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第23話 新生アイリス(2)

翌日。


 俺たち四人は、冒険者ギルドの練習場に集まっていた。


 普段は冒険者が武器の扱いを確認したり、仲間同士で模擬戦をしたりする場所だ。


 俺とリリィも何度か利用したことがある。


 エマとアーチェが何をできるのか。


 俺たちが何をできるのか。


 まずは、お互いに知ることから始めることにした。


「じゃあ、始めようか」


「よろしくっす!」


「よ、よろしくお願いしますです!」


 エマはいつも通り元気だ。


 対照的にアーチェは、杖を両手で持って少し緊張している。


「その前に、二人に話しておきたいことがある」


「なんっすか?」


「俺のスキルについてだ」


 その名前を口にした。


「『エーアイ』っていうスキルだ」


「えーあい?」


「エーアイ……さんです?」


 二人とも知らないらしい。


 当然だ。


 俺だって、エーアイ本人に説明されるまで何なのか分からなかった。


「説明するのが難しいんだけど……俺の頭の中にいて、いろいろな知識を持ってる。集めた情報を整理したり、考えたり、助言してくれたりする」


「頭の中に人がいるんすか!?」


「今、エーアイが『人ではありません』って言った」


「おおっ!」


 なぜかエマの目が輝いた。


「面白そうっす!」


「怖くないの?」


 リリィが聞く。


「全然っす。便利そうっす!」


 即答だった。


 その横でアーチェが恐る恐る手を上げる。


「あ、あの……頭の中にいるということは……」


「うん」


「考えてることも全部分かるです?」


「いや。それは分からない」


「よ、よかったですです……」


 ものすごく安心された。


『正確には、マスターの思考そのものを読み取ることはできません』


「それで、ここからが大事なんだけど」


 俺はリリィを見る。


 リリィが頷いた。


「私には《共感》っていうスキルがあるの」


「《共感》?」


 今度はエマも少し真面目な顔になる。


「視覚や聴覚を共有したり、離れていても会話したりできるスキル。レロスとはもう繋がってる」


「へえ……」


「それで私がレロスと繋がったとき、なぜかエーアイさんにも私の見ているものや聞いているものが伝わるようになったの」


「なぜか?」


『現時点でも原因は不明です』


 分からないものは分からない。


「二人とも《共感》で繋がれば、同じようにエーアイと話せるかもしれない」


「やるっす!」


「早いな」


「便利になるならやるっす!」


 迷いがない。


「アーチェは?」


「わ、わたくしも……お姉ちゃんがやるなら……」


 アーチェも小さく頷いた。


「嫌なら無理に繋がなくてもいいからね」


 リリィが念を押す。


「《共感》は相手の同意が必要だから」


「大丈夫っす!」


「わたくしも、大丈夫ですです」


「分かった」


 リリィが二人に手を差し出した。


 エマとアーチェが、その手を取る。


 少しして――。


「……お?」


 最初に声を上げたのはエマだった。


「リリィ姉さま、聞こえるっす!」


『エマ、聞こえてる?』


「聞こえるっす! 口動いてないのに聞こえるっす!」


 楽しそうだな。


『アーチェも大丈夫?』


『は、はいですです!』


 アーチェの声も伝わってくる。


 問題はここからだ。


「エーアイ?」


『はい、マスター』


「二人の声は?」


『認識できています』


「おおっ!」


 エマが俺を見る。


「今の、えーあいっすか!?」


『はい。初めまして、エマさん、アーチェさん』


「おおおっ!」


『は、初めましてですです!』


 エマは周囲をきょろきょろと見回した。


「どこにいるんすか?」


『物理的な身体は存在しません』


「じゃあ、どこにもいない?」


『その表現も正確ではありませんが、少なくとも周囲を探していただく必要はありません』


「不思議っすねえ」


 怖がるどころか、ますます興味を持ったらしい。


『最初にお伝えしておきます。私は万能ではありません』


「そうなんすか?」


『はい。この世界について、私が最初から知っているわけではありません。知らない魔物、知らない植物、情報なしに正しい答えを出すことはできません』


「でも、知ったことは覚えられるんすよね?」


『はい』


「じゃあ、エマのことも覚えてくれるっす?」


『提供された情報については』


「だったらエマの動きを見て、もっと良くする方法とか分かるっす?」


『可能性はあります』


「やるっす!」


 何をだ。


 エマは腰の短剣を抜いた。


「えーあい、エマの動き見てほしいっす!」


『承知しました。ただし、私は直接エマさんを見ることはできません』


「え?」


『リリィさんなどから共有された視覚情報を通して確認します』


「なるほどっす!」


