第95話、浮遊板と使い道
「特破の陸戦隊を語る上で、外すことができないものがある」
特破遠征艦隊参謀長の阿畑 洋吉大佐は、軍令部第一課の神 重徳大佐に、四角い鉄板を見せた。
「それは?」
「浮遊板という」
阿畑は、何とも呑気な調子で言った。
「君は魔法というものは信じるか?」
オカルトですか、と思ったが、魔技研関係者にそれを言った後は、ろくに相手にされなくなるという話を知っている神は、しかし言葉に窮してしまう。
「ちょっと意地の悪い質問だったかな。僕も、君と同じく魔術師じゃないからね。見るまでは信じていなかったくちだ」
そういうと、阿畑はその板に座るように尻に敷く。すると、床から高さ30センチのところで浮遊した。
「おおっ! これは――!」
神は驚き、しゃがんで板が確かに浮いているの確認した。
「浮いていますな」
「そういう玩具だよ」
「まるで空気の椅子に座っているようだ」
「それだと違う意味にも聞こえてくるが……。まあいいだろう。肝心なのはそこじゃない」
細かいことを気にしない大らかさが、阿畑にはある。
「特破陸戦隊が関わる装備には、この浮遊板が重要というか、割と色々なところで活用されている」
「この空中座布団がですか?」
「空気椅子じゃないから! つまりだね――」
阿畑は説明を始めた。
「この浮遊する板は、牽引するのがとても楽なんだ。地面に接地していない、重さはこの浮遊する板にかけられている魔法が支えている。だから、トンを超える重さのものも動かすのが容易になる」
車輪がついた車などは、地面に設置していて、重量のほか地形によっては、動かすのにとてもパワーが必要になる。悪路などといったら、どれだけ足をとられるかわかろうものだが、この浮遊板は地面についていないため、そうした接地面に関する余分な負荷は解消される。
「兵が重量物を輸送する場合、地形や路面によって疲労もまた大きくなるが、この浮遊板は、道路がなくても使えるわけで、高低差にも強く、横幅は多少あるからどこでも通ることができるわけではないにしろ、ジャングルや氷原地帯、重量制限がある地形も突破しやすくなる」
道なき道を輸送する力。アジアだったり南太平洋の島だったり、まともな道がない場所での輸送。車両があまり多くない日本でもできる、重量やそれなりの量の移動が可能となる。
「結局、人力なのは変わらないけどね」
阿畑は皮肉げに笑った。
「でも凄いよ。浮遊板が重量を支えてくれるから、陸さんの九七式戦車を、腰に縄をつけた兵一人が引っ張って移動させられるんだからさ」
「それは……凄いですね」
神は呆然とした調子で言った。阿畑は続ける。
「こう、戦車の下、両側の履帯の間に浮遊板を敷いて、地面から浮かせると、戦車が浮くわけだよ。クレーンなどを使わずに持ち上げられるんだから、未開地の桟橋しかないような港でも、戦車を降ろすことができる」
戦車だけでなく、その他重量のある物資の荷下ろしなども。応用として浮遊エレベーターのような使い方でクレーン代わりにすることもある。
「重量はどこまで支えられるのですか?」
「物による。歩兵部隊でも10トンくらいのやつがあれば、数十トンいける大型のものもある」
「それは港での荷下ろしの重量制限も気にせず、というわけですか」
「初期には、空母のエレベーターをこれにしようという案もあったらしいね」
「ああ、なるほど。確かに飛行甲板へ上げる艦載機用のエレベーターにも使えますね」
専用のエレベーターを設置することなく、商船の簡易空母化の際など、面白い使い方もできそうだと神は思った。
「さて、艦載機の話が出たので、これも説明しておこうか」
阿畑は浮遊板を手に、揚陸艦『敦賀』、その格納区画を歩く。
まず見せられたのが小型艦載艇――大発動艇にも見えるが、船首に盾付きの機関銃が据えられていて、後部左右にロケットノズルのついたエンジンのようなのがついている。
「ロケット上陸艇ですか、これは?」
速度の遅い大発がロケットエンジンで吹っ飛ぶさまがよぎり、冗談めかす神だが、阿畑は柔やかである。
「惜しいね。浮遊する上陸艇を押し出す低出力な魔力式エンジンがついている。航空機のようなパワーはないが、浮遊板が重量を肩代わりしているから、高さは限定されるが飛行できる代物だよ。航空機より遅いが、しかし船より早く陸地へ辿り着く」
「はあ……」
いまいち理解できていないという顔をしている神である。阿畑は口元を緩めた。
「これの最大のいいところは、上陸地点が砂浜でなくてもいいということなんだ」
「!? それは――」
「浮いているわけだから、浜に乗り上げなくても上陸できるからね」
阿畑は実に愉快そうに言い、さらに格納庫を進み、今度は飛行甲板に出る。そこには双発の航空機が翼を畳んだ状態で駐機されていた。
「一式特殊輸送機。あれも浮遊板を利用している航空機だ。航空機としては初の垂直離着陸機能持ち、ということになるのかな」
「垂直離着陸……とは、上下に動くのですか?」
神はまたも驚かされる。そんな飛行機など聞いたこともない。
「浮遊板の応用だよ。それで浮かんだり降りたりさ。空中に浮かべば、あとはエンジン噴かせば、滑走路なしで飛ぶ。浮遊板のせいで失速しないから、空中が滑走路みたいなものだな。水上機みたいなものだ」
「……!」
言葉もない神である。阿畑は一式特殊輸送機を指さした。
「あれは普通に物資輸送もできるが、歩兵を乗せて敵地後方へ降りたりとか、戦術の練り甲斐のある飛行機だね。滑走路がなくても、そこそこ広い場所があれば降りられるのが最大の長所かな」
神はただただ感心するばかりであった。




