第96話、その作戦を定めたもの
「アデン攻略作戦を行う」
特破インド洋遠征艦隊、第二戦闘群の司令官、佐々山 久雄少将は告げた。
戦艦『肥後』の作戦室。マダガスカル島の拠点化を進めて早々、北方、イエメンにある英領アデンを攻撃、占領する。
「紅海の出入り口を睨む位置を確保することで、紅海、地中海とインド洋の交通網を遮断する。これはドイツ、イタリアが進める北アフリカ戦線を有利に進め、引いては我々枢軸のためになる作戦である」
具体的には、北アフリカ戦線を戦うイギリス軍の補給を絶つことで弱体化。それにより対するドイツ、イタリア軍を助けるのである。直接、北アフリカまで出張ることはないが、枢軸軍が弱体化した英軍を叩けば、エジプトの占領、スエズ運河を枢軸側が手にすることになるだろう。
阿畑 洋吉少将が手を挙げた。
「モンバサに、先のマダガスカル島攻撃から逃げ延びたイギリス艦隊があります。これは叩かないのですか?」
マダガスカル島攻略に失敗したイギリス艦隊、東洋艦隊の残党は、アフリカのケニア――モンバサに退避した。
もともとモンバサのキリンディニ港は、セイロン島から後退した東洋艦隊の母港として機能していた。だからここに逃げ込むこと自体は自然なことだった。
その戦力は、R級戦艦『ラミリーズ』ほか、駆逐艦数隻といったところである。
「戦艦一隻ではな」
それも旧式のリヴェンジ級では、大した脅威とはいえない。仮にキリンディニの残存イギリス艦隊が殴り込みをかけたところで、マダガスカル島に展開した航空隊で追い散らすことも難しくはなかった。
「喜望峰ルートは遮断している。燃料を制限しなくちゃいけなくなるだろうから、生かしておいたほうが、かえって奴らの動きを抑えることができるんじゃないか」
佐々山は、わずかに首をかたむけた。
「まあ、こちらの妨害に出てきたなら、その時に沈めてしまえばいいだろう」
空母もなく、航空戦力の援護もない残存艦隊の捕捉撃滅は、後手に回っても余裕で対応できる。どこで現れるにしろ、こちらに向かってくるわけだから。
「わかりました」
阿畑は頷いた。視線は地図へと向く。
「目標はアデン港の制圧だ。港にはスループやコルベットが数隻がある。巡洋艦などは存在しない」
佐々山は偵察情報を読み上げる。
「空軍は三個飛行隊。機体はブレニム軽爆、ハドソン哨戒機に、グラディエーターと少数のハリケーン戦闘機。攻撃に先んじて、飛行場を叩いておく」
そして陸軍の防衛戦力は――佐々山は、会議に参加している特破陸戦隊を率いる東堂 角一大佐を見た。
「インドの軽歩兵大隊が一つ。こいつらが一番強いだろうな。他にアデン保護領徴集兵大隊が一つ……。これは飛行場周りの警備を担っている。アデン保護領自体にはこのAPLが4個大隊。西アデン保護領の治安維持活動の支援などに分散しているらしいが、ソコトラ島や、シャルジャ方面にいるから、すぐにどうこうということはない」
「戦車はありますか?」
東堂大佐は尋ねた。背は平均的だが、鍛えられた屈強な体型をしている。大佐ともなればデスクワークも増えるだろうに、彼を見る限り、まだ前線の中隊長でもやっているのではないかと思わせる雰囲気がある。
「いや、戦車は確認されていない。そういう部隊もない。……ラクダ騎兵は見えるかもしれない。APLが1個大隊に数十頭、ラクダを保有しているらしい」
「市街戦に持ち込めば、ただの歩兵と考えてよさそうですね」
「……ひょっとして、直接、港から乗り込むつもり?」
阿畑が、東堂に言った。通常、上陸戦を仕掛けるなら、上陸用舟艇が乗り込みやすい浜辺を中心に、防備が薄そうな地点を狙うものであるが。
「我が陸戦隊の強襲上陸大隊は、場所を選びませんからな」
東堂は不敵な笑みを浮かべた。浮遊板を用いた特破陸戦隊の上陸艇は超低高度だが浮遊して移動ができるのである。
「敵の予想外の場所を衝く……我ら特破陸戦隊の基本です」
「そういうことだ」
佐々山も、薄らと笑う。
「特破陸戦隊は、常に敵の背後や弱い場所を狙う。敵が防御を固めている場所に正面から突っ込むことはない。常に敵の後ろを狙い続けるのが基本だ」
アデンには他に重砲連隊――という名の2個中隊ほか、防空中隊などが存在する。
攻撃の流れとしては、まずはアデンの飛行場、英空軍を撃滅。次に艦隊でアデン港を攻撃し、スループやコルベット、掃海艇などを撃破し封鎖。最後に陸戦隊がアデン港に強襲上陸を仕掛ける。上陸の支援は、強襲揚陸艦の爆撃機が担うことになる。
「作戦は5月25日を予定している。現地には転移中継艦を進発させてあるから、我々はギリギリまでマダガスカル島で準備ができる。それまでに細部の確認、問題点があればそれも潰しておくように。……何か質問は?」
参加者からは特になかった。
「では、本日は解散とする」
佐官たちは、作戦室を後にする。世界地図を無言で眺める佐々山に、阿畑は声をかけた。
「どうしました? 何か気になることでも?」
「いや、ふとしたことだ」
佐々山は、この作戦には関係ないと断った上で言った。
「おれたちの行動は、神明が策定した計画に沿って行動している」
「そう聞いています」
階級は、佐々山が上だが、特破隊の作戦行動は、神明 龍造大佐が作ったものだ。魔技研の中心人物であり、ボスと神明が言われるのはそれが所以だ。
「今次大戦、我々は米英と戦っている」
「はい。……今のところ、連合艦隊は米軍、特破は英軍を相手にしていることが多いですが」
「英軍相手が多いのはおれたち第二戦闘群の話だ。第一戦闘群は、アメリカの船団や艦隊と戦っている」
「そうですね、はい。そうです」
それが何か、と阿畑は首をかしげる。佐々山は地図を睨む。
「……神明が本当に戦っているのは米英ではなく、ソ連なんじゃないか」
「どういうことです?」
「インド洋を押さえることは、英国をインドなどから切り離し苦境に追いやる策だが……知っているか? アメリカのソ連へのレンドリースルート、インド洋を通ってペルシャ湾へ行くルートがあるってことを」
ソ連へのレンドリースは、太平洋ルート、北大西洋ルート、そしてアフリカ大陸を迂回しペルシャ回廊を通る中東ルートの三つがある。
太平洋ルートは、日本と米国が戦争始めたこと、さらにシベリア鉄道消失事件により停滞。北大西洋ルートはドイツのUボートとの戦いが繰り広げられており、遠回りではあるものの、比較的安全なルートがこのペルシャ回廊ルートだったが、日本軍がマダガスカル島に基地を置いたことで、英米商船が通行できなくなった。
「実際、そうなりましたが、日本はソ連と中立にあるのでは?」
「だからだよ。直接じゃなくて、こういう遠回しに、兵站にダメージを与えるやり方というのは」
そんな気がしただけだが、と佐々山は言った。




