第22話 新生アイリス(1)
翌日。
俺とリリィは、昨日と同じ場所を訪れていた。
「来たか」
奥から現れたツィーゲが、軽く手を上げる。
「ああ。昨日言ってた二人は?」
「もう来てる。入れ」
ツィーゲが声をかけると、奥の扉が開いた。
最初に姿を見せたのは、小柄な少女だった。
短い髪にヘアバンド。軽装の上から短いケープを羽織り、腰にはいくつもの小さなポーチがついている。
見えるところには短剣。
けれど――。
『マスター』
頭の中にエーアイの声が響いた。
『服装と装備の配置から推測すると、見えている短剣以外にも複数の小型武器を携帯している可能性があります』
俺にはよく分からない。
ただ、エーアイがそう判断したということは、それらしい特徴があるのだろう。
「エマっす!」
少女は俺たちの前まで来ると、元気よく名乗った。
「十六歳、レベル10っす。よろしくお願いするっす!」
「よろしく。俺はレロス」
「リリィよ」
「リーダーと姉さまっすね!」
「……もう決まってるの?」
リリィが目を瞬かせる。
「その方が呼びやすいっす!」
明るい。
そして距離が近い。
初対面とは思えないくらい自然に俺たちの中へ入ってくる。
その後ろから、もう一人の少女が姿を見せた。
こちらもエマと同じくらいの年齢だろう。
銀色の髪を結い、花の髪飾りをつけている。手にしているのは長い杖だ。
見るからに魔法使いという格好だった。
「ア、アーチェですです……」
小さな声だった。
「十六歳ですです。レベルは……10ですです」
「よろしく」
「よろしくね、アーチェ」
「は、はいですです」
アーチェは小さく頭を下げた。
エマとは正反対だ。
一歩前へ出てくるエマに対して、アーチェは一歩後ろへ下がる。
そんな印象を受ける。
「二人は姉妹みたいなもんだ」
ツィーゲが言った。
「血は繋がってねえが、どっちも小さい頃からネストで育った。エマが姉で、アーチェが妹だ」
「お姉ちゃんには、いつも助けてもらってますです」
「エマに任せるっす!」
胸を張るエマの横で、アーチェが小さく頷いた。
「それで」
俺はツィーゲを見る。
「昨日言ってた、アイリスに合いそうな二人っていうのが?」
「ああ。こいつらだ」
ツィーゲはエマを指した。
「エマは斥候が中心だ。偵察、探索、潜入、追跡。戦闘じゃ短剣と飛び道具を使った遊撃もできる。表でできる仕事から、表じゃやりにくい仕事まで一通り仕込んである」
「一通りできるっす!」
「実戦経験は少ねえけどな」
「うっ」
エマの動きが止まった。
「……そこ言うっすか?」
「言わなきゃ紹介にならねえだろ」
ツィーゲは気にする様子もなく、今度はアーチェを見る。
「こっちは魔法だ」
「魔法使い……」
リリィが興味深そうにアーチェを見る。
俺たちには、これまで本格的に魔法を使える仲間はいなかった。
「アーチェ」
「は、はいですです」
「自分で説明しろ」
「わ、わたくしは……攻撃魔法と、回復魔法と、補助魔法が使えますです」
「全部?」
「は、はいですです」
それはすごいんじゃないか?
