第9話、敢えて見せつける理由
米本土まで近づいたのだから、本土空襲を仕掛けてもよかったのではないか。
実際、神明 龍造大佐もアメリカ西海岸に進出する作戦で、米本土砲撃も打診したのだが、海軍軍令部は認めなかった。
潜水艦で近づいて隠密砲撃を行うならまだしも、戦艦を含む水上部隊で米本土に近づくのは博打が過ぎる、というのだ。
事実、軍令部ならびに連合艦隊は巡潜乙型の潜水艦9隻をアメリカ、カナダ、メキシコの西海岸に送り、通商破壊の実施と共に米本土砲撃を計画していた。
「要するに、我々は信用がないのだ」
神明は言った。軍令部直轄部隊といえば聞こえはともかく、その能力について疑問を持っている者が圧倒的多数であった。
もっとも、今回、戦艦3隻を血祭りにあげたことで、多少周囲の見方も変わっただろうが。
「今は、アメリカ人を喜ばせるネタを供給してはならない」
必要以上に踏み込んで戦艦『土佐』や空母を損傷ないし大破、沈没でもしたら、アメリカ政府に、米軍の反撃で一矢報いたとよいニュースを提供してしまうことになる。
今は何より、真珠湾攻撃以来、勝った、やっつけたという話を米国民以上に米政府が欲している。
戦艦3隻を改めて沈められた件については、米政府は当面報道しないだろうが、向かってきた日本艦隊に手傷を負わせられたら、ただ後退しただけでも返り討ちにしたと調子のいい宣伝をするだろう。
「攻撃しなかったらしなかったで、日本軍は米軍に恐れをなした、と言うのではないですか?」
諏訪 将治先任参謀は言うのである。神明は答える。
「言うかもな。だが現実として戦艦3隻をこちらは沈めている。情報統制をしたところで、戦艦3隻の戦死者は隠し通せるものではない。返り討ちにしたと報道したとて、後々戦艦沈めて帰ったと推測する者も出てくるだろうよ」
その際、反撃で日本側に多少なりとも被害が出ていた場合、返り討ちという話も、ある意味正しいと解釈できる余地ができてしまう。控えめに報じただけで、嘘ではない――そうなってしまうと、効果も薄れてしまう。
「パーフェクトゲームだった。一矢報いることもできなかったとわかるほうが、政権攻撃の材料にはなるだろう」
「政権攻撃……?」
「アメリカは民主主義の国だからな」
大統領には任期があって、支持率が物を言う。結局のところ戦争の勝敗は、国民が政府にそっぽを向けた時点で負けなのだ。日露戦争にしろ第一次世界大戦にしろ、最終的にはそこにいきつく。
神明は前世の――異世界人との戦争の中、本土侵攻を許しながら戦ったアメリカという国を見ている。
「ちょっとやそっと都市を攻撃しただけで、影響は一時的だろうな。……それでも、機会であるのは認める。だが我々にはその命令は降りていない」
軍隊である以上、勝手にやれる領分とそれ以外ははっきり線引きが必要だ。提案して却下されたのだから、今は自重するのである。
神明は考える。改めて思えば、実際に米本土を砲撃したとてどこまで米国民に衝撃を与えられるだろうか。真珠湾攻撃が士気の面で裏目に出たこともある。
案外いまは米国民は熱狂して視野狭窄に陥っているから、本土攻撃されて使命感を帯びた志願者を増やすだけに終わるかもしれない。……それでなくても、アメリカの若者の志願が凄まじいことになっていると聞く。
ロンドンを爆撃されてチャーチルは手を挙げたか? 重慶を爆撃されて蒋介石は降伏したか? 答えはノーであった。
「大佐がそう仰るのであれば、そうなのでしょう」
諏訪は改まった。
「では、何故、米戦艦を沈めた段階で撤退しなかったんです? あれから敵の哨戒機に発見されるまで前進を続けましたよね?」
こちらの姿を堂々と見せつける。米本土のお膝元に日本軍が来ているぞ、というだけのために艦隊を見せたというのか。
「そうだ、見せつけるためだ」
神明は事務的に告げた。
「もし君なら、本土領海にまで敵艦隊が進出できるとなったら、どうする?」
「国民から後ろ指をさされたくないので、防衛を強化しますね」
皮肉げに諏訪は言った。神明は頷く。
「そういうことだ。しかも戦艦や空母にまで懐に飛び込まれたとなれば、警戒も厳重になるだろう。哨戒機の数も索敵の範囲も増える。が、ただ発見しただけでは駄目だ。これを撃退できなければ意味がない」
そうなると――
「米軍は、有力な戦艦や空母を本土に張りつけねばならなくなる。違うか?」
「あぁ、なるほど!」
連合艦隊は、真珠湾でアメリカ軍の戦艦を叩いたが、その場にいなかった空母を攻撃することはできなかった。
開戦時、太平洋艦隊にあった敵空母は『エンタープライズ』『レキシントン』『サラトガ』の三隻。
だが情報によれば『ヨークタウン』がパナマを通過し、米本土へ向かっているらしい。さらに新鋭の空母『ホーネット』も、カリブ海で慣熟訓練を終えれば、太平洋にやってくる可能性が高いという。……大西洋に、米大型空母が相手をしなければならない敵がいないというのも理由の一つではあるが。
つまり、米空母は最大4隻から5隻、太平洋に展開することになり、これがもし日本にならって一つにまとまった場合、南雲中将の第一航空艦隊の劣勢も考えられた。
だが米軍が本土防衛のために、空母1隻ないし2隻を前線に投入できない状況となれば、対戦する日本軍は、敵の戦力集中を避けられる。正面からぶつかったとしても有利となるわけだ。
「特破隊は、今後も米本土での通商破壊を行う。潜水艦が主体だが、時々思い出したように通商破壊空母や巡洋艦をちらつかせてやれば……後はわかるな?」
「はっ」
通商破壊部隊は、絶えず敵に圧迫感を与える存在である。直接矛を交えずとも、そこに敵がいると思わせ、戦力を分散、拘束できれば、一定の戦果であると言える。
本土攻撃は認められなかったが、精々やれる範囲で米軍に嫌がらせをしてやるのである。
空母『ヨークタウン』がサンディエゴに向かっているという情報も、1隻のうちに沈めたらと欲が出てくるが、特破隊はそもそも正面から殴り合いをする部隊ではない。横合いからの不意打ちで足元をすくうのが戦い方というものである。
正々堂々と艦隊決戦を、と叫ぶ主流派からは、卑劣と誹られることもあるだろうが、それはそれ。特破隊は連合艦隊とは別組織なのだから、余所の連中が言う戯言に付き合う理由はない。




