第98話、内地の第一航空艦隊
連合艦隊は、MI作戦に向けて準備を進めていた。
その先鋒である第一航空艦隊は、4月下旬にインド洋から内地に戻って以来、上も下もドタバタしていた。
真珠湾攻撃に始まり、西へ東へ飛び回り、艦のドック入りさえ叶わないほど活動を続けた機動部隊である。
艦のメンテはもちろん、乗組員たちも疲れを隠せなかった。やっと一息つけるかと思えば、積もり積もった後処理と人事異動に巻き込まれ、経験豊富なベテランが減り、新人が配属されてきた。
「おう、源田、おるか?」
艦隊幕僚事務補佐、第一航空艦隊総隊長、淵田 美津雄中佐は、同期である源田 実中佐を訪ねた。
第一航空艦隊航空参謀の源田は机の前の書類の山を格闘していた。
「なんや、ここんとこ、ずっと書類整理かいな」
「第一段作戦の後始末というやつだ」
源田は、わずかに苛立ちのこもった声を出した。書類から顔をあげず、字を書く手も止めない。
「貯まっているんだ。処理しておかないと、いつまで経っても片付かない」
「ほーん、大変やな」
淵田は、自身のチョビ髭を撫でた。
「でもええんか? もう半月もしたら、MI作戦や。終わった話にかまけとらんと、来月の戦いのことも考えんと」
「わかってはいる」
源田は、そこで手を止めた。
「だが、これもやらないわけにもいかない。……何なら代わるか?」
「アタタ、腹の具合が……」
淵田は腹を押さえるジェスチャーをする。源田はため息をつくと、書類に向き直った。
「ミッドウェーのことは考えないといけないが……まあ、何とかなるんじゃないか」
珊瑚海での戦いで、第五航空戦隊が被害を被った。それによりMI作戦には同行できないが、代わりに第一航空艦隊には、六航戦の『蒼鷹』『翠鷹』、そして『飛鶴』が加わる。2隻減って、3隻増えた。
「アメリカは、エンタープライズとホーネット、あとはワスプが出てくるかもしれんが、それでも空母は三杯だ。こちらはその倍の空母がある」
正面からぶつかっても、負ける要素が見つからない。
「いや、六航戦がどこまで頼りになるか、というのが不安要素ではある」
魔技研、そして特破隊から回された戦力は、これまでと一味も二味も違うので、扱いについては少し面倒なところもある。
「それでも、歴戦の赤城、加賀、蒼龍、飛龍があるんだ。それでも4対3、どうにでもなる」
よほど運に見放さなければ。
源田は、この戦力で、予想される敵空母群を撃破できると確信していた。新人の多かった五航戦ですら、レキシントン、ヨークタウンをやっつけられたのだ。中国大陸以来のベテラン揃いの一、二航戦が負けるわけがなかった。
「……で、用件は?」
「いや、源田が忙しそうやから、また今度にするわ。お仕事、ご苦労さん」
淵田はからかうように友人にそう告げると退出した。本当は、MI作戦のことで少し話をしたがったが、源田はそれどころではなさそうであった。
しばし艦内をぶらついていると、草鹿 龍之介参謀長と遭遇した。
「お、これは参謀長。……お出かけですか?」
「海軍省に」
草鹿はわずかに眉をひそめた。
「戦死した航空機搭乗員の特進問題について協議するためだ」
「あぁ……」
淵田は察した。真珠湾攻撃に参加し、帰ってこなかった部下たち、戦友たち。
「頼んます。残された家族が、少しでも多く貰えるにしてやってください」
「そのつもりだ」
死んだ者、残された者。戦死した搭乗員は国のために倒れた。彼らに報いてやらねばならない。戦死した際に階級が上がれば、遺族が受け取るお金も増える。二階級特進……これらは当人たちより、残された家族らのため、というのが強い。
これをやらねば、搭乗員の士気に関わる。
草鹿は口には出さないが、淵田らパイロットたちの士気問題に影響するとなれば、関係各省を走り回らねばならなかった。――本当は、こんなことをしている場合ではない気もするが。
MI作戦の細部の検討を行い、問題点の洗い出しとその解決をしなくてはならない。それでなくても、新人が艦や航空機に馴染むまでの時間を考えても、作戦までの余裕がなさ過ぎる。
不満もあるが、後処理を含めてやらねばならないことが多すぎた。
「では、行ってくる」
「いってらっしゃい」
淵田は、敬礼と共に草鹿を見送った。参謀長にはぜひに、海軍のお偉いさんたちに搭乗員の貢献を伝え、戦友たちの死に報いてもらいたい。
「……しかし」
草鹿が去った後、淵田は腕を組む。
MI作戦の日時が迫っているのに、第一航空艦隊で作戦のことを考えている者がいないのではないか? 淵田は不安になる。
一航艦のことを、源田艦隊と揶揄している者がいるという。
司令長官の南雲 忠一中将は水雷屋で、航空についてはド素人。故に航空作戦は、参謀長の草鹿と、航空参謀の源田が取りまとめている。発案、実行に至ってはほぼ源田がやっているようなものであるが、その源田も草鹿も、作戦外の仕事で忙殺されている。
――いやまあ、それでも普通に戦えば、アメさんに負けるとも思えんけど。
何か策を巡らせなくても、正面からぶつかっても何とかなるのでは――漫然と、淵田は思った。
皮肉なことに、MI作戦に不安や不満はあれど、『何とかなるだろう』と全員がそう考えていた。
専門外だからと決め込んでいた南雲もまた、航空戦は参謀たちが上手くやってくれるだろうから、俺は艦隊を間違いないようミッドウェーまで導くだけだと艦隊運用のみに思考を使っていた。
他の参謀たちも己の職の中の処理にそれぞれこなしていた。
こうして、作戦の先鋒を務め、同時に要でもある第一航空艦隊司令部は、MI作戦の研究を誰ひとり集中できる状況ではなかったのであった。




