第1話 また追放された
「追放だ」
パーティーリーダーの口から、その言葉が飛び出した。
またか。
レロスは心の中で小さくため息をついた。
これまで何度、この言葉を聞いただろう。
十回を超えたあたりから、数えるのをやめてしまった。
「聞いているのか、レロス!」
「ああ、聞いているよ。俺は今日限りでオクトーを追放される。そういうことだろ?」
「分かっているなら話は早い。お前にはもう用はない」
目の前で腕を組んでいる男は、冒険者パーティー『オクトー』のリーダー、ガルドだ。
レロスがこのパーティーに加わったのは、およそ一か月前のことだった。
荷物持ちを募集していると聞き、ギルドの紹介で加入した。
報酬は少なかったが、それでも一人で薬草を採集するよりは稼げるはずだった。
少なくとも、最初はそう思っていた。
「それで、今回の報酬は?」
「はあ? 追放される奴が報酬だと?」
「今日まで働いた分は払ってもらわないと困るんだけど」
ガルドは露骨に嫌そうな顔をした。
「お前は戦闘で何か役に立ったのか?」
「荷物を運んだだろ。討伐した魔物の素材も、野営の道具も」
「それだけだろうが!」
ガルドが声を荒らげた。
「俺たちが命懸けで魔物と戦っている間、お前は後ろで突っ立っていただけだ。そんな奴にまともな報酬を払えるか!」
レロスは反論しかけて、口を閉じた。
確かに、自分は戦えない。
レベルは1。
それも、これ以上上がることのないレベル1だ。
魔法も使えなければ、強力な戦闘スキルも持っていない。
魔物を相手に剣を振るったところで、返り討ちに遭うのが関の山だろう。
だからこそ、荷物持ちとして雇われたはずなのだが。
「……契約では、報酬の一割をもらえることになっていたはずだ」
「お前の働きが悪かったんだよ。ほら、これで十分だろ」
ガルドは懐から小さな革袋を取り出し、レロスの足元へ放り投げた。
乾いた音を立てて、袋が地面に落ちる。
拾い上げて中を確認すると、銅貨が数枚入っているだけだった。
「これだけ?」
「不満なら返せ。お前の代わりなんていくらでもいるんだ」
レロスは革袋を握りしめた。
言い返したいことはいくらでもある。
だが、相手は自分よりはるかにレベルの高い冒険者だ。
ここで殴りかかられでもしたら、抵抗することさえ難しい。
「……分かったよ」
結局、レロスはそれだけ答えた。
「最初から素直にそう言えばいいんだ。ほら、さっさと行け!」
ガルドは満足そうに鼻を鳴らした。
周囲にいた仲間たちも、誰一人としてレロスを引き止めようとはしなかった。
むしろ、面倒事が片付いたとでも言いたげな表情を浮かべている。
レロスは背負っていた荷物を下ろした。
野営道具、食料、予備の武器。
どれもパーティーの共有物だ。
自分の持ち物だけを小さな鞄に詰め直す。
「じゃあな」
最後にそう告げたが、返事はなかった。
レロスは振り返ることなく、その場を後にした。
◇
街へ続く街道を、一人で歩く。
背中の荷物は驚くほど軽かった。
つい先ほどまでは、仲間たちの装備や食料を背負っていたのだ。
今は自分の着替えと、わずかな所持品しかない。
「はあ……」
ため息が漏れる。
これで何度目の追放だろう。
最初の頃は、追放されるたびに悔しくて眠れなかった。
自分の何が悪かったのか。
どうすれば認めてもらえたのか。
何度も考えた。
だが、今ではすっかり慣れてしまった。
いや、慣れたというより、諦めることを覚えたのかもしれない。
レロスは今年で十七歳になる。
この世界では十五歳で成人と認められるため、冒険者として働き始めてから二年ほどが経っていた。
冒険者になったばかりの頃は、夢があった。
仲間と共に未知の土地を冒険し、強大な魔物を討伐する。
名を上げ、十分な報酬を得て、いつかは誰もが知る冒険者になる。
そんな未来を想像していた。
だが、現実は違った。
レベル1。
そのたった一つの数字が、レロスの前に立ちはだかっていた。
この世界では、魔物を討伐したり、何かを作り上げたりすることで経験を積み、レベルが上昇する。
戦士なら戦闘を重ね、鍛冶師なら武器を作り、薬師なら薬を調合する。
人によって得意なことは違うが、努力を続ければ少しずつ成長していく。
少なくとも、普通の人間ならば。
レロスは違う。
どれだけ働いても、どれだけ経験を積んでも、レベルは1のままだった。
正確には、1のままではない。
最初から、それ以上に上がる余地がなかった。
レベル1。
最大レベルも1。
十三歳のときに受けた鑑定の儀で、そう告げられた。
原因は呪いだという。
だが、どのような呪いなのか、誰にも分からなかった。
「呪い、か……」
レロスは自嘲気味に笑った。
