第24話 新生アイリス(3)
『魔法を一度発動した直後に、別の魔法を続けて発動することは可能でしょうか?』
エーアイの質問に、アーチェが首を横に振った。
「できないですです」
『理由を教えてください』
「魔法を使った後は、しばらく次の魔法が使えなくなるです」
「それって、同じ魔法だけ?」
俺が聞く。
「違いますです。どの魔法を使っても、その間は全部使えないですです」
『なるほど』
エーアイが短く答えた。
『魔法の発動後、一定時間はすべての魔法が使用不能になるということですね』
「はいです」
「それじゃあ、例えば攻撃魔法を使った直後に、リリィが怪我したら?」
「すぐには治せないですです。次に魔法を使えるようになるまで待たないと《ヒール》も使えないです」
俺はリリィを見る。
リリィも少し考え込んでいた。
「攻撃に魔法を使うかどうかも考えないといけないのね」
『その通りだと考えます』
エーアイが答える。
『攻撃魔法を使用することは、攻撃手段を一つ消費するだけではありません。その後の一定時間、回復や補助を含むすべての魔法を使用できなくなることを意味します』
「結構大きいな」
『はい。魔法の使用には、その後に別の魔法を使用できなくなることまで含めて判断する必要があります』
エマが手を上げた。
「その使えない時間って、いつも同じなんすか?」
「違うです。魔法にはα級、β級、γ級があるですです」
聞いたことのない言葉が出てきた。
「あるふぁ?」
「べーた? がんま?」
俺とリリィが揃って聞き返す。
「はいです。α級が初級、β級が中級、γ級が上級ですです」
『等級が上昇すると、魔法の効果も上昇するのでしょうか?』
「そうです。でも、次に魔法を使えるようになるまでの時間も長くなるですです」
『つまり、高位の魔法ほど強力である一方、使用後の制約も大きい』
「はいです」
強い魔法なら、いつでも強い魔法を使えばいい。
そんな単純な話ではないらしい。
「アーチェはどこまで使えるの?」
リリィが尋ねる。
「今はα級だけですです」
「全部?」
「はいです」
アーチェは少し申し訳なさそうに答えた。
「まだβ級は使えないですです……」
「でもレベル10だろ?」
「レベルが上がったら、すぐ上の魔法を使えるわけじゃないですです」
『興味深いですね』
エーアイが反応する。
『では、アーチェさんが現在使用できる魔法は、すべてα級という理解でよろしいでしょうか?』
「はいです」
『何種類ありますか?』
「えっ?」
アーチェが固まった。
「えっと……」
指を折り始める。
「火と、水と、風と……回復もあって……補助も……」
途中で指が足りなくなった。
もう一度最初から数え始める。
「アーチェ」
「はいです?」
「だいたいでいいよ」
「……数十個はありますです」
「数十!?」
思わず声が出た。
エマは得意そうに胸を張る。
「アーチェはすごいんすよ!」
「でも……」
アーチェは杖を抱えるように持った。
「全部、初級ですです」
『それらを実戦で使い分けることはできますか?』
「…………」
今度は返事がなかった。
「アーチェ?」
「……難しいですです」
小さな声だった。
「知ってる魔法はいっぱいあるです。でも戦ってると、どれを使えばいいのか分からなくなるですです」
「攻撃しようと思ったら、火も水もありますです。補助もできますです。でも、誰かが怪我したら回復した方がいいですし……」
話しているうちに、アーチェ自身が混乱してきたらしい。
「だから、わたくし……器用貧乏なんですです」
『いいえ』
即答だった。
「え?」
『現時点で、その評価には同意できません』
アーチェが目を丸くする。
『少なくとも、使用可能な魔法の種類が多いこと自体を欠点と判断する理由はありません』
「でも、使えてないですです……」
『はい。そこは問題です』
「エーアイさん!?」
エマが吹き出した。
「えーあい、結構はっきり言うっすね!」
『問題を正確に把握する必要があります』
エーアイは気にした様子もない。
