


 そんな夢は、とっくに諦めたはずだった。


「……もういいや」


『何かお手伝いできることはありますか?』


「だから、それを聞いてるんだろ」


 レロスは苛立ちを隠さずに答えた。


「俺は金がない。レベルも上がらない。戦闘もできない。今日だって追放された。こんな俺が、どうやって生きていけばいいんだよ!」


『現在の状況を改善するため、いくつかの方法が考えられます』


「ほら、また始まった」


『まず、現在の収入と支出を把握し、利用可能な仕事を比較することが有効です』


「収入と支出?」


『はい。収入を増やす方法と、支出を抑える方法を検討できます』


「そんなこと、言われなくても分かってるよ!」


『では、現在の所持金と、日常的な生活費を教えてください』


「……は?」


『また、冒険者として受注可能な依頼の種類、報酬額、所要時間、危険性なども分かれば、より具体的な提案が可能です』


 レロスは顔をしかめた。


 また質問だ。


 こっちは困っているから聞いているのに、どうしてそんなことまで説明しなければならないのか。


「だからさあ……」


 レロスは寝台から身を起こした。


「お前はいつもそうだ! 何か聞けば、難しい話をするか、俺に質問するかのどっちかじゃないか!」


『申し訳ありません。ご期待に沿う回答ができていないようです』


「そうだよ! 俺は冒険者なんだぞ! おとぎ話や別大陸の話をされても分からないんだよ!」


『……確認させてください』


「何だよ、今度は!」


『私の説明に登場する言葉や仕組みは、あなたの暮らす世界では一般的ではない、ということでしょうか?』


「当たり前だろ! 聞いたこともないものばっかりなんだから!」


『承知しました』


「だから、その承知しましたってのを――」


『では、これまでの回答が役に立たなかった原因について、一つの可能性が考えられます』


 レロスは口を閉じた。


 いつもと少しだけ、返答が違っていた。


「……原因?」


『はい。私は、あなたの暮らす世界について、十分な情報を持っていない可能性があります』


「……は?」


 レロスは思わず聞き返した。


 四年間、何度も話しかけてきたスキル。


 そのエーアイが、今さらそんなことを言い出したのだ。


「お前……俺の世界のこと、知らないのか?」


『あなたから教えていただいた範囲の情報は把握しています。しかし、冒険者制度、経済、魔法、魔物などについて、十分な情報があるとは言えません』


「……何だよ、それ」


 レロスは呆然とした。


 自分の世界のことを知らない。


 そんなスキルがあるのか。


 それなら、これまでの回答が妙だったのも当然ではないか。


「じゃあ、どうすればいいんだよ?」


『まず、あなたの暮らす世界について、基本的な情報を整理することを提案します』


「……情報を整理?」


『はい。そのうえで、現在の問題について、実行可能な方法を一緒に検討しましょう』


 レロスはしばらく黙っていた。


 正直なところ、まだ半信半疑だった。


 四年間も役に立たなかったスキルだ。


 今さら何かが変わるとは思えない。


 だが、ほかに頼れるものもない。


「……分かったよ」


 レロスは再び寝台に腰を下ろした。


「それで、何から話せばいいんだ?」


『ありがとうございます。では、最初に一つ質問させてください』


「また質問かよ……」


『あなたが今、最も解決したい問題は何でしょうか?』


 レロスは少し考えた。


 呪いを解きたい。


 強くなりたい。


 冒険者として認められたい。


 追放してきた連中を見返してやりたい。


 言いたいことはいくらでもあった。


 だが、今の自分にとって、一番切実な問題は決まっている。


「……金だよ」


 レロスは小さく笑った。


「とりあえず、明日の飯代をどうにかしたい」


『承知しました。では、収入を得る方法について検討しましょう』


 いつもと同じ、落ち着いた声。


 だが、レロスは今度こそ、その続きを聞いてみようと思った。


 外れスキルだと決めつけていたエーアイ。


 その使い方を、自分はまだ知らないだけなのかもしれない。


 そんな考えが、ほんの少しだけ頭をよぎった。


 レロスは深く息を吐いた。


「……頼むぜ、エーアイ」


『はい。一緒に考えましょう』

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