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初恋のつもりが初恋されてた 主人公のつもりが主役にされてた• 【音楽タイムリープ劇/完結済み】  作者: 癒されたい年頃


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第10話 型破りのコンチェルト、あるいは総帥の命令

「……普通のオーケストラなんか、絶対にやらないから」



 洋館のレッスン室の真ん中で、美香はタクトを強く握り締め、冷徹と言っていいほどの澄んだ声で言い放った。



 卒業の春、地方文化ホールのこけら落とし公演。



 楽団をゼロから作れという大人たちの無理難題に対し、中身が四十代の俺が「小学生の寄せ集めでシンフォニーなんて無理だろ」と絶望している横で、彼女が見据えている地平は、俺の遥か先を走っていた。



「どういう意味だ? オーケストラを作るんじゃなかったのか」



「普通にやったんじゃ、大人は喜ぶかもしれないけど、終わったあとに『小学生のわりには頑張ったね!』って、あの最高に悔しい評価しかしてこないわ。……私のあの木琴が、そんな生温かい扱いをされたら、私、本気で泣く。絶対に許さない」



 美香の瞳の奥で、傲慢なまでの芸術的野心がギラギラと燃え盛っていた。



「なら、どうするんだよ……」



 もはやどっちがこの人生の主役なのか分からない有様に、俺の口からは力のない声が漏れる。



「合唱も、ダンスも、演奏も、全部やればいいのよ!!」



 美香は、目の前の空間を切り裂くようにタクトを鋭く突き出した。



「音楽って、決まった役割はあるけど、本当は自由なものでしょう!? パパからいつも言われてるの、型にはまるなって! クラシックの形に囚われて縮こまる必要なんてどこにもないわ。大人がぐうの音も出ないような、誰も見たことがない総合芸術(エンターテインメント)で、あのホールのステージを完全に支配してやるのよ!」



 言葉を失った。



 バタフライ・エフェクトを恐れ、大金は稼がず、目立たない木琴のろしろに隠れて「引き算の人生」をスマートに送ろうとしていた四十代の俺のちっぽけな保身など、十代の少女の放った「自由」という名の爆弾によって、木端微塵に吹き飛ばされた。



 彼女は、お父さんである世界的な指揮者の血を引く、本物の「型破りの怪物」として覚醒してしまったのだ。



 しかし、驚愕する俺に向かって、美香はツンと顎を上げ、最高に強気な笑みを浮かべてトドメを刺した。



「というわけで、方向性は決まったわ。……さあ、六年制のガキども三百人と、お堅い先生たちの説得は任せたよ、聡?」



「……は?」



「私が音楽の総帥。あんたは私のプロデューサーなんだから、当然でしょ? 楽団のメンバーを引きずり出して、学校の許可をもぎ取ってきなさい。……できるわよね? 聡」



 耳を疑った。



 世界を驚かせるような、合唱とダンスと音楽を融合させた前代未聞の小学生楽団。


 そのグランドデザインを打つのは彼女だ。



 だが、そのために泥をすすり、三百人のマンモス校の同級生たちを一人ずつ口説き落とし、頭の固い小学校の職員室を大人の交渉術で丸め込んでくるという実務は、すべて俺の肩にドサリと乗せられたのだ。



 お袋が流した「将来を約束した二人の親同士の顔見せ」という八百人のデマ。


 メディアが勝せて祭り上げた「天才少年少女の愛の楽団」というストーリー。



 そして、目の前で「浮気は許さない、あんたは一生私のタクトだけを見ていればいい」と、世界ごと俺を檻に閉じ込め、楽器を丸投げしてくる美香の狂気。



 俺は、完璧に、完璧に主役にされていた。



 主人公のツラをしてタイムリープ人生の舵を握っていたつもりが、気づけば俺は、彼女の描く壮大な叙事詩の中で、一番過酷な労働を強いられる主役に仕立て上げられていたのだ。



(……やってやろうじゃねえか。奴には勝てねぇけど、大人の交渉術なら、職員室の教頭くらい一瞬で丸め込んでやる。すべては、あの木琴の音を、世界で一番高い場所で響かせるためだ!)



 諦めと、開き直り。


 そして音楽ジャンキーとしての奇妙な高揚感が、俺の胸の中でぐちゃぐちゃに混ざり合う。



 小学校最後の最高学年、六年一組。



 美香という名の若き独裁者が率いる「型破りの帝国」を、泥臭く現実のものにするための、俺たちの壮絶なプロデュースの幕が、いま上がろうとしていた。

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