閑話 オクトー(1)
「おい、まだ終わらねえのか!」
ガルドの苛立った声が森に響いた。
「ちょっと待てって。こいつ、思ったより重いんだよ」
仲間の一人が、討伐した魔物の素材を背負い袋へ押し込みながら答える。
「だったら余計なものを捨てろ。日が暮れるぞ」
「そう言ったってな……」
オクトーがレロスを追放してから、しばらくが経っていた。
だからといって、彼らが冒険者として活動できなくなったわけではない。
レロスはレベル1。
戦闘ではほとんど役に立たなかった。
魔物との戦いでは、いつも後ろにいた。
そんな人間が一人抜けたところで、オクトーの戦力には大した影響などない。
実際、討伐そのものは問題なくこなせていた。
問題があるとすれば、その後だった。
「おい。予備の袋は?」
「もう使ってる」
「ロープは?」
「お前が持ってきたんじゃないのか?」
「俺じゃねえよ」
「じゃあ誰だよ」
誰も答えなかった。
以前なら、こんなことで揉めることはなかった。
必要な道具はいつの間にか揃っていたし、荷物もまとめられていた。
討伐した魔物から素材を回収すれば、それを運ぶ人間もいた。
だが、今はいない。
「……チッ。面倒くせえな」
ガルドは舌打ちした。
結局、その日は価値の低い素材をいくつか森に残して帰ることになった。
◇
「ポーターを雇うぞ」
数日後。
冒険者ギルドで、ガルドは仲間たちにそう告げた。
「ポーター?」
「ああ。荷物持ちだ。毎回俺たちがこんなことやってられるか」
反対する者はいなかった。
戦える冒険者が荷物運びに時間を使うなど馬鹿らしい。
荷物持ちなら、安く雇えばいい。
レロスだってそうだった。
受付で確認すると、依頼ごとに臨時のポーターを斡旋する仕組みがあるという。
条件を決め、ギルドを仲介して契約する。
「報酬はこれだけ必要なのか?」
「規定の範囲内です」
提示された金額を見て、ガルドは顔をしかめた。
レロスに渡していた金より高い。
とはいえ、背に腹は代えられない。
「まあいい。適当な奴を寄越してくれ」
翌日。
オクトーの前に現れたのは、冒険者になって間もない若者だった。
まだ装備も安物ばかりだ。
いかにも駆け出しという姿だった。
「本日、ポーターを担当します。よろしくお願いします!」
緊張した様子で頭を下げる。
ガルドは軽く手を上げただけだった。
「荷物を運べりゃいい。俺たちの邪魔だけはするなよ」
「はい!」
その日の依頼は問題なく終わった。
戦闘はオクトーが担当し、若者は後方で荷物を管理する。
帰りには回収した素材も運ばせた。
多少手際の悪いところはあったが、初めてならこんなものだろう。
そしてギルドへ戻り、報酬を分配する段階になった。
「ほら」
ガルドが硬貨を差し出した。
若者はそれを受け取り、数える。
その手が止まった。
「あの……足りません」
「あ?」
「契約した報酬より少ないです」
「お前、今日どれだけ俺たちの手を煩わせたと思ってんだ?」
「え?」
「途中で何度も待たせただろ。素材の扱いだって雑だった。飯も食ったよな? その分を引いたんだよ」
「でも……」
若者は困惑しながらも、腰の鞄から一枚の紙を取り出した。
「契約書には、そんなこと書いてありません」
ガルドの眉が動いた。
「何?」
「報酬はこの金額です。それに、食事代を報酬から差し引くとも書いてありません」
「お前なあ……」
ガルドの声が低くなる。
以前なら、これで終わっていた。
レベルの低い新人。
経験もない。
強い冒険者に睨まれれば、大抵は黙る。
だが、若者は契約書を握ったまま引かなかった。
「講習で教わりました」
「講習?」
「依頼を受ける前に、報酬と契約内容を確認するようにって。契約にないことを後から言われた場合は、ギルドに相談していいって」
