第12話 プロの矜持、一流の劇場
小学校の廊下にずらりと整列した、日本最高峰のプロのソリストと超一流 の振付師たち。
教頭や先生たちが腰を抜かしてパニックに陥る中、俺は前世の営業マン時代の名残である、隙のない丁寧な口調で彼らに歩み寄った。
「本日はお忙しい中、このような突飛な企画にお集まりいただき感謝いたします。全体の趣旨といたしましては、卒業記念の学年合同発表会として、児童の主体性を重んじた――」
「――聡そういうのはいいから」
美香の冷徹な一言が、俺のビジネスライクな説明を遮った。
彼女は俺の前に進み出ると、世界を回ってきた百戦錬磨のプロの大人たちを真っ着実に見据え手加減もない剥き出しの本音をぶつけた。
「私は、聡の木琴が大人たちに『小学生のわりに頑張ったね』って舐められるのが、最高に許せない。だから、力を貸してください」
美香は深く、直角に頭を下げた。
四十代の俺が保身や組織の調整でこねくり回していた綺麗事の書類なんて、彼女にとっては最初からどうでもよかったのだ。
ただ、俺の音を世界で一番高い場所に引き上げる。
その狂気的な熱量だけが、彼女を動かしていた。
美香は顔を上げると、自分でノートに完全に書き殴っていた全体の構成案を千晃さんたちに差し出した。
「ここに大方の演出方法と、合唱とダンスの構成を書いてあります。もしよろしければ、この後の学年集会で、プロの皆さんの演奏やダンスを、三百人の生徒たちの前で『軽く実演』して、みんなのやる気を出してほしいんです」
美香のその言葉を聴いた瞬間、それまでどこか「指揮者殿の娘に脅迫されて仕方なく来た」という風だったプロの大人たちの目が、一瞬で鋭い「表現者の眼光」へと切り替わった。
千晃さんが、美香の手から演出ノートを奪い取るようにして受け取り、パラパラと目を通す。
その唇が、不敵に、そして呆れたように吊り上がった。
「……甘いわね、お嬢ちゃん」
千晃さんはノートを閉じると、美香の額を人差し指で小突いた。
「私たちが人前で見せる演技や演奏に、『軽く』なんて言葉があるわけないでしょ。それから、力を『貸して』じゃないわ。やるなら、この小学校を本物の劇場にしてあげる」
千晃さんは、後ろに控えていたプロのアーティストたちに向かって、鋭く声を張り上げた。
「全員集合!! これより舞台全設、本番同様のクオリティで入ります! あなたたちは音響と音割りの最終確認! そして――」
千晃さんは俺と美香を振り返り、手元に持っていたマレットと、お父さんから譲り受けたタクトをそれぞれの胸にドン、と押し当てた。
「三百人の子どもたちの心を本当に震わせて、本気で巻き込みたいなら、大人の演奏なんて見せても意味がない。……あなたたち二人の、あの魂を削り合うようなソロを、ここで今からやってみなさい。そっちの方が、絶対にみんなの胸に届くから」
頭を殴られたような衝撃が走った。
プロの大人たちは、美香の書いた型破りな演出プランの「本気度」に、自分たちのプロとしての矜持で応えようとしていたのだ。
「……やってやろうじゃん」
美香が、タクトをぎゅっと握り締め、狂気的な楽しげな目を俺に向けた。
「ほら、プロデューサー。お膳立てはプロの皆さんがしてくれたわ。あとは私たちが、三百人の同級生たちの度肝を抜くだけよ」
学年集会のチャイムが鳴る。
体育館の重い扉が開き、十クラス、三百人のマンモス校の六年生全員が、何が始まるのかとザワつきながらドカドカと入場してくる。
その三百人の同級生たちが目撃したのは、小学校の体育館であるはずの場所が、超一流のスタッフとプロのアーティストたちによって、一瞬にして冷徹で重厚な「劇場」へと変貌している異様な光景だった。
そして、そのステージの真ん中に、タクトを掲げた美香と、マリンバの前に立つ俺がいる。
五百人の大人の噂を、三百人の同級生たちの外堀を、そして世界規模のメディアの怪物をすべて背負ったまま、俺たちの、三百人を地獄の熱狂へと引きずり込むためのファーストタッチが、いま放たれようとしていた。




