第8話、米本土まで何マイル?
ハワイ、真珠湾。太平洋艦隊司令長官、チェスター・ニミッツ大将にとって、その報告は、身を切るような痛みを与えた。
「西海岸に、日本の空母だと!?」
「はい、長官」
副官であるアーサー・ラマー大尉は、沈痛な表情だった。
「偵察機が、日本の戦艦1隻を含む、空母機動部隊の発見を通報しました。ハワイでも受信できましたので、本土は」
「大混乱だろうな」
ニミッツはデスクで深々とため息をついた。
前任のハズバンド・E・キンメル大将が真珠湾攻撃を許したことで更迭され、それを引き継いでまだ10日も経っていない。
前任の幕僚をそのまま引き継がせ、人事の上での混乱は最小限に留めたものの、皆多忙である。今後のこともあって、問題は山積している。
にも関わらず、いや間髪を入れず、日本軍は活発に動いてきた。
「パールハーバーに飽き足らず、アメリカ本土を叩くつもりなのか」
日本海軍とは、こうも積極的攻勢を好む軍だったのか。日露戦争での日本海海戦における艦隊決戦主義から脱却を果たし、空母とその航空機を活発に投入してきた。
航空機はまだ海軍における決定的な力はない。そう信じていた者たちも、真珠湾攻撃に加え、本土にまで敵空母が進出してきたことで、信じていた壁が崩れ去ったことを思い知っている頃だろう。
大西洋艦隊司令長官であるアーネスト・キングや、第二空母戦隊司令のウィリアム・ハルゼーといった航空機の未来を予見していた者たちからすれば、それ見たことかと口にしているのではないか。
「まことに申し上げにくいのですが」
躊躇いがちに、ラマーは告げる。
「本土へ回航中だったUSSテネシー、メリーランド、ペンシルベニアが、敵の攻撃で護衛ともども全滅したようです」
「マイ・ゴッド……」
ニミッツは天を仰いだ。真珠湾攻撃で受けた損傷を、ピュージェット・サウンド、マレ・アイランドで本格修理しようとしていた戦艦3隻が、今度こそ完全に葬られた。
この三隻の損傷は、いまだパールハーバーにある戦艦群に比べて軽微であり、改装込みで数カ月で復帰できるものばかりのはずだった。それが永遠に戦力として除外されてしまったわけだ。
航空主兵者たちからすれば、低速の旧式戦艦が沈んだところでどうとでもないと、鼻で笑うかもしれない。だがそこで失われた熟練の兵の損失は痛い。
「救助は?」
「近くを航行していた船団も動いていたようですが、敵空母がいるということで、退避したものが多く……」
まったく――ニミッツは耐えきれなくなり、無意識に席を立った。空母、空母――その存在一つで、この慌てふためきようだ。たかが空母と口にする者は、パールハーバーでの被害を知れば皆無だろう。
「燃料事情を考えれば、潜水艦ならまだしも、空母機動部隊をアメリカ本土に近づけるのは、彼らからしてもリスクが大きいはずなのに」
「ですが、日本人はパールハーバーを大空襲したのです」
ラマーは、感情を込めずに弔文を読み上げるように言った。
「タンカーを引き連れて、こちらの想像の外からの攻撃を仕掛けてきた」
「その通りだ。……愚痴ってもしょうがない。今、我々にできることは何だ?」
「本土攻撃をさせず、敵機動部隊を撤退させることでしょうが……」
ラマーは歯切れが悪かった。その辺りは幕僚たちを集めて話す事柄である。
「本土の防備は完璧ではない。むしろ手薄といってよい。そして肝心の我が方の空母は――」
壁にかけられた太平洋の地図を眺める。
「エンタープライズ、サラトガ、レキシントンはハワイより西だ」
太平洋艦隊の主力空母――真珠湾攻撃の際にいずれもパールハーバーにはいなかった。今もっとも活発に動ける戦力である。
「とても間に合わない」
ニミッツは米本土西海岸に視線を向ける。
「大西洋からきた『ヨークタウン』は……? あれはサンディエゴを目指していたはずだ」
正直、まだ正式に配備前で、戦えるのか不安しかないのだが、もし本土に空襲を許すようなことがあった場合、近くに空母がいたのに反撃できませんでは、ホワイトハウスも合衆国民も納得はしないだろう。
真珠湾をやられて、ルーズベルト大統領はそれを使って上手く民の士気を保った。怒りに燃えさせ、民衆に戦争をさせる気にさせた点で完璧な立ち回りだったと認めるべきだっただろう。
どう言いつくろうとも、太平洋艦隊の戦艦群が壊滅的打撃を受けたことは大敗以外の何者でもない。ニミッツがハワイにきた時、海軍将兵らが絶望的な顔をしていたのも、それを物語っている。
それをどうにかやる気にさせたのだ。合衆国は戦えるところを見せなければならない。そこで、もはや失点を重ねている余裕はない。国民の怒りが日本人ではなく、海軍とホワイトハウスに向かないようにするためにも。
そのためにも、何としても米本土空襲は阻止しなくてはならないのだ。
・ ・ ・
結果から言えば、日本軍の空襲はこの時点ではなかった。
特通商破壊部隊、特破隊第一戦闘群は、潜水艦部隊を残し、内地へ引き返したからだ。
「せっかく近くまで行ったんですから、仕掛けてもよかったのではないですか?」
先任参謀の諏訪 将治少佐の言葉に、司令である神明 龍造大佐は振り返った。
「アメリカ本土か?」
「ここまで水上打撃部隊が進出したわけですから。本土空襲を特破隊でかけてもよかったのでは?」
「我々は通商破壊部隊だ。本土攻撃部隊ではないよ」
「ですが、陸上拠点への攻撃計画や兵器研究は特破でも進められていましたが」
「そうだ。だからウェーク攻略の時に実戦運用させたのだろう」
神明は静かに笑った。
「普段、海軍主流派から見下されているからと手柄を焦ることはないと思うがね」
すでに米本土近くにまで進出し、さらに彼らが喜ぶ戦艦3隻まで仕留めた。わかりやすい戦果としては充分だろう。
「通商破壊は長い目で見てやるものだ。今は、アメリカ軍に本土の防衛も考えてもらうだけで布石にはなる」
「防衛網を強化される前に、サンディエゴなりロサンゼルスなりを攻撃するのも、敵の戦意を削ぐことに繋がりませんか?」
諏訪の発言に、神明はやはり余裕の笑みで応える。
「そう言って、真珠湾攻撃では米国民の戦意は大いに盛り上がったな」
閉口する先任参謀だが、神明は薄く笑った。
「まあ、実のところ、私も打診したんだがな。軍令部から却下された」




