第89話、トンガの海
1942年5月11日、トンガタプ島にTF17の3隻はいた。
空母『ヨークタウン』は、同地に停泊していた英国商船から、燃料を分けてもらった。粗悪な燃料だったが、背に腹はかえられない。
そして現在は応急修理中である。
駆逐艦『ラッセル』が警戒を続ける中、もう1隻の護衛――重巡洋艦『ポートランド』もまた、応急修理を行っていた。
その『ポートランド』艦長、ベンジャミン・パールマン大佐は、ハワイからの連絡を受けていた。
「……艦長の交代か」
何でも数日中に、新しい艦長がやってくるらしい。ローレンス・トゥームズ・デュボーズ大佐――このタイミングで交代という。
「ご苦労なことだ」
パールマンが苦笑した時、辺りが騒がしくなった。
「艦長、『ラッセル』より急報! 未確認航空機編隊、低空にて接近中!」
「未確認――ジャップか!?」
この状況で、友軍機のはずがない。『ヨークタウン』は投錨中。僚艦だった『レキシントン』はすでに海の底だ。
直後、ドォンと爆発音が遠方より響いた。パールマンはそちらに駆け寄るが、見張り員が早かった。
「『ラッセル』に爆発! 敵の攻撃の模様!」
シムス級駆逐艦、1600トン、全長106メートルの艦体が真っ二つにへし折れた。
「敵機、上昇中!」
「オール・バトルステーション! 対空戦闘!」
応急修理と待機要員以外ののんびり休日モードだった乗組員たちが、戦闘配置へと駆ける。
TF17以外に停泊していた艦艇も慌ただしくなる。兵員輸送船である『ハンターリゲット』『アルヘナ』ほか、オマハ級軽巡洋艦『リッチモンド』も別の護衛任務で、ここトンガタブにいた。
まさか日本軍がニューカレドニアはおろか、フィジーも超えて、やってくるとは。
数日前に近くを通過した護送船団――SF43も襲撃されたという報告もなく、日本の空母が迫っているなど露とも考えていなかった。
「敵機、爆弾を投下!」
「この距離で!?」
パールマンは双眼鏡を取る。急降下爆撃にしては全然遠く、魚雷にしては高度が高すぎる。まったくわけがわからなかった。
日本機から切り離された爆弾は、真っ直ぐ飛んでくる。
「くそっ! 高角砲はまだ撃てんのか?」
投錨中の『ポートランド』は、身動きできない。対空砲で敵機を払いのけるしか生き残る術はおそらくない。12.7センチ高角砲と、12.7ミリ機関砲が頼みの綱だが――
敵弾は飛んできながら高度を落とす。重力に引かれ、そのまま海に落ちろ――パールマンが念じると、敵弾は『ポートランド』の手前で海に突っ込んだ。届かなかった! ざまあみろ!
喝采を上げそうになるのを堪え、ようやく聞こえだした機関砲の銃声に笑みを浮かべかけた時、それはきた。
「魚雷、急速接近!」
そんな馬鹿な!――爆弾ではなかったのか。パールマンが混乱する間に、動けない『ポートランド』に立て続けに魚雷が突き刺さった。9957トンの艦体が立て続けに震えた。
「被害報告!」
右舷に連続して食らった。たちまち浸水が始まるが、隔壁の閉鎖でどこまで耐えられるか。
「ヨークタウンが……!」
見張り員が悲痛な声を上げる。ポートランドと同じく停泊していた空母『ヨークタウン』にも水柱がたった。
止まっている空母は、航空機の発着もできず、浮かぶ的である。日本軍機の連続攻撃で、重巡洋艦の倍近い排水量の巨艦が、傾斜。そして――
「あ――」
転覆した。空母『ヨークタウン』が海に引きずり込まれた。
パールマンは怒号を発しそうになるが、それは遮られた。今度は『ポートランド』が傾斜を深めて、ひっくり返ったからだ。
・ ・ ・
「観測機より報告。トンガタプ島ヌクアロファ港にて、ヨークタウン型1、ポートランド型1、シムス型1。ほかオマハ級1、輸送船2を撃沈」
戦艦『土佐』の昼戦艦橋。神明 龍造大佐は通信士の報告に頷いた。
特破第一戦闘群の空母『翔竜』『瑞鷹』の九八式艦上偵察戦闘攻撃機27機の、滑空誘導魚雷は、停泊中の米空母『ヨークタウン』にトドメを刺した。
「これで大本営の発表の帳尻は合わせたかな」
「それ以上の戦果です。大本営発表が過小ということになりますな」
諏訪 将治先任参謀は皮肉げな微笑を浮かべた。
「港で沈めましたから、そのうち引き揚げられると思いますが」
米軍としてもヨークタウン型空母を回収できるなら、再戦力化を図ろうとするだろう。神明は薄く笑った。
「その前に、夜陰に乗じて、こちらの回収艦に回収させるさ。再利用するならいい空母であるのは、こちらとしても変わらない」
連合艦隊に引き渡したら、喜んで戦力に加えるに違いない。諏訪は言った。
「ともあれ、第二次攻撃の必要はなさそうです」
第一戦闘群は、空母が四隻ある。先の『翔竜』『瑞鷹』を第一次攻撃隊として出し、空母『白鷹』『白鳳』の攻撃隊を待機させていた。
トンガタプの周りに、まだ連合国軍は飛行場を作っておらず、戦闘機がいないこと。停泊している『ヨークタウン』から戦闘機が発進できないことから、3個中隊も出せば充分と神明は判断した。
もちろん、予備として第二次攻撃隊の準備はさせていたが、トンガタプ島にいた艦艇には必要ない。
とはいえ、着々と港湾の燃料施設などが増強されているようで、これらは別に叩く必要がある。今回の襲撃で、連合軍の目はトンガタプに集まるので、別に攻撃の手段を用意する必要があるだろう。
「では、我々はオークランド方面まで戻るとしよう」
「……例の護送船団ですな」
諏訪はピンときた。先日、南方よりを航行する米重巡洋艦1と護衛艦2がついた輸送船団を偵察機は発見していた。
通商破壊の鬼である神明が珍しくスルーした。その時は、米機動部隊を追っており、こちらの空母部隊への警戒度合いを下げるため、船団攻撃を後回しにしたのである。
航路的にオーストラリア、シドニーかアデレートというところだろうと見当がついている。転移連絡網を使えば、再捕捉は可能であった。実際、展開している通商破壊の潜水戦隊が、追尾を行っている。
第二次攻撃隊は、この船団に使おうと神明は決めた。




