第87話、MO作戦の後始末
いったい何をやっているんだ?
神明 龍造大佐は、連合艦隊司令部と南洋部隊司令部のやりとり――前線部隊を右往左往させるような命令に、半ば呆れた。
インド洋より転移連絡網を使い、一気にオーストラリア東海岸近海の特破第一戦闘群に合流した神明は、そこでMO作戦を遂行する南洋部隊と後方の通信を拾っていた。
空母『翔鶴』が大破。無傷の『瑞鶴』に艦載機を集めたものの、被弾機をどんどん捨てた結果、攻撃隊に使用できるのがわずかに艦上攻撃機6、艦上爆撃機9にまで減ってしまった五航戦。
支援するはずの基地航空隊も、悪天候を理由に介入できず、燃料の心配もあって、MO機動部隊は敵の追撃は不可能とみて、北上。これを受けた南洋部隊司令部は、正式に撤退命令を出してMO作戦の延期を決定した。
が、ここで連合艦隊司令部が口出しをした。MO機動部隊は、ヨークタウン、レキシントンを撃滅したのだから、撤退とは何事か。断固、追撃せよと命じたのだ。
これはMO機動部隊の報告、米2空母の撃沈確実。戦艦1に雷撃命中、大火災を発生させ、敵機100機以上を撃墜したという……いつもの誤認含む戦果報告の影響である。
実際、南洋部隊司令部も、空母2隻の撃沈を聞いた時、MO機動部隊に追撃を命じようとしていた。だがその機動部隊が北上し、戦線整理が必要と報告がきて、それなら仕方ないと撤退命令を出したのが、事の顛末である。
連合艦隊司令部からダメ出しを食らった南洋部隊司令部は、MO機動部隊に「戦力の範囲で、極力残敵を掃討に努むべし」と命令を出している。
これにより、北上していた『瑞鶴』とMO機動部隊は南下。これを見たレキシントン航空隊が『無傷の日本空母』ありと報告したことで、大勝したと思っていたTF17、フレッチャー少将に撤退を決意させている。
「おかしな話だな。この行き当たりばったり感」
神明はそう表する。
「どうにも戦果と実態が伴っていないというか。もし戦果が正しいのであれば、こうはなっていないはずだ」
「戦果過大報告は、前々からある話ですし」
先任参謀の諏訪 将治少佐は皮肉げに口元を歪めた。
「アメリカさんの誇大妄想じみた発表も酷いですが、我が軍もあまり人のことは言えなくなりつつあります。まっ、実際に沈んだのなら、我が方の回収艦が拾ってきますから、嘘か本当かじきにわかるでしょう」
「……」
「気に入りませんか?」
「いや。なんだかんだMO作戦の中断、延期は、つまるところ戦略的に我が軍の敗北だからな」
第二段作戦において、初めてケチがついたのではないか。聞けば、全体を指揮する南洋部隊司令部は、遥か後方にあって、前線の状況を掴み切れていないように感じた。それが結局、前線部隊を振り回し、さらに上位の連合艦隊司令部を苛立たせたのではないか。
「とりあえず、ここから我々で、米軍の戦勝気分に冷や水を浴びせるように立ち回ろう」
神明は告げた。こちらのポートモレスビー攻略を頓挫させたことで、アメリカは大勝利を喧伝するだろうが、そこに手痛いダメージを与えることで、ばつの悪さを米海軍上層部とルーズベルト大統領に与えてやる。
調子のいいことを言った矢先の失点は、さぞ恥ずかしいことだろう。
・ ・ ・
連合軍は、珊瑚海の戦いにおいて、日本艦艇18隻から37隻を撃沈したと発表した。
その大戦果に加え、「真珠湾の復讐に成功した!」と気前のよい宣伝をアメリカ国民に披露した。アメリカ海軍省も、日本艦艇撃沈確実25隻と発表。ニューヨークタイムズも、「大海戦に勝利、日本軍を撃退。17隻から22隻の撃沈破。敵は遁走し、連合軍は追撃中」と報じた。
一方、日本の大本営は、サラトガ型、ヨークタウン型空母各1隻の撃沈。2万トン級給油艦、駆逐艦1隻の撃沈。敵機98機の撃墜を戦果として発表。こちらの被害は、小型空母1、航空機31機未帰還と発表。新聞も「連合国の空母戦力にトドメの一撃。アメリカは日本軍に立ち向かおうとしないだろう」と報じた。
それぞれの発表を速報として仕入れた特破隊。特破第一戦闘群の諏訪先任参謀は、鼻で笑う。
「アメリカさんは、大発の撃沈分も軍艦判定しているんですかね? これはまた酷い。揚陸艇を差し引いても、こんなに沈んでいませんよ」
やられたのは小型空母『祥鳳』、駆逐艦『菊月』、掃海艇3隻であるが、被弾損傷分を撃沈にカウントしても二桁にならない。戦場の誤認はつきものといえ、明らかに戦果を盛っているのではないか。
「アメリカ政府発表も、とんだホラ吹きですな」
「そうだな」
「……大佐?」
神明が不機嫌そうな表情なのに気づき、諏訪は眉をひそめる。
「劣勢の勢力が誇大発表するのはどこも同じだ。それについてはそういうものだ。……ただ、私が気になるのは」
大本営の自軍航空機の被害、未帰還31という数字。
「実際の喪失は3倍以上だ」
被弾投棄した分も含めて、五航戦は、97機の航空機を失った。日本軍航空機に見られる防弾性能の低さが、米軍相手にもろに出た格好だ。従来の急降下爆撃や雷撃のやり方では、防御力の低さは命取りである。
「機体の補充もだが、搭乗員をどれだけ失ったことか。……空母搭乗員の予備はほとんどないというのに」
「……では、いよいよ」
諏訪は姿勢を正した。
「連合艦隊でも無人航空機を投入することになりますか」
「そっちで納得してくれるといいがな」
特破のパイロットから、不足分を引き抜こうとするのではないか――神明は危惧している。特破の防弾装備付き航空機から、防弾なしのペラに乗せられ、消耗品とされるのは、腹立たしいことこの上ないが。
「マダガスカルでの戦いで、無人航空機が実戦で運用に耐えるという記録はとれた。それで押すしかないだろうな」
神明は首を振った。
「さて、先任参謀。我が軍を『追撃』しているという米機動部隊の配置は掴めたか」
「はい、バッチリです。広範囲に偵察機を出して、珊瑚海から撤退中の敵の配置は大方判明しています」
諏訪は、海図台に移動し、神明もそれを見下ろした。