そう思ったのだが、アーチェの表情は明るくならなかった。
「でも……攻撃なら攻撃専門の人の方が強いですです。回復も、回復専門の人には負けますです。補助も……たぶん、同じですです」
「つまり?」
「器用貧乏……ですです」
『違います』
即答だった。
俺は思わず瞬きをした。
「……エーアイ?」
『器用貧乏ではありません』
もう一度言った。
『攻撃、回復、補助という異なる機能を一名で担えることには大きな価値があります。特に現在の《アイリス》には魔法を専門的に扱える人員が存在しません』
確かに。
『また、複数の役割を一名で代替できるのであれば、状況に応じた編成変更の必要性を低下させることができます。さらに――』
「ちょっと待て」
『はい』
「まだ本人とほとんど話してない」
『失礼しました』
エーアイにしては珍しく食いつきがいい。
「どうしたの?」
リリィが俺を見る。
「いや。ちょっとな」
今のところ、二人にエーアイのことを話すつもりはない。
まずは、二人自身について知る方が先だ。
「アーチェ。他には?」
「詠唱魔法が使えますです」
「詠唱?」
「はいですです。普通に魔法を使うより時間がかかりますです。でも、きちんと詠唱すると、その分だけ魔法の効果を強くできますです」
「なるほど」
強い魔法を使う代わりに時間が必要になる。
使いどころは難しそうだ。
けれど――。
『非常に興味深い能力です』
またエーアイが反応した。
『必要な詠唱時間、強化率、使用可能な魔法、クールタイム、実戦時の安全確保など、確認すべき項目が多数あります』
「分かったから、今は待て」
『承知しました』
俺は小さく息を吐いた。
なんだかエーアイが一番楽しそうだ。
「レロス?」
「何でもない」
リリィが不思議そうな顔をしていた。
◇
それから俺たちは、二人からもう少し詳しく話を聞いた。
エマは短剣だけでなく、投げられる小型武器を扱うのが得意らしい。
相手の意識の外から攻撃すると威力が上がる《不意打ち》というスキルも持っている。
正面から戦うより、動き回りながら相手をかき乱す方が得意だという。
「真正面から殴り合うのは苦手っす!」
「そこは胸を張るところなの?」
「苦手なことを知ってるのは大事っす!」
リリィが少し笑った。
「それはそうね」
一方のアーチェは、本当にいろいろな魔法が使えるらしい。
ただし、一度に何種類もの魔法を同時に使えるわけではない。
攻撃するのか。
仲間を回復するのか。
補助するのか。
その都度、選ばなければならない。
「たくさんできるんですけど……何をすればいいのか、分からなくなることがありますです」
アーチェは申し訳なさそうに言った。
『それは能力不足ではなく、選択肢の多さによる意思決定の問題である可能性があります』
エーアイが言う。
俺も、なんとなく分かる。
選べるものが一つなら迷わない。
二つなら、まだ比較できる。
けれど十も二十もあれば、その中から一番いいものを選ぶこと自体が難しくなる。
それなら――。
俺は少し考えた。
「アーチェ」
「はいですです?」
「俺は、器用貧乏だとは思わないよ」
「……え?」
「何でも一番じゃないかもしれない。でも、いろいろできるってことは、それだけ選べるってことだろ?」
アーチェが目を丸くした。
「少なくとも、今の俺たちにはできないことばかりだ」
「…………」
「だから、俺はすごく助かると思う」
「……ありがとう、ございますです」
少しだけ。
アーチェの表情が柔らかくなった。
◇
「能力については、だいたい分かった」
俺は二人を見る。
「最後に一つ、確認しておきたい」
「なんっすか?」
「はいですです」
「二人はネストの人間なんだよな?」
「ああ」
答えたのはツィーゲだった。
「そこは勘違いするな。こいつらをお前に売るわけじゃねえ」
「分かってる」
俺は頷く。
それなら、なおさら確認しておかなければならない。
「アイリスとネストで、違う指示を受けたらどうする?」
「ネストっす!」
エマは即答した。
「わ、わたくしもネストですです」
アーチェも答える。
迷いはなかった。
リリィが二人を見る。
「そこまで迷わないんだ……」
「エマたちはネストに育ててもらったっすから!」
エマにとっては当然のことらしい。
俺は少し考える。
どこまでなのだろう。
「じゃあ……」
俺はツィーゲを指した。
「ツィーゲから、俺を殺せって言われたら?」
「了解っす!」
「…………」
早い。
あまりにも早かった。
隣を見る。
「アーチェも?」
「えっ」
アーチェが俺とツィーゲを交互に見る。
「そ、その……命令なら……やりますです」
「…………」
「…………」
俺とリリィは黙った。
『非常に明確です』
エーアイだけが冷静だった。
「そこを評価するのか?」
『はい。行動原理が明確であることは、将来の行動を予測する上で有益です』
そういうものなのか?
