第19話 新たなスキル
「レベル14ですね」
冒険者ギルドの受付で告げられた数字に、リリィは小さく目を見開いた。
「二つも上がってたんだ」
「最近、結構戦ってたからな」
レロスが隣から確認する。
ゾハルへ来てから三か月が経った頃、リリィのレベルは12だった。
それからも《アイリス》は討伐や採集の依頼を続けている。
盗賊との戦いもあった。
派手な強敵を次々と倒したわけではない。それでも、一つ一つの経験は確実に積み重なっていたらしい。
「それから、新しいスキルも確認されています」
「本当?」
リリィが身を乗り出した。
受付の職員が確認する。
「《シールドウォール》です」
「シールド……ウォール?」
聞き慣れない名前に、レロスも首を傾げた。
「盾を使用しているときに使える防御系のスキルですね。盾で防御可能な攻撃であれば、盾によるガードが成立します」
「……それだけ?」
リリィが思わず聞き返した。
「基本的には」
「盾で防げる攻撃を、盾で防ぐ……」
レロスも呟く。
名前の響きから想像したものより、随分と地味だった。
巨大な壁が現れるわけでもない。
攻撃を跳ね返すわけでもない。
盾で防げるものを、盾で防ぐ。
『非常に有用なスキルだと考えます』
エーアイだけは違った。
「そうなの?」
『はい、リリィさん』
ギルドを出てからも、リリィは不思議そうに自分の盾を見ていた。
「普通に盾で受けるのと、そんなに違う?」
『大きく異なります』
「どう違うんだ?」
『通常の防御では、相手の攻撃を認識し、軌道を判断し、盾を適切な位置へ移動させる必要があります』
「ああ」
それは当然だ。
盾を持っているだけで攻撃を防げるわけではない。
攻撃される方向を間違えれば、盾を構えていても斬られる。
『しかし《シールドウォール》は、盾による防御が可能な攻撃であれば、ガードの成立が期待できます』
「……あ」
リリィが声を上げた。
「攻撃が来るって分かってれば、細かく読む必要がない?」
『その理解で概ね正しいと思われます』
レロスにも意味が分かってきた。
「でも、何でも防げるわけじゃないんだろ?」
『当然です。盾そのものの防御能力を超える攻撃や、盾で防御できない攻撃にまで有効とは考えるべきではありません』
「そこまで便利じゃないか」
『はい』
エーアイはあっさり認めた。
だが、すぐに続ける。
『ですが、攻撃を受ける場所をこちらで選べるのであれば、話は変わります』
「選ぶ?」
『はい。敵がどこを攻撃するか分からないから、防御は難しいのです』
「だったら――」
レロスは気づいた。
「こっちが攻撃する場所を決めさせればいい?」
『その方法を検討する価値があります』
数日後。
《アイリス》は討伐依頼を受けて、ゾハル近郊の森へ来ていた。
相手は、これまでにも何度か戦ったことがある魔物だった。
初めて見る敵ではない。
エーアイにも戦闘記録が残っている。
『リリィさん。まずは通常通り戦ってみてください』
「分かった」
リリィが剣と盾を構える。
魔物が地面を蹴った。
勢いよく振り下ろされた前脚に合わせて、リリィが盾を構える。
「《シールドウォール》!」
ガンッ!
重い音が森に響いた。
盾が攻撃を受け止める。
「おおっ」
少し離れたところから見ていたレロスが声を上げた。
リリィ自身も驚いたようだった。
「すごい。今の、いつもよりずっと楽だった」
『成功を確認しました。ただし――』
「ただし?」
『今の使用方法では、単純に防御が安定しただけです』
「十分便利じゃない?」
『はい。しかし、より有効に利用できる可能性があります』
魔物が再び二人を睨む。
レロスは腰の短剣へ手を添えた。
「さっき言ってた、攻撃する場所を選ばせるってやつか?」
『はい』
これまで《アイリス》は、敵の動きを観察してきた。
何度も戦った魔物なら、攻撃前の予備動作もある程度分かる。
だが今回は、さらに一歩進める。
『マスター。右側へ移動してください』
「分かった」
レロスが動く。
魔物の視線が、一瞬だけレロスを追った。
レベル1。
正面から殴り合えば、レロスに勝ち目はほとんどない。
だからこそ、戦わない。
「リリィ!」
「うん!」
リリィが魔物の正面へ出た。
剣をわずかに動かす。
「《フェイント》!」
魔物が反応した。
リリィの剣を警戒し、身体の向きを変える。
『過去の記録と同じ反応です』
エーアイの声。
『リリィさん。左からの攻撃に注意してください』
「分かった!」
魔物が前脚を振り上げる。
誘われるように、攻撃がリリィの左側へ向かった。
「《シールドウォール》!」
ガンッ!
