第93話、ルーズベルトの憂鬱
ホワイトハウスの主は、苦虫を噛み潰したような顔をした。
フランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領は、ホワイトハウスの椅子に腰掛けたまま、合衆国艦隊司令長官兼海軍作戦部長のアーネスト・キング大将と海軍作戦部次長のフレデリック・ホーン中将を見た。
「すまないが、もう一度言ってくれないか?」
「……『ヨークタウン』がやられました」
これ以上ないほど恥辱に満ちた顔で、キングは言った。こういうことは一度だって言いたくないのに、二度も言わせるとは、とんだ嫌がらせだと思った。
もちろん、ルーズベルトにそのような意図はない。ただただ、信じたくない話ゆえ、自分の聞き間違いだと信じたかったのだ。
「海軍は、コーラル・シーの戦いに勝ったのではなかったのか?」
「勝ちましたよ、ええ。連中はポートモレスビー攻略を諦めた」
「残存する敵を追撃中ではなかったのか?」
「それは新聞が勝手に書いただけでしょう。……あるいはそちらの報道官が調子のいいことを言ったのかもしれない」
キングはルーズベルトを睨みつけた。ホーンは、口を挟むことなく、視線を両者の間で行ったり来たりさせている。
キングははっきりと物を言う。気難しい面も多いが、ルーズベルトはキングの能力を評価している。
それでも、珊瑚海海戦は自軍勝利と聞き、国民士気が上げられるとばかりに大きく取り上げた手前、その舌の根が乾かないうちに、その活躍に貢献した空母『ヨークタウン』が失われたことは、ルーズベルトには不満であった。
いい気分でいられたのはわずか数日。ぬか喜びもいいところだ。これが国民に知られれば面目丸潰れである。大統領の支持率にも影響する。
「つまりは、コーラル・シーの戦いは勝ったが、日本軍は依然として強力であり、我が軍は劣勢にあるということかね?」
「遺憾ながら」
キングは膝を崩し、椅子にゆったりと腰掛け、言葉通りには見えない調子で言った。
「我が海軍が、日本軍を凌駕できるだけの戦力が揃うのは、早くても来年半ば。それまでは防御的攻勢で、敵の勢いを削がねばなりません」
「しかし、今回の被害は少なくない」
ただでさえ『レキシントン』の喪失が痛いと思っていたところである。そこで損傷したが『ヨークタウン』は健在と聞いてまだ何とかなると思った矢先の、同艦の沈没である。
「日本の空母はどれくらい残っているのだ? 確か、大型空母2隻を撃沈したとか」
「1隻撃沈は確実です」
キングはわずかに唇の端を引きつらせた。それも大型空母ではなさそうというのが、情報部の答えだ。
「もう1隻はどうも大破させましたが、まだ浮いてはいるようですな。まっ、当面出てこれないでしょうが……」
「隻数では劣勢だろう? 今、太平洋にいるのは『エンタープライズ』に『ホーネット』。……『サラトガ』はドック入りか」
「サラトガはもう直、前線復帰します。『ヨークタウン』が沈んだことで、尻に火がつきましたからね」
急ピッチで前線復帰を目指している。5月22日にブレマートンを出航、サンディエゴで輸送用の航空機の積み込みやら司令官着任を待つ予定だったが、直接ハワイに行けと、ニミッツ太平洋艦隊司令長官は催促していた。
「3隻か」
「日本も大型空母は『アカギ』『カガ』と、ショウカク級が2隻……ただし1隻は沈んだか修理していますから、数では互角ですよ』
飛龍と蒼龍については言わなかった。何故ならば、米軍の間では、その2隻は『龍驤』などと同じ1万トン級の小型空母という認識だったからだ。
というより、軍縮条約の制限下では、当時保有できる量ではそのクラスしか日本は作れず、また公式のスペック表でも、1万トンと記載されていた。……条約違反の1万5000トン以上の艦に修正されたことなど知る由もない。
だが海軍通であるルーズベルトは、小型空母のことも見逃さない。
「ヒリュウやソウリュウ、他にもあるだろう? それに未確認の新型空母を日本は複数、新造していたとも聞いているが」
南太平洋で暴れ回っている未確認の空母とか。
「君たち海軍は報告を渋っているようだが、陸軍の第32歩兵師団を乗せた輸送船団が、やられたそうだな」
陸軍経由で情報が上がったか――キングは顔をしかめた。SF43船団は、日本軍の空母航空隊によって壊滅。『ラーライン』ほか輸送船7隻と、護衛の重巡洋艦『インディアナポリス』が沈められた。
「オーストラリアとの連絡線が、遮断の危機に陥っている」
「なればこそ、防御的攻勢は継続する必要があります」
キングは真顔になった。
「あなたは、防御的防御をしたいようだ。戦力が整うまで、大西洋を重視し、太平洋は43年以降まで防御に徹する……。なるほど、わからないでもないですが、今ここで防御に徹すれば、オーストラリアとの連絡線の遮断は間違いないでしょうな」
「……」
「ついでにハワイも奪われますよ。いいんですか? 準とはいえアメリカの州ですよ」
キングが確信めいて、きっぱり言う理由は、ルーズベルトにもわかる。ワシントンの情報部門が、日本軍の通信傍受から、大きな作戦行動を計画しているらしいと掴んだからである。
どうも『AF』なる地点が、次の攻撃目標と思われるが、現時点ではそれがどこを指しているのか、判明していない。アリューシャン列島か、アメリカ西海岸か……。ハワイの可能性も捨てきれなかった。
「OP-20-Gは、AFは西海岸、ロサンゼルスかサンディエゴではないかと予想しているのですがね……」
海軍作戦部長室(OPNAV)、海軍通信局第20部門Gセクション――OP-20-Gは、海軍の通信、暗号解読グループである。枢軸――日本、ドイツ、イタリアの海軍通信を傍受、分析を行っている。
「ただ、ハワイのニミッツのところのステーションHYPOは中部太平洋……それも5月下旬か6月上旬と指摘している……」
「どっちなんだ?」
「私は、西海岸が危ないと思っていますがね。ハワイが一度ならず二度もやられていますから、中部太平洋、ハワイなんて可能性もなくはない」
そのためには――
「これまで通り、防御的攻勢で行かねば、対応できません」
キングは、じっとルーズベルトを見つめた。