『アーチェさんの問題は、使用できる魔法が少ないことではありません。むしろ逆です』
「逆……?」
『選択肢が多すぎます』
俺にも少し分かってきた。
エマなら、戦うときに考えることはある程度絞られる。
短剣で攻撃する。
投げる。
相手の意識から外れて《不意打ち》を狙う。
もちろん実際にはもっと多くの判断が必要だろう。
けれどアーチェの場合、最初の「何の魔法を使うか」だけで数十個の選択肢がある。
『さらに、魔法を一度使用すると共通の使用不能時間が発生します』
「うん」
『選択を誤った場合、次の魔法で即座に修正することもできません』
「……思ったより難しいな」
『はい』
エーアイが答える。
『したがって、最初から数十種類すべてを実戦で使い分けようとする方法は推奨しません』
「じゃあ、どうするの?」
リリィが尋ねる。
『絞りましょう』
「絞る?」
『はい。アーチェさんが使用できる魔法を禁止するわけではありません。通常の冒険で優先的に使用する魔法を、あらかじめ限定します』
なるほど。
「いっぱいある手札から、よく使うものを先に決めておくのか」
『その認識で問題ありません』
アーチェが恐る恐る聞く。
「い、いくつくらいです?」
『まずは四種類を提案します』
「四つ……」
数十個から四つ。
一気に減った。
『攻撃、回復、戦闘補助。そして冒険中の支援。それぞれ一種類ずつです』
「それなら覚えられそうっす!」
「エマが覚えるわけじゃないだろ」
「仲間の魔法っすから、エマも覚えるっすよ!」
それは確かにそうか。
俺たちがアーチェに何を頼めるのか分からなければ、連携もできない。
「アーチェ。代表的なのを一つずつ教えてくれる?」
「はいですです!」
さっきより少しだけ声が大きくなった。
◇
「最初は《キャリーサポート》ですです」
なぜか俺が指名された。
「俺?」
「レロスさんに一番分かりやすいと思いますです」
俺の前には、練習用の重りが入った荷袋が置かれている。
まず普通に持ち上げてみる。
「これくらいなら持てるな」
元々ポーターを長くやっていた。
重い荷物を背負って歩くことには慣れている。
「じゃあ、使いますです」
アーチェが杖を向けた。
「いきます!――《キャリーサポート》!」
一瞬、身体が軽くなったような感覚があった。
「どうです?」
荷袋を持ち上げる。
「……軽くなった?」
「荷物は軽くなってないですです」
「え?」
「身体にかかる負担を少し減らす魔法です。だから、持てないものが持てるようになる魔法じゃないですです」
歩いてみる。
確かに荷物そのものの重さは感じる。
けれど、肩や腰にかかる負担が少し減っているような気がする。
「これ……かなり便利じゃないか?」
「そうです?」
「うん」
アーチェが意外そうな顔をする。
「俺、ずっと荷物運びしてたから分かるけど、少しでも負担が減るなら長い距離では全然違うぞ」
『同意します』
エーアイも答えた。
『戦闘時の能力だけで評価するべきではありません。移動時の疲労を軽減できるのであれば、目的地へ到着した時点での体力をより多く残せます』
「それって、戦うときにも意味あるっすね」
『はい』
エマが言うと、エーアイが答えた。
『戦闘開始時の体力も、一つの資源と考えられます』
「ほら、アーチェ。便利っす!」
「……はいです」
アーチェが少し笑った。
ただし今は、次の魔法をすぐ試せない。
「これがさっき言ってた時間か」
「はいです。今は他の魔法も使えないですです」
「その間はどうするの?」
「え?」
「魔法が使えるようになるまで」
「……待つです?」
『アーチェさん』
「は、はいです!」
『魔法を使用できない時間と、何もできない時間は同義ではありません』
「え?」
『魔法は使用できません。しかし、移動はできますね?』
「できますです」
『周囲を見ることは?』
「できます」
『次に使用する魔法を考えることは?』
「……できますです」
『であれば、待つ必要はありません』
アーチェが黙った。
