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第25話 新生アイリス(4)

「わたくし、《詠唱魔法》っていうスキルを持ってますです」


「詠唱魔法?」


「はいですです」


 アーチェは自分の杖を握った。


「時間はかかりますけど、《エンシェントノヴァ》を、もっと強くできますです」


『詳しく教えてください』


 エーアイがすぐに反応した。


「普通に使うとα級です。でも《詠唱魔法》を使うと、β級くらいまで強くできますです」


「アーチェ、β級は使えないんじゃなかった?」


 リリィが聞く。


「普通には使えないですです」


「普通には?」


「はいです。《詠唱魔法》は、今使える魔法を詠唱して強くするスキルですです」


『つまり、β級魔法を発動するわけではなく、α級魔法の効果をβ級相当まで引き上げる?』


「そうですです!」


『興味深いですね』


 エーアイの声が、ほんの少しだけ早くなった。


 こういうときは大体、何か引っかかっている。


「実際にやってみる?」


「はいです!」


 アーチェは練習場の的へ向き直った。


 さっき通常の《エンシェントノヴァ》を撃った的だ。


 アーチェが杖を構える。


 息を吸う。


「我が呼びかけに答えよ!

 古より伝わりし浄化の炎。

 紅蓮の火よ、一つに集いて球となれ。

 燃え盛る炎となりて、眼前の敵を撃ち抜け!」


 杖の先に、先ほどより明らかに大きな炎が集まっていく。


「いきます!――《エンシェントノヴァ》!」


 炎が放たれた。


 さっきの小さな火球とは違う。


 大きくなった炎が的へ直撃する。


 どんっ!


