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第17話 信用という財産

「……これ、どうする?」


 レロスは街道に転がる五人の男を見た。


 全員、縄で縛ってある。


 盗賊との戦いには勝った。


 だが、問題が一つ残っていた。


「五人も運べないよね」


「無理だな」


 リリィと二人で一人ずつ連れていくとしても三人余る。


『マスター。いくつか方法は考えられますが――』


「あ」


 レロスが街道の向こうを見る。


 人影があった。


 一瞬警戒したが、今度は隠れる様子もない。


 四人組の冒険者だった。


「どうした?」


 近づいてきた男が、縛られた五人を見て目を丸くする。


「こいつらに襲われたんだ」


「……二人でやったのか?」


「まあ……なんとか」


 レロスは事情を説明した。


「それで頼みがあるんだけど、ゾハルまで運ぶのを手伝ってくれないか?」


「五人か……」


「もちろんタダとは言わない。こいつらを引き渡して報奨金が出たら、そこから礼をする」


 四人は顔を見合わせた。


「いいぜ」


「本当か?」


「俺たちもゾハルへ帰るところだ。ここに放置するわけにもいかないだろ」


「助かる!」


 こうして、予想外の大所帯でゾハルへ帰ることになった。


     ◇


 盗賊を引き渡した結果、報奨金が支払われた。


 レロスが想像していたより、かなり大きな金額だった。


 最近、街の周辺で冒険者を狙う襲撃が増えていたこともあり、五人の中にはすでに被害が報告されていた者もいたらしい。


 もちろん、全額が二人のものになったわけではない。


「これ、約束してた分」


 レロスは帰路を手伝ってくれた冒険者たちへ報奨金の一部を渡した。


「こんなにもらっていいのか?」


「五人も運ぶの手伝ってもらったから」


「そうか。なら遠慮なく」


 男は笑って受け取った。


 それでも、かなりの金が残った。


 部屋へ戻ったレロスは、テーブルの上に置いた金を眺める。


「……一気に増えたな」


「増えたね」


「何買おうか?」


『その前に、今回の戦闘について振り返ることを提案します』


「金の話じゃないのか?」


『金銭についても後ほど提案があります。しかし、優先すべきはこちらです』


「分かったよ」


 レロスは椅子に座った。


「何が悪かった?」


『悪かった、という表現は適切ではありません。事前に得た情報を利用し、状況変化にも対応できています』


「じゃあ合格?」


『しかし、改善点があります』


「やっぱりあるのか」


 リリィがくすりと笑う。


『最後の二名との戦闘です。リリィさんが一名と交戦している間、マスターはもう一名を単独で足止めしました』


「ああ」


 思い出す。


 短剣を持って盗賊と向き合った。


 怖かった。


 一撃でもまともに受ければ、どうなっていたか分からない。


『マスターは正面戦闘を避けるべきです。しかし今後も、戦闘を完全に回避できるとは限りません』


「今回みたいに?」


『はい』


 レロスは自分の手を見る。


「なあ、エーアイ」


『はい』


「俺、レベルは上がらないけど……鍛えることはできるんだよな?」


『可能と考えます』


「本当に?」


『マスターはレベル1ですが、これまで荷運びなどによって体力を身につけています。少なくとも通常の運動による身体的な適応まで禁止されているとは考えにくいでしょう』


「じゃあ、鍛えれば強くなれる?」


『表現には注意が必要です』


「やっぱり?」


『レベル上昇による能力強化とは異なります。しかし、持久力、身体の使い方、反応、技術などは訓練によって改善できる可能性があります』


 レロスはリリィを見る。


「やってみようかな」


「訓練?」


「ああ。今回みたいなとき、少しくらい自分で身を守れるようになりたい」


『賛成します。ただし、目的を明確にすべきです』


「盗賊を倒せるくらい?」


『推奨しません』


「即答かよ」


『マスターが格闘能力だけで戦闘を解決する必要はありません。相手の攻撃を回避する。距離を取る。転倒しても素早く起きる。拘束から抜ける。そして――』


 少し間があった。


『リリィさんが援護できるまで生存する』


「……なるほど」