「ごちゃごちゃうるさいんだよ!」
ガルドは吐き捨てるように言った。
「いいから、それで我慢しろ」
「でも、契約と違います」
「しつけえな!」
ガルドが若者の胸ぐらをつかんだ。
「俺たちはな、お前みたいな駆け出しとは違うんだよ。今日だって俺たちが魔物と戦ってる間、お前は後ろで荷物を見てただけだろうが!」
「それが契約した仕事です!」
「口答えすんな!」
突き飛ばされた若者が床へ倒れた。
周囲が静まり返る。
そこがどこなのか。
ガルドは、その瞬間まで忘れていた。
冒険者ギルドの中だった。
◇
「……ふざけんなよ」
ギルドを出たガルドは、不機嫌そうにつぶやいた。
結局、誤魔化そうとした分の報酬は全額支払うことになった。
それだけではない。
ギルドが斡旋した仕事で契約内容と異なる減額を行おうとしたこと。
さらに抗議したポーターへ暴力を振るったこと。
治療費に加え、賠償金まで支払う羽目になった。
「ちょっと押しただけじゃねえか」
「倒れて怪我したんだから仕方ねえだろ」
「お前、どっちの味方だ?」
「そういう話じゃねえよ」
幸い、オクトーが活動できなくなるほどの金額ではない。
何度か依頼をこなせば取り戻せる。
ガルドも、そう考えていた。
だが――。
失ったものは、金だけではなかった。
ギルドが仲介した仕事で起きた問題である。
しかも、冒険者ギルドの中で起きた。
隠せるはずもなかった。
「あれがオクトーか」
「ポーターの報酬を誤魔化そうとしたんだろ?」
「それで揉めて殴ったらしいぞ」
「ギルド斡旋の奴にか? 馬鹿だろ」
数日もしないうちに、話は広まっていた。
尾ひれがついた話もあれば、おおむね事実そのままの話もある。
どちらにせよ、結果は変わらない。
「専任のポーター?」
「ああ。できれば長く組める奴がいい」
「……今のところ、希望者はいませんね」
受付の返答に、ガルドは顔をしかめた。
「この前は何人かいるって言ってただろ」
「候補者には条件を伝えました。ただ……」
受付が言葉を濁す。
「全員から辞退の連絡がありました」
「全員?」
「はい」
「なんでだよ!」
受付は答えなかった。
答える必要もなかった。
冒険者にとって、信用は大切だ。
命を預ける仲間。
仕事を依頼する者。
依頼を仲介するギルド。
物資を売る商人。
そして、共に仕事をするポーター。
金を払うか分からない。
契約を守るか分からない。
抗議すれば暴力を振るわれるかもしれない。
そんな相手と、わざわざ組みたがる者はいない。
報酬を少し上げても状況は変わらなかった。
◇
「クソッ!」
帰り道。
ガルドは苛立ちながら荷物を担いでいた。
「なんで俺たちがこんなもん運ばなきゃならねえんだよ」
「ポーターがいねえんだから仕方ないだろ」
「だったら、また臨時で雇えばいい」
「ギルドに頼んだけど断られた」
「は?」
「今は紹介できる奴がいないってさ」
正確には、紹介できる人間がいないのではない。
オクトーの依頼を受けたがる人間がいないのだ。
今回も討伐自体には成功した。
戦闘で大きな失敗をしたわけでもない。
オクトーは以前と変わらず戦える。
なのに、妙に疲れる。
依頼に時間がかかる。
持っていける物資は減り、持ち帰れる素材も減った。
「……なあ」
仲間の一人が、ふと口を開いた。
「なんだよ」
「レロスってさ」
その名前に、ガルドが眉をひそめる。
「あいつ、戦えなかっただけで……結構な量の仕事してなかったか?」
誰もすぐには答えなかった。
荷物を運ぶ。
必要な道具を揃える。
使ったものを片づける。
素材をまとめる。
野営の準備をする。
戦えない。
役立たず。
だから追放した。
そのはずだった。
ガルドは背負った荷物を担ぎ直した。
「……まさかな」
そう言って、歩き続けた。