「おおっ!」


 エマが声を上げた。


 炎が消える。


 的には、先ほどよりはっきりとした焦げ跡が残っていた。


「今度は名前負けしてないっす!」


「だから、わたくしが名前をつけたんじゃないですです!」


「でも、全然違うな」


 俺にも分かる。


 通常の《エンシェントノヴァ》とは明らかに威力が違った。


『アーチェさん』


「はいです?」


『今の威力を、この世界の基準で評価すると?』


「β級くらいですです」


『では、現在発生しているクールタイムはβ級相当でしょうか?』


「違いますです」


『違う?』


「α級ですです」


 少し間があった。


『確認します』


 やっぱり。


 エーアイが食いついた。


『今の《エンシェントノヴァ》は、β級相当の威力を発揮した』


「はいです」


『しかし、発動後に発生しているクールタイムはα級と同じ』


「はいです」


『通常のβ級魔法を使用した場合は?』


「β級のクールタイムになりますです」


『なるほど』


「そんなに違うの?」


 俺が聞く。


『かなり重要な違いだと考えます』


 エーアイが答える。


『通常のβ級魔法は、強力な効果を得る代わりに、発動後に長いクールタイムを必要とします』


「うん」


『しかし、アーチェさんの《詠唱魔法》は、発動前に詠唱時間を必要とする代わりに、発動後のクールタイムは元となったα級魔法のままです』


「……あ」


 言われてみればそうだ。


「強くするための時間を、魔法を使う前に使ってるのか」


『そのように考えることができます』


「でも、その間は何もできないですです」


 アーチェが付け加える。


「詠唱している間に敵が来たら危ないですし、すぐに撃ちたいときには使えないです」


『はい。したがって、通常発動の上位互換ではありません』


「じょういごかん?」


「いつでも詠唱した方がいいってことじゃない、って意味だと思う」


『その通りです、マスター』


 すぐ撃つ必要があるなら通常発動。


 時間を確保できるなら詠唱。


 同じ《エンシェントノヴァ》でも、状況によって使い方が変わるらしい。


「じゃあ、みんなでアーチェを守ればいいっすね!」


 エマが簡単に言った。


「詠唱してる間、エマと姉さまで敵を止めるっす!」


「簡単に言うわね」


「リーダーもいるっす!」


「俺も戦力に入ってる?」


「もちろんっす!」


「そこはありがとう」


『エマさんの考え方は有効です』


「ほら!」


『ただし、常に可能とは限りません』


「むむ」


『詠唱時間を確保するために、他の三名がどの程度の負担を負うのか。それによって使用価値は変化します』


 強い魔法を撃つために、他の全員が危険になったら意味がない。


 逆に、余裕を持って時間を作れるなら使う価値がある。


「結局、状況次第か」


『はい』


「エーアイって結構それ言うよな」


『状況によって条件が変化する以上、当然です』


 正論だった。


 ◇


「ところで」


 俺はアーチェを見る。


「詠唱できるのって《エンシェントノヴァ》だけ?」


「違いますです」


「他の魔法も?」


「できますです。《ヒール》も、《ブレッシング》も、《キャリーサポート》もできますです」


『効果はどのように変化しますか?』


「《ヒール》は、もっと大きな怪我を治せるようになりますです」


「回復量が増えるんだな」


「はいです。《エンシェントノヴァ》も威力が上がりますです」


『では、《ブレッシング》は?』


「強くなる時間が長くなりますです」


『効果そのものは?』


「同じです」


「同じ?」


「強くなる量は変わらないですです。長く続くようになります」


『《キャリーサポート》も同様ですか?』


「はいです。身体の負担を減らす強さは同じで、長く続きますです」


 エーアイが黙った。


 まただ。


「何かある?」


『確認しています』


 しばらくして、エーアイが尋ねた。


『《キャリーサポート》の効果が継続している間に、クールタイムが終了した場合、別の魔法は使用できますか?』


「できますです」


『《ブレッシング》も?』


「できます」


『つまり、魔法の効果時間とクールタイムは別に管理されている』


「そうですです」


『非常に重要です』


 また食いついた。


「そんなに?」


『はい』


 エーアイが説明する。


『例えば、詠唱した《キャリーサポート》を使用したとします』


「うん」


『発動直後はクールタイムに入ります。しかし、《キャリーサポート》の効果が継続していても、クールタイムが終了すれば別の魔法を使用できる』


「そうなるな」


『その後、《ブレッシング》を使用することも可能です』


「あ」


 リリィも気づいた。


「じゃあ、《キャリーサポート》が効いている状態で《ブレッシング》も使えるの?」


「できますですです」


「二つ同時になるっす!」


『正確には、それぞれ別の時点で発動した魔法の持続時間が重複している状態です』


「同じっす!」


『少し違います』


「えーあい細かいっす!」


 でも、これは大きい。


 魔法は一つしか使えないと思っていた。


 正確には、一度に発動できる魔法が一つというだけだ。


 効果が残っているなら、次の魔法を使える。


『マスター。一度、戦闘だけではなく、クエスト全体で考えてみることを提案します』


「クエスト全体?」


『はい。先ほどまでは、敵と遭遇した後に何をするかを考えていました。しかし、冒険は戦闘から始まるわけではありません』


 言われてみれば当然だ。


 依頼を受ける。


 準備をする。


 街を出る。


 目的地まで歩く。


 魔物を探す。


 戦う。


 素材を回収する。


 そして帰ってくる。


 戦闘は、その一部に過ぎない。


「じゃあ、最初からやってみるか」


「最初から?」


「今から依頼に行くつもりで、どう魔法を使うか考えてみよう」


「シミュレーションっすね!」


『その表現で問題ありません』


 俺たちは練習場の端に移動した。


 実際に歩く必要はない。


 状況だけ順番に考えていく。


 ◇


「まず、街を出ます」


 俺が言う。


「荷物は俺が持ってる」


「《キャリーサポート》ですです!」


 アーチェがすぐ答えた。


