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第12話 新天地へ

 リリィの体調が回復し、レロスの部屋にも以前のような活気が戻ってきた。


「ねえ、レロス。そろそろ私も仕事を始めたいんだけど」


「そうだな。もう普通に歩けるし、そろそろ大丈夫かな」


 朝食を終えたリリィが、期待に満ちた表情で尋ねてきた。


 レロスも同じ気持ちだった。


 リリィの剣術に、スキル『共感』。そしてエーアイの知識が加われば、今までとは違う冒険ができるかもしれない。


「よし! じゃあ今日はギルドで、二人でも受けられそうな依頼を探してみるか!」


『マスター。その前に、一つ確認しておきたいことがあります』


「ん? なんだ?」


『今後もガレオンを拠点として活動するおつもりですか?』


「そりゃあ……今はここに住んでるしな」


『では、リリィさんが以前所属していたパーティーの活動拠点を確認してください』


「……ああ、そうか」


 レロスはリリィに向き直った。


「リリィ。前のパーティーって、今もガレオンで活動してるのか?」


「うん。モヒートは、この街を拠点にしてるわ」


「やっぱりか……」


 レロス自身、最後に追放されたオクトーもガレオンを拠点としている。


『二つのパーティーと接触する可能性があります。特にリリィさんについては、以前の仲間が生存を知った場合、どのような反応を示すか不明です』


「……そうだよな」


 リリィは傷ついた状態で見捨てられていた。


 その詳しい事情を、レロスはまだ聞いていない。


 だが、彼女をあんな場所に置き去りにした連中と、わざわざ顔を合わせる必要はないだろう。


「なあ、リリィ。別の街に行かないか?」


「……別の街?」


「ああ。俺もこの街には、あまりいい思い出がないんだ」


「でも、レロスはここで仕事を見つけたんでしょう?」


「そうだけど、仕事なら別の街でも探せるさ」


『移転先の雇用状況は、まだ確認できていません』


「……今から調べるんだよ!」


 リリィがくすりと笑った。


「私はいいわよ。レロスと一緒なら」


「そっか。じゃあ決まりだな!」


『では、移転先の選定から始めましょう』


     ◇


 その日の午後、二人は冒険者ギルドを訪れた。


 目的は、新しい活動拠点を探すことだ。


 受付で周辺都市の情報を尋ねると、職員が街道地図を広げてくれた。


「ガレオンから離れていて、冒険者の仕事が多い街ですか?」


「はい。できれば、商隊がよく行き来するところがいいんです」


「それなら、いくつか候補がありますね」


 職員は地図の上を指でなぞった。


 レロスは説明を聞きながら、街の位置や特徴をエーアイに伝えていく。


『マスター。候補地について、冒険者向けの依頼数と生活費も確認してください』


「分かった。あの、家賃とか物価も知りたいんですけど」


「ずいぶん慎重ですね」


「……引っ越してから困りたくないので」


 職員は納得したようにうなずいた。


 いくつかの都市について話を聞いたあと、レロスの目が一つの名前で止まった。


「……ゾハル?」


「ええ。国境に近い辺境の拠点都市です」


 職員の説明によれば、ゾハルはガレオンからかなり離れた場所にある。


 隣国と国境を接しているため、王国軍の部隊が駐留し、城壁や防衛施設も整備されているという。


「辺境なのに、結構大きな街なんですね」


「軍の人たちも暮らしていますし、商人の出入りも多いですからね。それに、周辺には魔物が多いんですよ」


「魔物が?」


「ええ。討伐や採集の依頼は豊富です。冒険者にとっては仕事の多い街ですね」


 レロスはリリィと顔を見合わせた。


「……どう思う?」


「悪くないと思う。私も、魔物の討伐なら仕事ができるし」


『商業活動と冒険者活動の両立が期待できます。ただし、現地の状況については追加の確認が必要です』


「そうだな」


 レロスは職員に尋ねた。


「ゾハルに向かう商隊って、ありますか?」


「ありますよ。ちょうど数日後に出発する商隊が、護衛と雑用係を募集しています」


「……本当ですか!?」


 思わぬ好機だった。


     ◇


「つまり、移動しながらお金も稼げるってことか!」


 ギルドの掲示板を前に、レロスは目を輝かせた。


『はい。移動を単なる支出ではなく、収入を得る機会として利用する方法です』


「なるほどなあ……」


 募集内容を確認すると、商隊にはすでに複数の護衛が同行する予定だった。


 追加で必要としているのは、荷物の積み下ろしや管理を手伝う雑用係と、護衛の補助要員だ。


「俺は雑用係なら慣れてるし、リリィは護衛だな」


「うん。もう体調も戻ってきたし、大丈夫よ」


「でも、無理はするなよ」


「分かってるってば」


 リリィは少し頬を膨らませた。


 レロスは受付で契約内容を確認した。


 仕事の範囲、報酬、食事の扱い、途中で問題が起きた場合の取り決め。


 以前なら、言われるままに契約していたかもしれない。


 だが、今は違う。


『マスター。契約内容を確認する習慣が身についていますね』


「まあな。失敗したからこそ、覚えたこともあるさ」


 こうして二人は、ゾハル行きの商隊に同行することになった。


 しかし、エーアイの提案はそれだけでは終わらなかった。


『マスター。目的地が決まったのであれば、追加で収入を得る方法も検討できます』


「……まだあるのか?」


『まず、ゾハルへ届ける荷物や書状の依頼がないか確認してください』


「ああ! 配達の依頼か!」


 レロスは再び受付に向かった。


 確認すると、ゾハルのギルド支部へ書状を届ける依頼が一件見つかった。


