第16話 想定外
「今日も順調だったね」
「ああ。あとは帰るだけだな」
狩りを終え、レロスとリリィはゾハルへの帰路についていた。
しばらく街道を歩いたところで――。
『マスター。リリィさん。右前方を警戒してください』
エーアイの声色が変わった。
「何かいた?」
『人間と思われる姿を一名確認しました。街道から外れた位置です』
リリィは歩調を変えず、視線だけを右へ向ける。
『木の陰です』
一瞬。
人影が見えた。
すぐに木の奥へ消える。
「……あれか」
『はい。以前ギルドから得た情報と照合すると、警戒する必要があります』
レロスとリリィは顔を見合わせた。
「じゃあ、決めてた通りに」
「うん」
ゾハルへ来てから、二人はこの状況について一度話し合っていた。
もし帰路で不審な人影を見つけたらどうするか。
もし街道で待ち伏せされていたらどうするか。
何も起きていないときに危険を想定し、あらかじめ対応を決めておく。
『リスクアセスメントと危険予知活動。その結果として決めた行動です』
「名前は相変わらず覚えにくいけどな」
『問題ありません。行動を覚えていれば十分です』
そして二人は、何も気づいていないふりをして歩き続けた
◇
「来たぞ」
茂みの奥で男が小さく呟いた。
「二人だけか?」
「ああ。ガキみてえな男と女だ」
「女は剣持ってるぞ」
「冒険者なんだから当たり前だろ」
別の男が笑う。
「狩り帰りだ。荷物もある」
「なら予定通りだ」
これまでにも同じような連中を狙った。
人数の少ない冒険者。
疲れて帰ってくるところを囲む。
武器を見せれば、荷物と金を置いて逃げる者もいる。
抵抗したところで数はこちらが上だ。
「お前、前に出ろ」
「分かった」
一人が茂みを離れた。
◇
『動きました』
エーアイの声。
「分かった」
レロスたちは歩き続ける。
やがて、街道の前方に男が姿を現した。
「よう」
愛想のない声だった。
「ちょっと荷物を見せてもらおうか」
リリィの手が剣へ伸びる。
男も腰の武器へ手をやった。
「抵抗しない方がいいぞ。こっちは――」
その瞬間。
リリィが動いた。
「なっ――」
男が武器を抜き切るより早い。
間合いを詰め、剣の柄を叩き込む。
「ぐっ!」
男がよろめいた。
さらに足を払う。
男は地面へ倒れた。
「レロス!」
「任せろ!」
レロスは荷物から縄を取り出した。
殺す必要はない。
倒れた男の腕を後ろへ回し、素早く縛る。
『左方向。先ほどとは別の人影です』
「リリィ!」
「うん!」
二人目が飛び出してきた。
「てめえ!」
今度は武器を抜いている。
リリィが木の盾で一撃を受けた。
鈍い音。
「っ!」
押される。
相手は体格のいい男だった。
だがリリィも三か月前とは違う。
盾で受けながら半歩下がる。
男がさらに踏み込む。
『《フェイント》を使用するのが有効です』
「分かった!」
リリィの剣が男の顔を狙う。
「うおっ!」
男が反射的に身を引いた。
本命ではない。
崩れた姿勢へ、リリィの盾がぶつかる。
「ぐっ!」
男が地面へ転がった。
レロスも走る。
「二人目!」
縄をかける。
だが――。
『マスター。状況を修正します』
「何?」
『新たに二名を確認しました』
「……四人?」
『いいえ』
一瞬、間があった。
『さらにもう一名。合計五名である可能性が高いです』
「五人!?」
想定は二、三人だった。
実際には五人。
すでに二人を倒している。
残り三人。
「まずいな」
『はい。当初の想定より危険度が高いと判断します』
「逃げる?」
リリィが聞く。
レロスは考えた。
逃げることもできる。
だが、二人を捕まえている。
残り三人がまとまって来れば危険だ。
「……いや」
レロスは周囲を見る。
「向こうは、まだ俺たちが人数に気づいたって知らないんじゃないか?」
『その可能性はあります』
「だったら――」
◇
「遅くねえか?」
三人の男が顔を見合わせた。
「そろそろ報告が入るはずだろ」
「何やってんだ?」
「おい、お前見てこい」
「俺が?」
「様子見るだけだ。早くしろ」
「……分かったよ」
一人が不満そうに立ち上がった。
残った二人は動かない。
◇
『一名だけ接近しています』
「一人?」
『はい』
レロスは思わずリリィを見た。
リリィも気づいたらしい。
「こっちが二人倒したの、分かってない?」
「たぶん」
『戦力の逐次投入です』
「また何か出た」
『本来まとめて使用できる戦力を、少数ずつ投入することで、数的優位を生かせなくなる状態です』
「……それ、今の俺たちにはありがたいな」
『はい。ただし、相手が今後も同じ行動を取る保証はありません』
「分かってる」
三人目の足音が近づく。