「普通に使う?」


「……あ」


 止まった。


「これから長く歩くなら……詠唱した方がいいです?」


『理由は?』


「効果が長く続くからですです」


『妥当だと考えます』


 アーチェが少し嬉しそうな顔をした。


「じゃあ、詠唱版《キャリーサポート》を使ったことにしよう」


 出発前なら、敵はいない。


 四節の詠唱をしても危険はほとんどない。


「それから目的地まで歩く」


『その間にα級のクールタイムは終了します』


「でも《キャリーサポート》はまだ効いてる」


『はい』


 俺たちは次へ進む。


「目的地に着いた。魔物を探す」


「まだ魔法はいらないっすね」


「そうね。敵がどこにいるかも分からないもの」


 リリィが答えた。


「エマが先に見るっす!」


 エマの仕事だ。


 偵察して。


 魔物を見つける。


 戻ってくる。


「敵を見つけたっす!」


「じゃあ、次は?」


 俺がアーチェを見る。


「……《ブレッシング》?」


『なぜですか?』


「戦う前だからですです。戦い始めてから使うより、今なら安全に使えるです」


『妥当です』


「詠唱する?」


 俺が聞く。


 アーチェが考える。


「敵にまだ気づかれてないなら……しますです。効果が長くなるから」


「いいんじゃない?」


 リリィも頷いた。


 これなら戦闘開始前に準備できる。


 詠唱版《キャリーサポート》。


 移動。


 敵を発見。


 詠唱版《ブレッシング》。


 そしてクールタイムが終了してから戦闘開始。


「この状態なら、戦いが始まったときには?」


「魔法使えるです!」


『はい』


 キャリーサポートも残っている。


 ブレッシングも残っている。


 それでもアーチェの魔法は使用可能。


「なんか、ずるくないっすか?」


「何が?」


「魔法二個使ってるのに、もう次が使えるっす」


『ルールの範囲内です』


「えーあいが言うと余計にずるく聞こえるっす」


『なぜでしょうか』


 知らない。


 ◇


「じゃあ、戦闘開始」


 リリィが前に出る。


 エマが横へ回る。


 俺は後方。


 アーチェも後ろだ。


「敵は一体。リリィが戦ってる。まだ誰も怪我してない」


 俺が状況を作る。


「アーチェ、どうする?」


「えっと……」


 アーチェが迷った。


「《エンシェントノヴァ》で攻撃……」


 そこで止まる。


「でも、撃ったら《ヒール》が使えなくなるです」


『はい』


「じゃあ、撃たない方がいいです?」


『私に聞く前に、もう少し考えてみましょう』


「えっ」


『敵はリリィさんに対して、どの程度の危険がありますか?』


「……分からないです」


『では、分からない状態で攻撃魔法を使用することにはリスクがあります』


「はいです」


『逆に、リリィさんが十分に防御できる相手であり、短時間で倒すことで負傷の可能性そのものを下げられる場合は?』


「攻撃した方がいい……?」


『その可能性があります』


「どっちなんです?」


『状況によります』


「また出たっす!」


 エマが笑った。


『魔法には万能な使用順序が存在するとは限りません』


 エーアイはそのまま続ける。


『現代の管理手法には、ボトルネックという考え方があります』


「ぼとる……?」


『全体の能力を制限している箇所のことです』


「それが今のアーチェ?」


『アーチェさん本人ではありません』


 エーアイが即座に否定した。


『現在の魔法運用におけるボトルネックは、魔法の威力よりも、共通クールタイムと選択判断である可能性があります』


「選ぶこと……」


『はい。数十種類の魔法を使用可能でも、一度発動すれば次の魔法まで待たなければならない。したがって重要なのは、使用可能な魔法の数を増やすことだけではなく、その時点で必要な一つを選択することです』


 だから四つに絞ったのか。


「じゃあ、四つを使いこなせるようになったら?」


『その時点で、必要に応じて選択肢を増やせばよいでしょう』


「なるほど……」


 アーチェが自分の杖を見る。


 数十個も覚えている。


 でも全部を同時に考える必要はない。


 まず四つ。


 それを、いつ使うか。


 出発前なら安全に詠唱できる。


 移動中にクールタイムを消化できる。


 敵を発見しても、まだ気づかれていなければ準備する時間がある。


 戦闘が始まってから全部やろうとする必要はない。


『戦闘開始時点で有利な状態を作ることも、戦闘の一部です』


「……わたくし」


 アーチェが呟いた。


「戦いが始まってから、何をするかばっかり考えてましたです」


「俺もだよ」


 敵が出た。


 どう戦う。


 そればかり考えていた。


「でもアーチェは、街を出るところから仕事できるんだな」


「……はいですです」


 少しだけ。


 アーチェの表情が明るくなった。


「できること、いっぱいあるです」


『はい』


 エーアイが答える。


『それが問題でもあり、強みでもあります』


「器用貧乏じゃない?」


『少なくとも、私はそのようには評価していません』


 今度は即答だった。


「数十個の魔法を全部使わなくてもいい」


 俺も言った。


「まず四つ。それでやってみよう」


「はいです!」


「エマも手伝うっす!」


「私もね」


 リリィも笑う。


「次は実際に依頼を受けてみようか」


「賛成っす!」


「うん」


「……はいです!」


 アーチェが杖を握った。


 昨日までなら、不安そうに俯いていたかもしれない。


 今も緊張していないわけじゃないだろう。


 それでも。


「わたくし、やってみたいですです」


 その声は、少しだけ強くなっていた。


『賛成します』


 エーアイが答える。


『訓練で得られる情報と、実戦で得られる情報は異なります』


 エマの《投擲》と《不意打ち》。


 アーチェの四つの魔法と《詠唱魔法》。


 リリィの剣と盾。


 そして、レベル1の俺。


 手札は増えた。


 けれど、持っているだけでは意味がない。


 次は――。


 増えた手札を、実戦でどう使うのか。


 新しい《アイリス》としての、最初の依頼が始まる。

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