 本当に飲み込みが早い。


 少なくとも、エーアイを受け入れることに関しては何の問題もなさそうだった。


 ◇


 まずはエマが普段どんな戦い方をしているのか、見せてもらうことにした。


「エマは正面から戦うのは苦手なんだよな?」


「苦手っす!」


 胸を張って答える。


「そこは自信満々なんだな」


「できないことをできるって言う方が危ないっす!」


『その認識は適切です』


「えーあいも分かってるっす!」


 妙に相性がいい。


 練習場には、訓練用の的がいくつか置かれている。


 エマは少し離れた場所に立つと、腰のポーチから小さな投擲用の武器を取り出した。


「まずは《投擲》っす!」


 腕を振る。


 飛んでいったそれが、的に突き刺さった。


 続けてもう一つ。


 今度は別の的へ。


 それも命中した。


「おお」


「これがエマのスキルっす。投げられるものなら、かなり狙ったところに当てられるっす!」


『命中精度を補助するスキルと考えてよろしいですか?』


「たぶん、そんな感じっす!」


『投擲可能な物体であれば、武器以外でも対象になりますか?』


「なるっすよ。石とかでもいけるっす」


「石でも?」


「威力は全然違うっすけどね」


 エーアイが少し黙った。


『有用です』


「そうっすか?」


『はい。投擲の用途を攻撃に限定する必要はありません』


「例えば?」


『音を発生させて注意を誘導する。特定の場所へ道具を投げる。状況によっては罠の作動にも利用できる可能性があります』


「おお……」


「戦うためだけのスキルじゃないのか」


『はい。エマさんの《投擲》がどの程度まで補正されるのか、今後確認する必要がありますが、用途は複数考えられます』


「えーあい、すごいっす!」


「エマ、石を投げて敵の気を逸らすくらいしか考えてなかったっす!」


 エマは嬉しそうにポーチへ手を戻した。


「次は《不意打ち》っす!」


 こちらは的では確認しにくい。


 スキルの条件が、相手の意識の外から攻撃することだからだ。


 そこでリリィに相手をしてもらうことになった。


「本気でやらないでよ?」


「分かってるっす!」


 二人とも訓練用の武器を使う。


 リリィが木剣と木製の盾。


 エマが短い訓練用の短剣だ。


「じゃあ、始め!」


 俺の声と同時にエマが動いた。


 速い。


 正面からリリィへ近づき――。


「えいっ!」


 短剣を振る。


 リリィは盾で受けた。


「まだまだっす!」


 エマが横へ回る。


 リリィも向きを変える。


 さらに反対側へ。


 またリリィが追う。


「むむむ……」


 エマが止まった。


「姉さま、ずっとこっち見てるっす!」


「そりゃ見るわよ」


「《不意打ち》できないっす!」


「正面から戦ってるもの」


 当然だった。


『興味深い結果です』


「失敗したっすよ?」


『はい。しかし、スキルの成立条件を確認する上では有益でした』


「どういうこと?」


『エマさんが単独で相手の意識外へ移動しようとした場合、相手は当然それを妨害します』


 リリィがエマを見ている限り、《不意打ち》にならない。


 エマが速くても、リリィだって止まっているわけじゃない。


『つまり、《不意打ち》を有効活用するには、エマさん自身の動きだけではなく――』


「あ」


 俺にも分かった。


「相手がエマを見ていられない状況を作ればいい?」


『その通りです』


「どうするっす?」


「もう一回やってみよう」


 俺は練習場を見回した。


 適当な場所にあった訓練用の木剣を一本借りる。


「今度は俺も入る」


「二対一?」


「俺は戦わないよ」


 リリィの正面から少し離れた場所に立つ。


「始めよう」


 エマが動き出す。


 リリィの視線がエマを追う。


 俺は木剣を持ったまま、リリィの側面へ走った。


「リリィ!」


「え?」


 リリィが一瞬だけ俺を見る。


 その瞬間。


 エマが動いた。


 低い姿勢で一気に反対側へ回り込む。


「あっ」


 リリィが気づいたときには、エマの短剣が背中の少し手前で止まっていた。


「入ったっす!」


『《不意打ち》が成立したと考えられます』


「おおっ!」


「なるほどね……」


 リリィも納得したように頷く。


 俺は木剣を下ろした。


「俺、名前呼んだだけだけど」


『十分です』


「十分なの?」


『目的はマスターがリリィさんを攻撃することではありません。リリィさんの注意を一時的にエマさんから外すことです』


 なるほど。


 俺自身が強い必要はない。


 相手が俺を警戒してくれるなら、それだけでいい。


「でも、今のは一回見せちゃったっす」


 エマが言った。


「もう一回やったら姉さまも引っかからないっすよね?」


「たぶんね」


『その点も重要です』


「え?」


『同じ方法が繰り返し有効とは限りません』


