閑話 オクトー(3)
「……俺、抜けるからな」
その言葉に、ガルドは顔を上げた。
「あ?」
「次の仕事までだ。それが終わったら、俺はオクトーを抜ける」
「ふざけんな。こんな時に何言ってやがる!」
「こんな時だからだよ!」
男も声を荒らげた。
「まともに依頼も受けられねえ。人を募集しても誰も来ねえ。店じゃツケも断られる。おまけに裏の連中にまで取引を切られたんだぞ!」
「だから立て直そうとしてるんだろうが!」
「いつ立て直るんだよ!」
言葉が詰まった。
答えられる者はいなかった。
オクトーはまだ存在している。
解散したわけではない。
戦える者もいる。
魔物を倒す力だって失ってはいない。
それなのに、以前できていたことが次々とできなくなっていた。
荷物持ちを雇えない。
店から信用で商品を買えない。
条件のいい依頼にも声がかからない。
仲間の一人が負傷してからは、討伐できる魔物の幅まで狭くなった。
収入は減った。
支出は増えた。
そして、金が減れば減るほど、ガルドは焦った。
「……だったら、金を作ればいい」
「だから、どうやってだよ」
「方法ならある」
仲間たちが顔を見合わせた。
その言葉を、最近のガルドは何度も口にしていた。
最初は、少しくらいなら問題ないと思っていた。
ギルドへの報告で、討伐した魔物の数を誤魔化した。
採集した素材の一部を報告せず、別の場所へ流した。
依頼の途中で見つけた品を、拾得物として届けなかったこともある。
どれも一つ一つなら、大金にはならない。
だがガルドは、
「バレなきゃ問題ねえ」
そう言った。
次は、正規の市場では扱いにくい品を運んだ。
何が入っているのか詳しく聞かなかった。
聞かない代わりに、普通より高い金を受け取った。
仲間の一人が、
「これ、まずいんじゃねえのか?」
と聞いたときも、
「俺たちは運んだだけだ」
で済ませた。
最初に越えた線は、小さかった。
だから、次の線も越えられた。
そして気づいたときには、以前なら迷ったはずの話を、ガルドは平然と口にするようになっていた。
「商人の荷を奪う」
「…………は?」
「街道を通る商人だ。護衛は多くない。荷を奪って売れば、一気に金が入る」
「待てよ」
仲間の一人が立ち上がった。
「それ、強盗だろ」
「だから何だ?」
「だから何だって……」
「今までだって似たようなことはやってきただろうが!」
「全然違うだろ!」
机が叩かれる。
「ギルドに嘘をつくのと、人を襲って荷物を奪うのは違う!」
「金がなきゃ終わりなんだぞ!」
ガルドの怒鳴り声に、部屋が静かになった。
「一回だ」
ガルドは言った。
「一回成功すりゃいい。金さえ入れば装備も整えられる。人だって雇える。立て直せるんだよ」
「……誰の荷だ」
「商人だ」
「だから、どこの商人だよ」
少しの沈黙。
「貴族と取引してるらしい」
「お前……」
「貴族本人じゃねえ!」
ガルドはすぐに言い返した。
「お抱えの商人ってだけだ。護衛だって冒険者が何人かついてる程度だ」
「十分まずいだろ……」
「だから金になるんだろうが!」
誰も賛成しなかった。
だが、強く反対する者もいなかった。
ここで抜ければ、今まで自分たちがやってきたことまで明るみに出るかもしれない。
そんな不安もあった。
やがて、一人が吐き捨てるように言った。
「……これで最後だからな」
「何がだ?」
「この仕事が終わったら、俺は抜ける」
「勝手なこと言ってんじゃねえ!」
「勝手なのはお前だろ!」
再び怒鳴り合いになる。
その様子を見ながら、別の男が呟いた。
「どうして、こんなことになったんだ……」
その一言で、ガルドの動きが止まった。
どうして。
人が集まらなくなった。
商人から信用されなくなった。
裏の取引相手からも切られた。
仲間まで離れようとしている。
なぜ、こうなったのか。
ガルドは考えた。
ほんのわずかな時間だけ。
そして――。
「……レロスだ」
「は?」
「レロスだよ」
ガルドが顔を上げた。
「あいつを追い出してからだ」
「何が?」
「全部だ!」
突然の大声に、仲間たちが黙る。