 それなら現実的だった。


 勝たなくていい。


 十秒でも、二十秒でもいい。


 時間を稼げれば、二人で戦える。


「私もやろうかな」


 リリィが言った。


「リリィも?」


「剣を落とすことだってあるでしょ? 狭い場所なら剣を抜けないかもしれないし」


『有効です』


「エーアイさん、そういう戦い方も知ってる?」


『はい。私の知識には、空手、ボクシング、レスリングなど、複数の格闘技に関する情報があります』


「カラテ?」


「ボク……?」


「また知らない言葉がいっぱい出てきたな」


『ただし、注意点があります。私は知識を持っていますが、実際に身体を動かすことはできません』


「……あ」


『したがって、複雑な技術を正確に指導できるとは限りません』


「知ってることと、できることは違う?」


『はい』


 それはエーアイ自身にも当てはまるらしい。


『まずは基本的な姿勢、重心移動、受け身、距離の取り方など、比較的確認しやすいものから始めることを提案します』


「地味だな」


『生存率を高めることが目的です』


「はいはい」


 こうして二人は、狩りの合間に自主訓練を始めることにした。


     ◇


 数日後。


「痛っ!」


「大丈夫?」


「大丈夫……」


 レロスは地面に転がったまま答えた。


 受け身の練習。


 最初は転ぶだけだと思っていた。


 やってみると意外に難しい。


『先ほどより改善しています』


「本当か?」


『はい』


「じゃあ、もう一回」


 立ち上がる。


 今度はリリィが構えていた。


 剣も盾も持っていない。


「いくよ?」


「ちょっと待――」


 腕を掴まれた。


「うわっ!」


 次の瞬間には体勢を崩される。


「……強くない?」


「剣がないだけで、私のレベルが下がるわけじゃないから」


「それ先に言ってくれよ!」


『リリィさんには力を抑えるよう依頼しています』


「これで!?」


「抑えてるよ?」


 レロスは少しだけ悲しくなった。


『異なる運動や技術を取り入れ、能力を補完する方法をクロストレーニングと呼ぶことがあります』


「くろすとれーにんぐ……」


 リリィが復唱する。


「覚えられそう?」


「無理」


「俺も」


『名称を覚える必要はありません』


「最近それ多くないか?」


『重要なのは概念です』


 その点だけは、二人ともよく分かるようになってきた。


 レベルは上がらない。


 新しい戦闘スキルを覚えたわけでもない。


 それでも昨日より、転び方が少し上手くなった。


 それだけでも十分だった。


     ◇


『マスター。もう一つ、改善すべき点があります』


 訓練を終え、部屋へ戻ったところでエーアイが言った。


「今度は何?」


『資金管理です』


 レロスは部屋に置いてある金を見る。


 盗賊の報奨金。


 それまで貯めていた金。


 確かに、以前とは額が違う。


「これが問題?」


『はい。現在、この部屋へ資産が集中しています』


「でも、鍵はかけてるぞ」


『鍵があれば盗難が不可能になるのでしょうか?』


「……ならないな」


『火災など、盗難以外の危険もあります』


「じゃあ、どうする?」


『冒険者ギルドには金銭を預かる制度があります』


「ああ、あれか」


 存在は知っていた。


 ただし利用したことはない。


「でも、手数料取られるぞ?」


『はい』


「預けるだけで金が減るんだぞ?」


『では、質問します。現在の資産をすべてこの部屋へ保管し、盗難によって失った場合の損失はいくらですか?』


「……全部」


『その危険を低減するために費用を支払うと考えてください』


「手数料も必要経費ってこと?」


『はい。リスク管理に必要なコストです』


「全部預ける?」


『それも推奨しません』


「え?」


『日常生活や緊急時に必要な資金まで預ければ、必要なときに即座に利用できない可能性があります』


「じゃあ……」


「分ける?」


 リリィが言った。


『はい。日常的に使用する資金、緊急時に備えて手元へ置く資金、それ以外の資金に分けます』


「なるほど」


『一か所に集中させないことで、一つの問題によってすべてを失う危険を低減します。リスク分散です』


「それは名前も分かりやすいな」