レロスは捕まえた二人を道から外れた位置へ引っ張った。
「リリィ、さっきと同じにはしない」
「どうする?」
「あいつ、仲間を探しに来るんだろ。だったら――」
レロスは短く説明する。
リリィが頷いた。
◇
「おい!」
三人目の男が現れた。
「どこ行きやがった!」
返事はない。
「おい!」
さらに進む。
地面ばかり見ていた。
倒れた仲間を探している。
だから、横への注意が遅れた。
「今!」
レロスの声。
「え?」
茂みからリリィが飛び出す。
「な――!」
盾を叩きつける。
男が体勢を崩した。
そこへレロスが足元へ飛び込む。
直接戦う必要はない。
相手の足へ縄を絡ませ、全力で引く。
「うおっ!」
男が転倒した。
リリィがすぐに剣を突きつける。
「動かないで」
「くそっ……!」
三人目。
残り二人。
「……いける」
レロスが呟いた。
『マスター。注意してください』
「分かってるよ」
『現在の成功によって、危険を過小評価する可能性があります』
「俺たちも油断するなってことだろ?」
『はい。確証バイアスや過信によって、自分に都合の良い情報だけを重視する危険があります』
「じゃあ、次も一人で来るとは思わない」
『適切です』
レロスはリリィを見る。
「まだ動ける?」
「大丈夫。でも、少し疲れた」
「なら長引かせない」
◇
「おかしい」
残った二人も、ようやく異変を理解した。
「三人とも戻ってこねえぞ」
「やられた?」
「まさか」
「でも――」
「二人で行くぞ」
今度は二人。
◇
『二名。同時に接近しています』
「やっぱりな」
「どうする?」
レロスは周囲を見る。
今度は一人ずつ倒すことはできない。
そしてリリィは疲れている。
正面から二対二。
それでも戦力はこちらが上――。
そう思いかけて、やめた。
「エーアイ。逃げ道は?」
『後方の街道は現在確認できる範囲では安全です』
「よし」
「逃げるの?」
「逃げられるようにしてから戦う」
勝てると思うことと、逃げ道をなくすことは別だ。
『多重防護として適切です』
「それは後で教えてくれ」
『承知しました』
二人の男が姿を現した。
「てめえら!」
仲間が縛られているのを見て、ようやく状況を理解したらしい。
「やりやがったな!」
二人が同時に武器を抜く。
「リリィ!」
「うん!」
一人目をリリィが盾で受ける。
もう一人が横から回り込む。
「行かせるか!」
レロスが短剣を抜いた。
勝つ必要はない。
リリィへ向かわせなければいい。
「邪魔だ!」
「うわっ!」
一撃を避ける。
怖い。
まともに食らえば終わる。
レベル一。
それは何も変わっていない。
だからこそ、無理はしない。
「リリィ!」
「分かってる!」
盾で相手を押し返したリリィが動く。
《フェイント》。
相手の防御がずれる。
踏み込み。
剣の腹で腕を打つ。
「ぐあっ!」
武器が落ちた。
一人。
リリィがこちらへ走る。
「二対一になったぞ!」
「くそっ!」
最後の男が周囲を見る。
仲間は全員倒れている。
戦意が切れた。
武器を捨てた。
「降参だ!」
◇
「……疲れた」
「俺も」
五人の男たちを縛り終え、レロスは地面へ座り込んだ。
リリィも隣に座る。
「最初、二、三人だと思ってたのにね」
「ああ」
『現場で得られる情報によって、事前の想定を変更する必要があります。これを動的リスクアセスメントと呼びます』
「また長い名前が出た……」
「でも今回は分かりやすいかも」
リリィが笑った。
「最初に決めたことにこだわらない、でしょ?」
『概ねその理解で問題ありません』
「じゃあ、こいつらどうする?」
レロスは縛られた五人を見る。
『ギルド、あるいはゾハルの衛兵へ引き渡すことを推奨します』
「報酬とか出るかな?」
『不明です』
「そこは分からないのか」
『はい。確認してください』
「そうだったな」
レロスは立ち上がった。
事前に危険を知っていた。
だから警戒できた。
警戒していたから、最初の一人を見つけられた。
だが、想定した人数は外れた。
相手が一人ずつ来ることも、最後まで続かなかった。
情報があれば、何でも分かるわけではない。
準備をすれば、予定通りになるわけでもない。
それでも。
知っていること。
現場で見つけたこと。
そして、自分たちで考えたこと。
その一つ一つが、生きて帰るための手札になる。
「よし。帰ろう」
「うん」
『マスター。一点問題があります』
「今度は何?」
『五名を二人でゾハルまで運ぶ方法を検討する必要があります』
「……あ」
レロスは縛られた五人を見る。
リリィも見る。
「どうしよう?」
「……そこから考えるか」
戦いには勝った。
だが、冒険はそれで終わりではなかった。