 商隊の責任者にも確認し、同行中の仕事に支障がないことを確かめてから受注する。


「よし、これで追加の報酬も確保だ!」


『もう一つあります』


「……まだ!?」


『転売です』


「ああ、なるほど!」


 以前、薬草の売買で利益を得たことを思い出す。


 ガレオンで安く手に入り、ゾハルでは需要がありそうな品物を探せばよいのだ。


「でも、ゾハルの相場なんて分からないぞ?」


『そのとおりです。まずは商人から情報を集め、少量だけ試すことを提案します』


「よし。じゃあ調べてみよう!」


 その後、レロスは市場を回り、ゾハルとの取引経験がある商人から話を聞いた。


 辺境では、丈夫な布や裁縫用品などの日用品が比較的よく売れるらしい。


 もっとも、現地でいくらになるかは分からない。


 そこでレロスは、持ち運びやすい裁縫用品を少量だけ仕入れることにした。


「これなら売れなくても、大損にはならないな」


『はい。利益が出る保証はありませんが、損失を限定した試験的な取引としては妥当です』


「……なんだか商人みたいになってきたな、俺」


「ふふっ。冒険者なのにね」


「いいんだよ。稼げるなら何でも!」


 リリィも楽しそうに笑った。


     ◇


 出発まで、あと二日。


 レロスは最後の準備に取りかかっていた。


「さて、次はリリィの変装だな」


「……変装?」


「ああ。街を出るまでに、前のパーティーに見つからないようにしたいんだ」


『特に髪の色と髪型は、人物を識別する際の手がかりになりやすいと考えられます』


「なるほど。じゃあ、髪を染めるか」


「……えっ?」


 リリィは自分の青い髪に触れた。


「ずっと染めたままなの?」


「いや、一時的なものでいいと思う。向こうに着いたら元に戻せばいいし」


「それなら……」


 レロスは市場で安価な染色剤を購入した。


 髪を傷めにくく、何度か洗えば落ちるという品物だ。


 翌日。


「……どう?」


 リリィがフードを少し持ち上げた。


 いつもの青い髪は、落ち着いた緑色に変わっている。


 髪型も片側で束ねるのをやめ、後ろでまとめていた。


「おお……!」


 レロスは思わず声を上げた。


「全然印象が違うな!」


「……変じゃない?」


「いや、似合ってると思うぞ」


「……そ、そう?」


 リリィは少しうつむいた。


「それにフードを被れば、まず気づかれないんじゃないか?」


『発見される可能性を下げる効果は期待できます。ただし、完全に識別を防げるわけではありません』


「分かってるって」


「……レロス」


「ん?」


「……ありがとう」


「何が?」


「いろいろ考えてくれて」


 レロスは少し照れくさくなった。


「俺だって、あいつらとは会いたくないからな」


「……うん」


 リリィは小さくうなずいた。


     ◇


 出発の前夜。


 二人は荷物をまとめ、部屋の中を見渡していた。


 借りてから、まだそれほど時間は経っていない。


 それでも、レロスにとっては大切な場所だった。


 自分の力で稼ぎ、初めて借りた部屋。


 そして、リリィと出会ってからは、二人で食事をした場所でもある。


「……ちょっと寂しいな」


 レロスがつぶやくと、リリィもうなずいた。


「私も。短い間だったけど、ここで過ごせてよかった」


「まあ、向こうでも頑張ればいいさ」


「うん」


 レロスは荷物を確認しながら、これからの生活を考えた。


「ゾハルに着いたら、まずは住む場所を探さないとな」


「そうね。今度は私も働けるから、少しは余裕ができると思う」


「ああ。でも、最初から無理はするなよ」


「もう大丈夫だってば」


 リリィは笑った。


「それと……落ち着いたら、相部屋も早く解消できるようにするから」


「……え?」


「いや、ずっと同じ部屋じゃ不便だろ? 今は仕方ないけどさ」


「……気にしなくていいのよ」


「でも、リリィだって自分の部屋があった方が――」


「それに……」


「それに?」


 リリィは少しだけ視線をそらした。


「……一緒にいるの、嫌いじゃないから」


「……そ、そうか」


「うん」


 妙な沈黙が流れた。


 レロスは何となく落ち着かず、荷物の紐を結び直した。


『マスター。先ほどから同じ紐を三回結び直しています』


「……うるさいな!」


「ふふっ」


 リリィが楽しそうに笑った。


     ◇


 翌朝。


 ガレオンの東門には、ゾハルへ向かう商隊の馬車が並んでいた。


 レロスは荷物を積み込み、リリィは護衛の責任者に挨拶を済ませた。


 やがて出発の合図が響く。


 ゆっくりと動き始める馬車。


 レロスは振り返り、遠ざかっていく街を眺めた。


 ガレオン。


 何度も追放され、何度も悔しい思いをした街。


 それでも、エーアイとともに生活を立て直し、リリィと出会えた街でもある。


「……行くか」


「うん!」


 隣でリリィが笑った。


『マスター。新天地での活動について、引き続き支援いたします』


「ああ。頼りにしてるぞ、エーアイ」


『承知しました』


 レロスは前を向いた。


 目指すのは、辺境の拠点都市ゾハル。


 そこには、まだ知らない仕事があり、魔物がいて、新しい出会いが待っているはずだ。


 レロスのレベルは、相変わらず1のまま。


 それでも、今は一人ではない。


 リリィとエーアイ。


 二人の頼もしい仲間とともに、レロスの新しい冒険が始まろうとしていた。

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