第88話、珊瑚海海戦の後のTF17
フランク・ジャック・フレッチャー少将は、空母『ヨークタウン』の艦長、エリオット・バックマスター大佐に単刀直入に尋ねた。
「どうだね?」
「応急修理はしましたが、燃料ばかりはどうにもなりません」
厳めしい顔つきのバックマスター大佐は、事務的に応じた。
「流出した分は、補給しませんと」
「給油艦が失われたのは痛い」
3月のラエ・サラモアの襲撃で、こちらは給油艦2隻を失い、『ディペカノー』1隻に加え、不足を徴用タンカーで補う予定だったが、日本軍の潜水艦がそのタンカーを沈めてしまった。
珊瑚海海戦で、損傷し燃料漏れを起こした『ヨークタウン』は、他の巡洋艦などに比べても明らかに燃料が不足していた。
「真珠湾まで、とても保たないな」
フレッチャーが渋い顔で言えば、バックマスターは頷いた。
「現在移動中のトンガタブまで、ギリギリです。そこで燃料を補給できなければ立ち往生ですが……」
「トンガタブにも燃料がない」
「確認させたところによると、そうなります」
これにはフレッチャーも渋い顔になる。しばし何事か考えるように黙り、そして口を開いた。
「この辺りは、我が軍が基地化を進めているが、港湾施設もまだまだ不充分だ」
南太平洋の島々。アメリカとオーストラリアの補給線というが、その間に点在する島の大半が、艦隊の補給などを満たす能力を持っていない。飛行場の建設も、目下急ピッチで進められているが、如何せんまだまだ人手も足りない。
トンガタブ島は、トンガ王国最大の島である。イギリスの保護領であり、イギリスがドイツと戦争になった時、ドイツに宣戦布告し、日本との戦いが始まれば日本にも宣戦布告をした。
「タンカーを回してもらうか、現地の船から譲ってもらうしかないな」
溜め息交じりのフレッチャーである。船から船へ、燃料を分けてもらう。これ自体は珍しくはない。戦艦や巡洋艦が、航続距離の短い駆逐艦に燃料を移すのはよくあることである。
先任参謀が話に入ってきた。
「トンガタブの燃料が不足しているのでしたら、このままTF17が行くのはまずいのでは」
「わかっている」
燃料補給ができないのはよろしくない。しかしバックマスター艦長は、トンガタブに行かねば『ヨークタウン』が漂流するはめになると目で訴える。
「TG17.2を、ヌーメアに移動させて、そちらで補給させよう」
フレッチャーは決断した。TF17の中で、トーマス・C・キンケード少将が指揮するグループ2――重巡洋艦『ミネアポリス』ら重巡戦隊と駆逐艦戦隊である。
「こちらの護衛は、どうします?」
空母グループの護衛は、駆逐艦『ラッセル』しか残っていない。僚艦だった『モリス』は損傷に加え、救助した乗組員を乗せて一足先にハワイへと帰投を目指して離れている。
「キンケード少将に重巡の1隻をつけてもらうか」
確か、対空戦闘で損傷した艦があったはずだ。早めに修理をしたいだろうから、こちらで一緒に引き受けるのも手だ。果たして、それは護衛と言えるか怪しいが……少なくとも、敵の巡洋艦などならば対応できるだろう。
ポートモレスビーを目指していた日本艦隊だが、空母を痛打し、どうやら後退させたようだが、向こうには空母がいて、さらに巡洋艦なども残っているはずだ。それらが突っ込んでくるなんてこともなくはない。
しつこいようだが、太平洋艦隊司令長官チェスター・ニミッツ大将からは、空母の保全を優先するように言われている。フレッチャーはそれを生真面目にも果たす覚悟であった。
・ ・ ・
5月10日。空母『ヨークタウン』、重巡洋艦『ポートランド』、駆逐艦『ラッセル』はトンガタブ島へ辿り着いた。
一方でキンケード少将の重巡洋艦2、駆逐艦4隻はTF17を離れて、ニューカレドニア島ヌーメアへ向かった。
珊瑚海海戦の直前、ニューカレドニア島は、日本軍の小規模な空襲を受けており、近くに敵空母がいるのでは、と不安もあった。
が、フレッチャーは南太平洋方面部隊に偵察を依頼しており、彼らが仕事をしているなら、敵部隊は発見されるだろうと思っていた。
……なお、その哨戒機が、たびたび消息不明となり、南太平洋方面部隊の航空隊では、敵空母がいる可能性をさらに疑ったのだが、それがフレッチャーに共有はされなかった。
ともあれ、キンケード隊のヌーメア到着は、5月12日となるが、その前日の11日、南太平洋のとある場所で、日米海軍が激突寸前までいっていた。
5月10日、ラバウルに戻ってきたツラギ攻略部隊、ならびにMO機動部隊から、RY作戦――ナウル島、オーシャン島攻略部隊が出撃した。
その道中、TF17の支援のために向かっていた空母『エンタープライズ』『ホーネット』のTF16と遭遇してしまったのである。
●RY作戦参加艦艇
指揮官:志摩 清英少将
旗艦:敷設艦:「沖島」
敷設艦 :「津軽」
軽巡洋艦:「龍田」
駆逐艦 :「卯月」「夕月」
重巡洋艦:「妙高」「羽黒」
駆逐艦 :「有明」「時雨」「白露」「望月」
輸送船 :「金龍丸」「高畑丸」
ツラギからの偵察機の報告で、有力な米機動部隊がいることを察知したRY作戦部隊だが、志摩少将は作戦中止を決断、ラバウルへ引き返した。
志摩からすれば、ツラギ攻略直後の、『ヨークタウン』、『レキシントン』の空襲で手痛い目にあっており、その再来は避けたかったのである。
なお、その進軍中、帰還中に米潜水艦から襲撃されることはなかった。4月にブリスベン方面に派遣された米潜水艦戦隊は、特破の対潜部隊の待ち伏せを受けて全滅したからであった。
ツラギでの若干の被害を抱えた『沖島』は、無事、ラバウルに帰還を果たしている。
RY作戦のリベンジは、8月まで待つこととなる。
※史実では、4月15日にブリスベンに到着したS級潜水艦「S-44」が、5月11日に「沖島」を雷撃し、その翌日沈めている。なお第一次ソロモン海戦の帰りの重巡「加古」を沈めたのもS-44である。




