第86話、珊瑚海海戦
小型空母『祥鳳』の戦闘機隊は奮戦した。最初の爆撃は全て回避した。
しかし『レキシントン』『ヨークタウン』の雷爆同時攻撃を避けることはできなかった。
ワシントン・ロンドン海軍軍縮条約によって制限された空母戦力を、条約制限外の補助艦艇で補うべく、空母予備艦として建造された剣埼型高速給油艦。
その空母改装艦である『祥鳳』は、全長205メートル、基準排水量1万1200トンの軽空母である。当然、米軍の爆弾、魚雷に対抗できる防御性能は持ち合わせていない。
最初の爆撃からおよそ20分後の午前9時31分、空母『祥鳳』は沈没した。爆弾13発、魚雷7本から10本が、小型空母を引き裂いたのだ。
第17任務部隊、旗艦『ヨークタウン』。指揮官フランク・ジャック・フレッチャー少将は、空母1隻、重巡洋艦1隻の撃沈の知らせを受け、頷いた。
「うん、まず空母1隻だな」
発見された空母1隻を仕留めた。……なお、報告にあった重巡洋艦撃沈の報告は、例によって例のごとく誤認である。というか誤認すら怪しい報告だが、むろん、直接見られる位置にいないTF17司令部スタッフにはわかるはずもなかった。
「提督、残りの敵艦隊も撃滅しましょう」
幕僚は進言した。しかしフレッチャーは首を横に振った。
「いや、まだ1隻だ。他にも日本の空母がいるはずだ」
翔鶴型は2隻という情報である。1隻を仕留めたのが確実としても、日本側には最低でももう1隻いる。
「敵の飛行艇にも我が隊は発見されている。敵の攻撃に備えろ」
敵巡洋艦部隊や船団によそ見をしている間に殴られてはかなわない。まず日本空母を全滅させれば、これら残り物を余裕をもって叩けるだろう。
逆にいえば、敵空母を一掃しない限り、ここから逆転もあり得るのだ。
・ ・ ・
結果からいえば、この日は、天候に阻まれた。
MO機動部隊――五航戦が米空母を見つけたのは遅く、薄暮での攻撃となった。
雲が多く、状況はよくなかったが、米軍側はレーダーによって日本攻撃隊の接近を探知し、F4Fワイルドキャット戦闘機による迎撃を行った。
この攻撃で、九七式艦上攻撃機、15機中8機を喪失。肝心の米空母を雷撃できなかった。
一方、12機の九九式艦上爆撃機は、米戦闘機の迎撃をすり抜けた。F4F側も帰還不能になるのを恐れて、徹底的な追撃を行わなかったのだ。
そして日没となり、目標の空母を見つけることができず、艦爆隊は攻撃を諦めた。爆弾を投棄して帰投するが、その後、空母2隻を発見。母艦と思い、着艦工程に入った。
が、これは五航戦ではなく、目標としていた米空母『ヨークタウン』『レキシントン』であった。
「……うん?」
ここでようやく互いに違和感に気づいた。
「ちくしょう! アメ公の空母じゃねえか!?」
「日本軍の切り込みだ! 銃をとれ!」
慌てる日本軍搭乗員と米軍クルー。艦爆隊は、爆弾をすでに捨てていたこともあり離脱した。
その後、ようやく本当の母艦に帰還し、米空母の位置がおよそ100海里にあることを報告したが、すでに日は暮れており、攻撃どころではなかった。
・ ・ ・
5月7日の夜は、それぞれの判断について、後悔やら失望やらが発生したグダグダさばかりが残った。
明けて8日。双方は全力の偵察を実施し、日米双方が空母機動部隊の位置を発見した。
日本側は、空母『瑞鶴』より零式艦上戦闘機9、九九式艦上爆撃機14、九七式艦上攻撃機8。『翔鶴』から零戦9、九九式艦爆19、九七式艦攻10。合計69機を送り出す。
一方のアメリカ側は、『ヨークタウン』からF4Fワイルドキャット戦闘機6、SBDドーントレス急降下爆撃機24、TBDデバステーター雷撃機9。『レキシントン』からF4F 9、SBD 22、TBD 12の合計73機が飛んだ。
攻撃隊は途中ですれ違い、それぞれの敵空母を目指した。
TF17側は日本軍攻撃隊をレーダーで探知していたものの、戦闘機隊の誘導に失敗。さらに艦攻迎撃にSBDドーントレス急降下爆撃機――鈍重な雷撃機相手なら戦闘機として戦闘が可――を配備していたもの、こちらは日本の九七式艦攻を、自軍の鈍足デバステーター雷撃機と同等と考えていたため、あっさり頭上を抜かれ、迎撃に失敗してしまう。
九七式艦攻の雷撃を、『ヨークタウン』は全弾回避。しかし『レキシントン』は左舷に2本命中。三つのボイラー室が浸水、艦も左に七度傾斜した。
九九式艦爆隊は、『レキシントン』を翔鶴隊が、『ヨークタウン』を瑞鶴隊が攻撃した。
『レキシントン』は250キロ爆弾2発が命中、至近弾は5発。
『ヨークタウン』には、日本側の主張では命中9発だったが、実際は1発のみ。しかし、至近弾3発が船体を歪め、燃料漏れを引き起こした。さらに命中弾1発による爆発が火災により機関部にも被害が出た。
一方、MO機動部隊は、『瑞鶴』が直前にスコールに紛れたことで、攻撃を躱したが、『翔鶴』に攻撃が集中。500ポンド爆弾3発が命中。飛行甲板がめくれ、エレベーターが陥没、さらに航空機ガソリン庫に引火したことで大火災が発生した。
この後、デバステーター雷撃隊が魚雷9本と投下し、これを命中したものと判断。大火災も相まって撃沈確実と報じたが、これも誤認というか早とちりであった。見た目の被害に反して機関は無事である『翔鶴』は全力運転が可能であった。
この攻撃の後、両機動部隊はどうなったか。
まずTF17。被弾、燃料漏れのある『ヨークタウン』は飛行甲板の修理を完了。復旧が成功したように思われた『レキシントン』は、漏れ出したガソリンが気化し、それが引火、大爆発を起こし、航行不能となった。密閉式格納庫がもたらした悲劇であった。
アメリカ側は先の誤報もあって、日本の大型空母2隻を撃沈し、勝利を確信したが、航空隊が、無傷の『瑞鶴』を発見したことで、フレッチャーはこれ以上の戦闘は困難と判断。ニューカレドニア島を襲撃した敵空母の存在も合わせ、戦場を離脱した。
そしてMO機動部隊は、『翔鶴』が被弾により着艦不能となったが、『瑞鶴』は無傷であり、残存航空機は、残っている空母に群がった。
が、収容数を見誤った結果、戦力を枯渇させ、以後の攻撃は無理と判断。原は、戦線整理を具申。MO機動部隊を預かる高木 武雄中将も、第二次攻撃の見込みなしと、連合艦隊司令部に報告した後、部隊を北上。南洋部隊司令部も正式に撤退を命じた。
ここの珊瑚海海戦は、終了したのであった。