別に、毎日苦痛に襲われるわけではない。
身体が動かなくなるわけでもない。
食事もできるし、普通に眠ることもできる。
荷物持ちとして働いてきたおかげで、同年代の少年より多少は力もある。
だが、冒険者としては致命的だった。
他の冒険者たちは、魔物を倒すたびに強くなっていく。
新しいスキルを覚え、より強力な魔法を使えるようになる。
それに対して、レロスはいつまで経ってもレベル1。
いくら荷物を運んでも、戦闘能力が上がるわけではない。
当然、危険な魔物と戦うこともできない。
そうなると、任される仕事は限られてくる。
薬草採集。
街の清掃。
下水道の掃除。
そして、冒険者パーティーの荷物持ち。
どれも必要な仕事だ。
それは分かっている。
だが、冒険者になりたかった自分が、いつの間にか荷物運びばかりしている。
その現実が、どうにも情けなかった。
「別に、英雄になりたいってわけじゃないんだけどな……」
レロスは空を見上げた。
青い空に、白い雲がゆっくりと流れている。
冒険者になれば、少しは人生が変わると思っていた。
しかし、変わったのは仕事の内容だけだった。
いや、それどころか。
パーティーに加入するたびに、不当な扱いを受けることも珍しくなかった。
報酬を減らされたこともある。
食事を後回しにされたこともある。
危険な魔物が現れたとき、囮として置き去りにされたことさえあった。
あのときは、本当に死ぬかと思った。
幸い、魔物が別の獲物に気を取られたため、どうにか逃げ延びることができた。
それでも、またパーティーに加入した。
一人では稼げないからだ。
そして、いつかは自分を認めてくれる仲間に出会えるかもしれない。
そんな期待も、心のどこかに残っていた。
「……馬鹿みたいだな」
誰に聞かせるでもなく、レロスは呟いた。
◇
街へ戻る頃には、日が傾き始めていた。
城門をくぐり、見慣れた通りへ出る。
行き交う人々の中には、冒険者らしい姿も多い。
立派な鎧を身につけた戦士。
杖を手にした魔法使い。
大きな剣を背負った男。
彼らを見るたびに、レロスは少しだけ羨ましくなる。
自分にも、あんな力があれば。
何度そう思っただろう。
だが、ないものは仕方がない。
レロスは懐から革袋を取り出した。
今日受け取った報酬を、もう一度確認する。
銅貨が数枚。
これでは宿代と食事代を払えば、ほとんど残らない。
「明日から、また薬草採集か……」
冒険者ギルドへ向かえば、何か仕事があるかもしれない。
だが、今日はもう疲れていた。
レロスは安宿へ向かって歩き出した。
途中、屋台から肉の焼ける匂いが漂ってきた。
思わず足を止める。
串に刺された肉が、炭火の上でじゅうじゅうと音を立てていた。
腹が鳴る。
だが、値段を確認したレロスは、そのまま歩き出した。
今の自分には、少し贅沢すぎる。
宿に戻れば、安い黒パンぐらいは買えるだろう。
それで十分だ。
そう自分に言い聞かせた。
◇
宿の小さな部屋に戻ると、レロスは寝台に倒れ込んだ。
天井を見つめる。
薄汚れた木の板が並んでいるだけの、いつもの景色だ。
「……どうすりゃいいんだろうな」
思わず口から言葉が漏れた。
もちろん、返事など期待していない。
だが、レロスには一つだけ、普通の人間とは違うものがあった。
十三歳の鑑定の儀で発見された、前例のない特殊スキル。
その名は――。
「なあ、エーアイ」
レロスは天井を見つめたまま、呼びかけた。
『はい、マスター。ご用件をどうぞ』
頭の中に、聞き慣れた声が響いた。
四年前から、何度も聞いてきた声だ。
最初の頃は、この声にどれほど期待したことだろう。
だが、今ではすっかり諦めている。
「……俺、また追放されたよ」
『承知しました』
「それだけかよ」
『現在の状況について、何かお手伝いできることはありますか?』
レロスは苦笑した。
いつもこれだ。
何を聞いても、どこか的外れな答えが返ってくる。
それでも、今夜は誰かに愚痴を聞いてほしかった。
「なあ、エーアイ」
『はい』
「俺は、どうしていつも追放されるんだろうな?」
少しの間があった。
そして、いつもの落ち着いた声が返ってきた。
『考えられる要因として、運搬能力の不足、戦闘能力の不足、コミュニケーション能力の不足などが挙げられます』
「……また、それかよ」
レロスは寝返りを打った。
どうせ、今回も同じだ。
何の役にも立たない。
そう思いながら、レロスは目を閉じた。
だが、このときのレロスはまだ知らなかった。
自分が四年間も外れスキルだと思い込んでいたものが、やがて人生を大きく変えることになるとは。
そして、そのきっかけが、ほんの些細な会話から始まることも。