 俺とエマがリリィを見る。


 リリィはもう俺の方も警戒している。


『したがって、マスターが注意を引くことを固定された手順にするべきではありません』


「じゃあ、どうする?」


『選択肢を増やすことを推奨します』


 俺が声をかける。


 エマが物を投げる。


 リリィが正面から攻撃する。


 地形を使う。


 何かを落として音を出す。


 敵が別のものに注意を向けた瞬間を利用する。


『《不意打ち》を使用するために、エマさんが必ず敵の背後へ移動する必要があるのでしょうか?』


「え?」


 エマが首を傾げる。


『条件は背後からの攻撃ではなく、相手の意識外からの攻撃なのですよね?』


「そうっす」


『であれば、背後という位置に固執する必要はないと考えます』


「……あ」


 エマの目が丸くなる。


 背後から攻撃する。


 それが不意打ちだと、なんとなく考えていた。


 でも、スキルの条件がそうではないなら――。


「横からでも?」


『条件を満たすのであれば成立する可能性があります』


「前からは?」


『相手がエマさんを認識していない状況ならば、成立する可能性はあるでしょう。ただし、これは確認する必要があります』


「試したいっす!」


 エマが楽しそうに言った。


『エマさん』


「なんっすか?」


『もう一点あります』


「はいっす!」


『《不意打ち》と《投擲》を同時に成立させることは可能でしょうか?』


「…………」


 エマが固まった。


「やったことないっす」


『では、確認する価値があります』


「やるっす!」


 すぐにポーチへ手を伸ばす。


「待って待って」


 リリィが止めた。


「私に投げるつもり?」


「訓練用にするっす!」


「そういう問題じゃない!」


 練習場にリリィの声が響いた。


 ◇


 結局、安全な方法に変えていくつか確認した。


 分かったこともある。


 分からなかったこともある。


 エーアイも、何でも即座に答えを出せるわけではない。


 実際に試して。


 結果を覚えて。


 次に生かす。


 それを繰り返す。


「楽しいっすね、これ!」


 エマは満足そうだった。


「そうか?」


「はいっす。エマ、自分のスキルはずっと使ってたっすけど、こんな使い方ができるかもって考えたことなかったっす!」


『私が提示した内容も、現時点では仮説を含みます』


「じゃあ試せばいいっす!」


『はい。その方法が適切です』


「えーあい、これからもエマの悪いところあったら言ってほしいっす!」


『承知しました。ただし、改善点を指摘することと、エマさんの行動を決定することは異なります』


「?」


『私の提案が常に正しいとは限りません。最終的にどう動くかは、エマさん自身、そしてパーティーで判断してください』


「分かったっす!」


 本当に分かっているのか少し不安だけど。


 俺はアーチェを見る。


 エマの練習中、ずっと俺たちを見ていた。


 自分の番が近づいてきたからか、さっきより杖を握る手に力が入っている。


「次はアーチェだな」


「は、はいですです!」


「緊張しなくていいよ」


「してないですです!」


 している。


「アーチェは魔法だよな?」


「はいです。攻撃と回復と補助が使えますです」


『マスター』


「うん?」


『私も確認したいことがあります』


「何?」


『この世界の魔法についてです』


 そういえば――。


 エーアイは俺が教えたことや、司書館で集めた情報を大量に覚えている。


 魔物についても。


 薬草についても。


 武器についても。


 けれど、実際に魔法を使う人間が仲間になったのは初めてだ。


『アーチェさん。いくつか質問してもよろしいでしょうか?』


「は、はいですです!」


『ありがとうございます』


 少し間を置いて、エーアイが尋ねる。


『まず確認します。この世界の魔法には、MPに相当する概念が存在するのでしょうか?』


「……えむぴー?」


 アーチェが首を傾げた。


 リリィも同じ顔をしている。


「エーアイ。俺も分からない」


『失礼しました。魔法を使用する際に消費し、減少すると魔法を使用できなくなるような、数値化された力を想定しています』


 アーチェはしばらく考えた。


「……ないですです」


『存在しない?』


「はいです。少なくとも、わたくしは聞いたことがないですです」


『承知しました』


 エーアイが答える。


『では質問を変更します』


 アーチェが杖を握り直した。


『魔法を一度発動した直後に、別の魔法を続けて発動することは可能でしょうか?』


「それは――」


 アーチェが答えようとする。


 俺も耳を傾けた。


 エマのときとは、また違う。


 俺たちはこれから、初めて本格的に魔法というものを知ることになる。


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