『何よりです』


     ◇


 翌日。


 二人は冒険者ギルドを訪れた。


 手続きを済ませ、当面使う予定のない金を預ける。


 当然、手数料は取られた。


 以前なら「もったいない」と思ったかもしれない。


 だが今は少し違う。


「安全を買ったと思えばいいか」


『完全な安全ではありません』


「分かってるよ」


『ギルドそのものに問題が発生する可能性もゼロではありません』


「だから全部預けないんだろ?」


『はい』


 受付で手渡されたのは、一枚の預り証だった。


 レロスはそれを眺める。


 自分たちが一定額の金をギルドへ預けていることが記されている。


「これも無くしたらまずいな」


『適切に保管してください』


「また管理する物が増えた……」


 リリィが笑う。


「でも、お金が増えたからでしょ?」


「まあ、そうなんだけどな」


 レロスは預り証をしまおうとして、ふと手を止めた。


「なあ、エーアイ」


『はい』


「お前、よく『信用』って言葉を使うよな」


『はい』


「そんな形のないものが、本当にそんなに大切なのか?」


『非常に重要です』


 即答だった。


「でも、金みたいに使えるわけじゃないだろ?」


『直接、貨幣として使用することはできません。しかし信用には経済的な価値があります』


「どういうこと?」


『例えば、見知らぬ人物から「必ず返すので銀貨十枚を貸してください」と頼まれた場合、マスターは貸しますか?』


「貸さない」


『では、長年付き合いがあり、一度も約束を破らず、借りたものを必ず返してきた人物なら?』


「……理由を聞いてから考えるかな」


『その差です』


「それが信用?」


『はい』


 レロスは少し考える。


『相手を信用できなければ、人は危険に備えます。前払いを要求する。保証を求める。契約内容を細かくする。相手を確認するために人や時間を使う。場合によっては、取引そのものを断ります』


「全部、手間が増えるな」


『はい。それらは取引コストの増加につながります』


「取引コスト……」


『本来の取引以外に必要となる費用や手間です』


 リリィが首を傾げた。


「じゃあ、信用があれば?」


『減らせる場合があります』


「約束を守る人なら、いちいち全部疑わなくていいから?」


『その通りです』


「なるほど……」


 レロスは、これまでのことを思い返した。


 依頼を受ける。


 約束した仕事をする。


 報告する。


 報酬を受け取る。


 誰かに手伝ってもらえば、その働きに対価を払う。


 当たり前だと思っていた。


『信用とは、一度の行動だけで作られるものではありません』


「積み重ね?」


『はい。約束を守る。契約を守る。適切な対価を支払う。問題が発生した場合には報告する。そのような行動が蓄積されることで、相手は次の行動を予測しやすくなります』


「こいつなら大丈夫だろう、って?」


『はい』


 レロスは預り証をもう一度見る。


「これも信用になるのか?」


『少なくとも、ギルドがマスターたちから一定額の資産を預かっている事実を証明するものです。それを第三者がどのように評価するかについては、まだ情報が不足しています』


「そっか」


『ただし、信用そのものについて、一つ覚えておくべき特徴があります』


「何?」


『築くには時間がかかります』


「うん」


『しかし、失うときには時間がかからない場合があります』


「……そんなに?」


『一度の重大な契約違反や裏切りによって、それまでの評価が大きく変化することは十分に考えられます』


 レロスは黙った。


 目には見えない。


 財布に入れることもできない。


 数字としてレベルの横に表示されるわけでもない。


 それでも確かに存在する。


「信用も……財産みたいなものなのか」


『そのように考えることもできます』


 レベルは1。


 今日も変わらない。


 だが、身体の使い方を一つ覚えた。


 金を守る方法を一つ覚えた。


 そして、今まで形すら見えなかったものの価値を一つ知った。


 レロスは預り証を丁寧にしまった。


 数字には現れないものが、また一つ増えていた。

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