狙った場所で、盾が攻撃を受け止めた。
衝撃で魔物の身体がわずかに流れる。
『体勢が崩れています』
「今!」
リリィが踏み込む。
「《ベストポジション》!」
剣が走った。
防御が薄くなった箇所へ、正確に一撃が入る。
魔物が大きくよろめいた。
「もう一回!」
レロスが声を上げる。
だが、エーアイが即座に訂正した。
『《フェイント》《ベストポジション》ともに再使用できません。同じ手順の反復は推奨しません』
「あ、そうだった!」
「レロス!」
「悪い!」
リリィが笑いながら、通常の剣技で魔物の反撃をかわす。
便利なスキルが増えても、何度でも好きなように使えるわけではない。
最後はこれまで通りだった。
リリィが攻撃を受け、かわし、隙を見つけて剣を振るう。
レロスは周囲を警戒しながら、必要なときだけ魔物の注意を逸らす。
やがて魔物が倒れた。
「……強くなったな」
討伐を終えた後。
剣を拭いていたリリィが顔を上げる。
「私?」
「リリィもだけど……俺たちが、かな」
「俺たち?」
リリィが少し嬉しそうに笑う。
『適切な表現だと思います』
エーアイが答えた。
『《シールドウォール》をリリィさん単独で使用した場合、防御能力の安定化が主な利点となります』
「うん」
『しかし、マスターによる誘導、《フェイント》による反応の誘発、私による過去記録との比較を組み合わせれば――』
「敵に攻撃させたいところまで考えられる」
『はい』
レロスは自分の手を見る。
何も変わっていない。
レベルは1。
力が急に強くなったわけでもない。
新しいスキルを覚えたわけでもない。
それでも、リリィが新しいスキルを覚えたことで、レロスにも新しい役割が生まれた。
「一人が強くなると、できることが増えるんだな」
『その通りです、マスター』
「じゃあ、もっと使い方考えようよ」
リリィが立ち上がった。
「せっかく覚えたんだから」
「ああ」
新しい手札が、一枚増えた。
その日の夕方。
ギルドで討伐報告を終えたレロスたちは、帰宅する前に別の場所へ立ち寄った。
冒険者ギルドでも、司書館でもない。
以前から情報の仲介を頼んでいる男との待ち合わせだった。
「よう」
男はいつもと変わらない様子で片手を上げた。
「何か分かった?」
「ああ。前に頼まれてた連中について、少しな」
レロスの表情が変わる。
「オクトー?」
「そうだ」
男は周囲を軽く確認してから、声を落とした。
「どうも、かなり切羽詰まってるらしい」
「切羽詰まってる?」
「金回りが相当悪い。それだけじゃない。あちこちで揉めてるって話もある」
レロスは黙って聞く。
以前なら、その知らせを聞いて少しは溜飲が下がったかもしれない。
だが今は、それより確認したいことがあった。
「俺たちに関係は?」
「今のところ、直接はな」
男はそう言ってから、
「ただ――」
一拍置いた。
「ガルドって男が、お前のことを探してるらしい」
「俺を?」
隣でリリィの表情も変わった。
『マスター』
エーアイの声が聞こえる。
『現時点では、目的が不明です』
「ああ」
レロスも同じ考えだった。
探している。
それだけでは何も分からない。
「もう少し調べてもらえる?」
「何を知りたい?」
「オクトーが今、何をしてるのか。誰と会ってるのか。それと――」
レロスは少し考えてから続けた。
「どうして俺を探してるのか」
「分かった。ただ、前より少し手間がかかるぞ」
「金なら払う」
男が少し笑った。
「そう言うと思ったよ」
必要な金額を確認し、レロスは支払った。
男はそれを受け取ると、そのまま人混みの中へ消えていく。
「……レロス」
「うん」
リリィが心配そうに見ている。
「まだ何も分からないよ」
レロスは言った。
「だから、まず調べる」
『妥当だと考えます』
エーアイもそれ以上は言わなかった。
推測だけで動く必要はない。
情報が足りないなら、まず集める。
それは、これまで何度も繰り返してきたことだった。
リリィがレベル14になり、新しいスキルを手に入れた日。
《アイリス》には新しい手札が一枚増えた。
そして同じ日。
過去から続いていた問題もまた、静かに動き始めていた。