「あいつを追い出してから全部おかしくなった! 荷物持ちで揉めたのも、店にツケを断られたのも、裏の連中が急に取引を切ったのも!」
「いや……待てよ」
一人が困惑した顔をする。
「レロスは関係ないだろ」
「じゃあ、なんであいつを追い出してからこうなったんだよ!」
「なんでって……」
答えになっていない。
だがガルドにとっては、それで十分だった。
「何かしてやがるんだ」
「何をだよ」
「知らねえよ!」
「知らねえのかよ……」
「裏で俺たちの邪魔をしてるに決まってる!」
ガルドの中で、ばらばらだった出来事が一つにつながった。
新人の荷物持ちが言うことを聞かなかった。
店がツケを断った。
裏の取引先まで離れた。
仲間が抜けようとしている。
そのすべてが、自分たちの行動の結果だとは考えなかった。
レロスを追い出した後に起きた。
ならばレロスが原因だ。
それだけだった。
「探すぞ」
「……誰を?」
「レロスに決まってんだろ!」
「どこにいるんだよ」
ガルドは黙った。
「ガレオンにはもういないんだろ?」
「……ああ」
「どこに行った?」
「知らねえ」
「誰といる?」
「知らねえよ」
「今も冒険者やってんのか?」
「知らねえって言ってんだろ!」
怒鳴り声だけが大きくなる。
「じゃあ、どうやって探すんだよ」
「聞けばいいだろ! ギルドでも、酒場でも、知ってそうな奴に片っ端から!」
「ギルドに聞くのか? 今の俺たちが?」
「だったら裏だ!」
「この前、取引を切られただろ!」
「別の奴を探せばいい!」
ガルドは立ち上がった。
「金さえあればどうにでもなる。まず商人の荷を奪う。それを売って金を作る。それからレロスを探す」
誰も返事をしなかった。
「全部あいつのせいだ」
ガルドは吐き捨てた。
「あいつを見つけりゃ、何をしたのか吐かせてやる」
その日の夜。
ガルドは以前の取引相手とは別の人間を探して、ガレオンの裏通りを歩いていた。
盗んだ荷を売るには、買う人間が必要になる。
正規の市場には出せない。
ならば、正規ではない市場を使えばいい。
単純な話だと思っていた。
「オクトー?」
薄暗い酒場で、男が眉をひそめた。
「ああ。聞いたことくらいあるだろ」
「まあな」
「だったら話は早い。近いうちに、ちょっとした品が入る」
「何の品だ?」
「それはまだ言えねえ」
「出所は?」
「だから、今は――」
「帰れ」
「は?」
「うちは扱わない」
話すら聞かない。
ガルドは机を叩きそうになり、寸前で止めた。
「金になる話だぞ」
「なら他へ持っていけ」
「お前――」
「それと」
男の目が細くなる。
「最近、あんたら随分と人を探してるらしいな」
ガルドの顔が変わった。
「……誰から聞いた?」
「そういうことを聞く奴とは、もっと取引したくなくなるな」
「レロスって奴を知らねえか?」
「知らんな」
「どこにいるかだけでも――」
「帰れ」
今度は、はっきりと言われた。
ガルドは男を睨みつけたが、結局何もできなかった。
店を出ていく。
その背中を見送ってから、男は小さく息を吐いた。
「……面倒なことになりそうだな」
「どうする?」
奥から別の声がした。
「一応、流しとけ」
「何を?」
「オクトーが、妙な品の売り先を探してる。それと――」
男は少し考える。
「レロスって奴を探してる、とな」
「分かった」
それだけだった。
誰もガルドを追わない。
誰も止めない。
ただ、情報だけが流れていく。
ガルドは知らなかった。
自分が探しているレロスがどこにいるのかを。
レロスが《アイリス》というパーティーで活動していることも。
そして、自分がレロスを探しているという情報が、自分より先にレロスへ向かっていることも。
「まず金だ」
夜道を歩きながら、ガルドは呟いた。
「金さえ手に入れば、全部立て直せる」
そのために商人を襲う。
奪った品を売る。
レロスを探す。
自分たちがこうなった理由を吐かせる。
ガルドの中では、すべてつながっていた。
ただ一つだけ。
その原因が自分自身にあるという可能性だけが、最後までつながることはなかった。




