第94話、軍令部員、マダガスカル島駐留艦隊を視察
マダガスカル島、ディエゴ・スアレス港。
ヴィシー・フランスの潜水艦や武装商船をよそに、日本海軍の大戦艦――『肥後』が停泊している。
ドイツのビスマルク級戦艦の改修艦――その元となった名を知れば、フランス人たちはどういう反応をしただろうか? 艦艇の顔ともいうべき艦橋は、日本海軍特有のパゴダマスト。武装その他艤装は、日本のものなので、言っても信じられるかは別であるが。
特破隊インド洋遠征艦隊こと、第二戦闘群が駐留するその港に、内地から軍令部員が視察にやってきた。
「いやはや、ここは夏ですなぁ」
某総統を真似てチョビ髭を生やしたその男の名は、神 重徳という。
軍令部第一部第一課 兼 大本営海軍参謀 兼 陸軍参謀本部参謀。開戦前に海軍大佐となった。
「いやいや、暦の上では、秋みたいなものだよ」
第二戦闘群参謀長の阿畑 洋吉大佐は、朗らかに答えた。
「南半球だからね。もう2、3ヶ月もすれば、短い冬がきて、半年後にはガンと暑い夏がくる……らしいよ」
「らしい、ですか」
「僕も、ここにきたばかりだからね。聞きかじりさ」
阿畑は港を歩く。それについていく神。
「転移というのは便利なものですな。東京からわずか1分でマダガスカル島とは」
「君も転移連絡網の偉大さがわかったか」
阿畑は皮肉げな笑みを浮かべる。
「どいつもこいつも、瞬間移動なんて夢物語だって笑い飛ばすが、いざ体験するとこれほど楽なものはない」
「まったくですな。これを縦横無尽に活用すれば、オーストラリアや米本土に直接乗り込むこともできましょう! いや、まずは手近なところでセイロン島を落としますか」
神は鼻息荒い。転移の素晴らしさに、様々な使い方が浮かんで興奮が収まらないのだろう。彼は第一部第一課、つまり作戦課の人間なのだ。
しかし阿畑は苦笑する。
「転移するのは一瞬だがね。準備するまでが大変なんだよ」
その転移を中継する艦艇だったり、ブイだったり、装置だったり。その転移場所に配置しなくてはならない。味方勢力圏ならともかく、敵地やその近くとなれば、接近するのも苦労するのである。のべつ幕なしにできるものではない、と暗に告げる。
「それに肝心の陸軍がついてこないよ」
「しかし、この転移の有効性を理解すれば、陸軍も話に乗るでしょう。船舶や補給の問題で難色を示したセイロン島攻略も、今度は陸軍も無理とはいいますまい」
それでも渋るなら臆病者だ、と神は強い言葉を使った。阿畑は、停泊する強襲揚陸艦の方へと足を向けながら、同伴する神を見た。
「うちのボスは、セイロン島は無視する考えらしい」
「何故です? そこを抑えれば、インドも目と鼻の先でしょうし、英軍のインド洋での活動の息の根を止められます」
「島を占領するには、大規模な戦力が必要になるからだ」
阿畑は答えた。一瞬、彼の言葉が神明のそれと重なった。
「戦力は増加傾向にあるが、抑えるべき場所はそれこそ山ほどある。敵と正面からぶつかって戦力を消耗するのは避けたいんだよ。日本には人がいないからね。大事に使わないと、息切れして戦えなくなる」
「はぁ……」
要領を得ないという顔の神である。阿畑は笑った。
「つまりだ。敵の少ないところを狙って、そこを抑える。10人を使って、2、3カ所を占領するより、10人で10カ所を占領しようという考え方だ」
「10人10カ所……」
神は、目から鱗が落ちたような表情になった。それができたら何と効率的なことか。
「そういえば、遠征艦隊の次の目標は、アデンだそうですな」
「そうだね。そこを獲れば、独伊の戦う北アフリカ戦線、その英軍は完全に補給を絶たれ、戦えなくなる。そして紅海の出口を押さえれば、実質、スエズ運河を封鎖するようなものだからね」
少ない戦力で大きな効果を上げる要衝。それがアデンだ。
「確かに狙い目ではあるかもしれませんが、陸軍は協力しないんですよね」
「ここに来ているのは、我々特破だけだからね」
阿畑は、強襲揚陸艦を見上げる。
「だが我々には、海上から上陸する陸上戦闘群がある。君も編成くらいは見ているだろう? それが実際に使えるかどうか、アデン攻略ではっきりするというわけだ」
強襲揚陸艦の『敦賀』と『須佐』。特破隊の、遠征艦隊の編成にしっかり組み込まれている二隻の艦である。
神もまた、手前の『敦賀』を見上げる。阿畑は言った。
「排水量1万7000トン……だったかな。フランスのオーシャンライナー『ショルジュ・フィリパー』を改装したフネで、全長は165メートル、幅は21メートルあるかないか。陸軍さんの特殊船の『あきつ丸』みたいなものだな」
1942年1月30日に陸軍の『あきつ丸』は就役しているが、あれに比べて若干大きい。飛行甲板があって、一見すると空母に見えなくもない。
「空母としても使えるんですか?」
「一応ね。物質輸送のスペースを利用すれば、空母としても使えなくはない」
阿畑は答えた。神は首をかしげる。
「ちなみに、強襲揚陸艦という名前は初めてなんですが、兵員輸送艦とは違うんですよね?」
「ああ。上陸部隊を展開しつつ、航空機で対地支援の爆撃や制空戦闘の補助もこなせる母艦。簡単に言えば、上陸支援型空母……うんまあ、厳密には違うかもしれないが、そういうものという認識でいいんじゃないか」
「実は阿畑さんも、よくわかっていなかったり?」
「大体のところはわかっている。僕は新しいモノ好きだからね」
警備の兵と敬礼を交わして、阿畑は舷梯を登る。神も続く。
「近くで見ると大きいですが、空母としては小さい部類ですな。航空機の搭載数が少ないんじゃないですか?」
せっかくの対地支援とやらも、中途半端になるのではないか。
「そこは実際にやってみないと多いのか少ないのかわからん」
阿畑は正直だった。
「ただまあ、飛行甲板に転移板を仕込んで、基地航空隊を使えるようにって構想もあるそうだ」
「哨戒装甲空母と同じように?」
「そうそれ。ただ島型艦橋の上に飛行甲板は広くないから、大型機は使えないが……ほら、鹵獲した急降下爆撃機とかで、対地支援をやる分にはできるって話でしょうよ」
さあ、案内しよう――阿畑は言った。
「我らが特破が保有する特破陸戦隊を」