『また、エマさんとアーチェさんが命令に従うことと、ツィーゲさんがその命令を出すことは別の問題です』
「まあ……それはそうだけど」
『現在、《アイリス》と《ネスト》の間には一定の利害関係が成立しています。その関係が維持されている限り、レロスさんを排除する命令を出す合理的理由は確認できません』
俺を殺す気満々の二人を前に、ずいぶん冷静な分析だった。
「何ぶつぶつ言ってんだ?」
ツィーゲが怪訝そうな顔をする。
「いや。こっちの話」
ツィーゲは少し俺を見たあと、肩をすくめた。
「まあ、そういうことだ。こいつらはネストの人間だ。その上で使うなら使え」
「隠さないんだな」
「後から分かる方が面倒だろ」
その言葉には納得できた。
俺はリリィを見る。
「どう思う?」
「私はいいと思う」
「即答だな」
「だって、隠してないもの」
リリィはエマとアーチェを見る。
「ネストを優先するって最初から分かっているなら、それを分かった上で一緒にいればいいんじゃない?」
俺も同じだった。
「じゃあ――」
二人を見る。
「よろしく。エマ、アーチェ」
「了解っす、リーダー!」
「よ、よろしくお願いしますです!」
こうして。
《アイリス》は、二人から四人になった。
◇
「住むところまで一緒にする必要はねえだろ」
その後、ツィーゲを交えて今後について話した。
エマとアーチェには今の生活がある。
俺とリリィにも家がある。
だから当面、住む場所は今まで通り。
仕事のときに四人で集まることになった。
「基本は今まで通り、冒険者ギルドの依頼を受ける」
俺が言うと、三人が頷く。
「それでいい」
ツィーゲも言った。
「こいつらには表の冒険者としての経験も積ませたい。お前らと組ませる理由の一つだ」
「ネストから仕事を頼まれることも?」
「ある」
ツィーゲはあっさり答えた。
「護衛、調査、人探し、監視、荷物の運搬。他にもいろいろだな。ギルドには出しにくい仕事もある」
「違法な仕事は?」
「あるかもしれねえ」
否定しなかった。
「ただし、お前はネストの人間じゃねえ。仕事を出す。受けるかどうかはお前が決めろ」
「分かった」
そこは、俺も譲るつもりはなかった。
ネストと関わる。
だからといって、何でも引き受けるわけではない。
依頼の内容を確認する。
危険を確認する。
利益を確認する。
そして俺たちで判断する。
『妥当だと考えます』
エーアイも同意した。
「それと、モヒートについては?」
俺が尋ねると、ツィーゲの表情が少し変わった。
「そっちは引き続き調べさせてる。動きがあれば知らせる」
「お願い」
リリィが答えた。
短い言葉だった。
けれど、その声ははっきりしていた。
モヒートとの決着は、リリィ自身が望んだことだ。
だから急ぐ必要はない。
情報を集める。
準備をする。
そして、その時に備える。
そのためにも――。
俺はエマとアーチェを見る。
「まずは四人で動くことに慣れないとな」
「任せるっす!」
「が、頑張りますです!」
頼もしいような。
少し不安なような。
けれど、昨日までとは明らかに違う。
リリィしかいなかった前衛。
俺たちにはなかった斥候。
俺たちにはなかった魔法。
使える手札は、一気に増えた。
ただ――。
『マスター』
「ん?」
『人員が増加したことで、情報共有、役割分担、指揮系統について再検討する必要があります』
「……やっぱり?」
『はい。二名で成立していた方法が、四名でも最適であるとは限りません』
仲間が増えれば、できることが増える。
けれど。
増えるのは、それだけではないらしい。
レベル1の俺が四人になった《アイリス》をどう動かしていくのか。
それを考えるのは、これからだった。