『次の魔法に適した位置へ移動する。味方の状態を確認する。敵の状況を見る。次に何を使用する可能性が高いか考える。それらは魔法を使用できない時間にも行えます』
「……なるほどです」
「魔法が使えない時間を、次の魔法の準備に使うのか」
『はい』
これは俺にも覚えがある。
何かができない時間を、そのまま何もしない時間にする必要はない。
『理想的には、再び魔法を使用可能になった時点で、次の行動がある程度決まっている状態が望ましいでしょう』
「できるですかね……」
『最初から完璧に行う必要はありません』
「アーチェ」
俺も声をかける。
「今日はそのための練習だろ?」
「……はいです!」
ちょうど次の魔法が使えるようになったらしい。
「次は《ブレッシング》ですです」
今度はリリィが前へ出た。
「お願い」
「はいです。いきます!――《ブレッシング》!」
魔法を受けたリリィが、自分の手を握ったり開いたりする。
「どう?」
「少し……身体が動かしやすいかも」
木剣を振る。
軽く走る。
盾を構える。
「すごく強くなるって感じじゃないけど、全体的に少し上がった感じね」
「筋力と素早さと防御、それと思考力を少しだけ上げる魔法ですです」
『複数の能力を同時に補助するのですね』
「はいです」
「便利じゃん」
「でも、ちょっとだけですです……」
『小幅な上昇であることと、価値が低いことは同義ではありません』
「また出たっす!」
エマが笑う。
「えーあい、アーチェの魔法を褒めまくってるっす!」
『私は効果を評価しています』
「それを褒めてるって言うっす!」
『そうなのですか?』
「たぶん違うと思う」
俺はエマを止めた。
エーアイとその話を始めると長くなりそうだ。
次は《ヒール》。
これは怪我人がいないので、実際に治療することはしなかった。
軽い怪我を治療するα級の回復魔法。
それだけ確認して、俺たちは最後の一つへ進んだ。
「最後は攻撃魔法ですです」
アーチェが練習場の的へ向き直る。
「《エンシェントノヴァ》です」
「……強そう」
リリィが呟く。
「名前からしてすごいっす!」
エマも期待している。
「離れた方がいい?」
俺も一応聞いた。
「だ、大丈夫ですです!」
アーチェが慌てた。
杖を構える。
「いきます!――《エンシェントノヴァ》!」
杖の先に炎が生まれた。
炎は小さな球となり、真っ直ぐ的へ飛んでいく。
ぱんっ。
命中した。
「…………」
「…………」
俺とリリィとエマが黙る。
「……あれ?」
思っていたより、ずっと小さい。
「しょ、初級魔法ですです!」
アーチェが顔を赤くした。
「名前がすごいから……」
「エマももっとドカーンってなると思ったっす」
「わたくしが名前をつけたんじゃないですです!」
『名称から魔法の威力を推測することは適切ではないようですね』
「エーアイさんまで!」
でも。
これで四つ。
運搬を助ける。
仲間を強くする。
傷を治す。
そして攻撃する。
どれもα級。
一つ一つを見れば、飛び抜けて強いわけじゃない。
それでも俺には、器用貧乏という言葉が少しずつ合わなくなってきたように思えた。
『アーチェさん』
「はいです?」
『確認があります』
「なんです?」
『先ほど、《エンシェントノヴァ》は初級魔法と説明されました』
「はいです」
『しかし、アーチェさんはβ級魔法を通常発動できない』
「そうですです」
『では、現在のアーチェさんが、これより強力な魔法効果を必要とした場合、手段は存在しないのでしょうか?』
「あ」
アーチェが小さく声を上げた。
「ありますです」
『あるのですか?』
「はいです」
アーチェは自分の杖を見た。
「わたくし、《詠唱魔法》っていうスキルを持ってますです」
「詠唱魔法?」
「はいです」
さっきまでとは違って、アーチェは少しだけ自信のある顔をした。
「時間はかかりますけど――」
杖を握る。
「《エンシェントノヴァ》を、もっと強くできますです」
『詳しく教えてください』
エーアイがすぐに反応した。
どうやら。
アーチェの手札は、俺たちが思っていたより、もう少し複雑らしい。




