第85話、誤認、誤認、そして誤認
珊瑚海に入り、日米機動部隊は索敵機を飛ばして、互いを捜索した。
それぞれに空母が存在することがわかっている以上、まず敵空母を優先して排除しなければいけない。
日本側は、基地航空隊、水上機母艦、重巡の水上偵察機など、あらゆる隊が米空母を探した。
ツラギの例を見るまでもなく、近くに敵空母が存在している可能性は高い。このまま進めば、上陸船団が襲われる可能性も出てきた。
3月のラエ・サラモアの時の、米空母のヒットエンドランで船団がやられたことが、南洋部隊にとって軽くトラウマとなっていた。
そんな中、MO機動部隊は、索敵機からの報告に接する。
敵機動部隊、発見! が、その後の索敵がどうにも上手くいかず、攻撃準備をしつつMO機動部隊は南下、敵との接触に備えた。
だが午後4時になって、MO機動部隊の護衛についている重巡洋艦と駆逐艦の燃料残量が怪しくなる。ツラギでの空襲や、ここのところの悪天候で、燃料補給が中途半端で切り上げた結果、ここにきて足を引っ張る。
しかたなく、主隊の高木 武雄中将は、燃料不足の重巡2隻と駆逐艦4隻を率いて北上、五航戦の『瑞鶴』『翔鶴』から離れてしまう。
そして夜がきて、五航戦指揮官の原 忠一少将は反転を命令した。アメリカ機動部隊までおよそ70海里まで接近していた中の離脱であった。
だが、これを臆病と誹っていいものかどうかは怪しい。この時、『瑞鶴』、『翔鶴』の護衛にいたのは駆逐艦『有明』と『夕暮』のみ。
対する米第17任務部隊には、重巡洋艦3と駆逐艦9がいた。夜間攻撃もできない空母を突っ込ませれば、夜のうちに返り討ちにあっていたであろう。
なお、この時、TF17のフレッチャー少将らは、日本空母がすぐ近くまで接近しつつあること気づいていなかった。
そして、5月7日。この日も索敵機を展開し、双方が敵の姿を求めた。
五航戦は朝から12機の九七式艦攻を偵察に出し、そのうちの2機が、空母を含む敵艦隊発見を報じた。
それは原が重視した南方索敵が成功した結果であった。
「勝った! 先手を取れたぞ」
その恵まれた体躯から『キングコング』のあだ名を持つ原は、ただちに攻撃隊を発進させた。
瑞鶴から、零戦9、九九式艦爆17、九八式艦攻11の計37機。
翔鶴から、零戦9、九九式艦爆19、九八式艦攻12。合計41機。
合わせて78機が、敵へと飛んだ。
だが、ここでさらに重巡洋艦『衣笠』『古鷹』の偵察機が、別の空母部隊発見を報告する。
敵空母部隊が二つ。だがすでに賽は投げられた。まず今、攻撃隊を向けた空母部隊を叩き、そののちにもうひとつの空母部隊を叩くとした。
だが――
「……はあ? タンカーだと?」
原は自身の耳を疑った。通信士が恐る恐る告げる。
「偵察機からは、先の空母発見は誤り。触接中のものは油槽船と訂正が……」
「おいおい、冗談じゃないぞぅ!」
こちらは、空母ではないものに攻撃隊をぶつけたというのか。原は冷や汗が止まらなかった。先制したと思ったら、この不始末。
「攻撃隊を呼び戻せ! 西方の敵空母に攻撃目標を切り替える! 進路変更ーっ!」
MO機動部隊は針路を変え、アメリカ機動部隊へ向かう。原の命令はただちに通信として飛ばされ、現場海域についていた攻撃隊に届いた。
この時、攻撃隊は、タンカーしか見当たらず、空母を探していた。帰投命令を受け、攻撃隊は引き上げるが、艦爆隊のみ、行き掛けの駄賃とばかりに米タンカーへと攻撃を行った。
いや無駄足を踏まされたことへの八つ当たりだったのかもしれない。九九式艦爆36機は、TG17.6――シマロン級給油艦『ディペカノー』と、護衛の駆逐艦『ウォーデン』に襲いかかる。
猛禽の群れの猛攻に、『ウォーデン』は爆沈。『ディペカノー』もまた無数の直撃を受けて航行不能となるのだった。
・ ・ ・
この頃、TF17が放った偵察機が、日本艦隊を発見したと通報した。
『空母2、重巡洋艦4。ヨークタウンの北西方向にあり』
空母『レキシントン』にて、空母航空戦隊の指揮を任されたオーブリー・フィッチ少将はただちに攻撃隊を編成した。
レキシントンからは50機。F4Fワイルドキャット戦闘機10、SBDドーントレス急降下爆撃機28、TBDデバステーター雷撃機12。
ヨークタウンからは42機。F4F戦闘機8、SBD24、TBD10。
合計92機である。
これらは日本空母を撃滅すべく飛び立った。
だが、ここで五航戦で起きたことが、TF17にも起きてしまう。
オーストラリアから出撃したB-17爆撃機が、別の日本艦隊を発見したのである。
『空母1、輸送船10、その他艦艇16』
それはMO攻略部隊である。そして飛び込む偵察機からの訂正。
『先の空母2、巡洋艦4は、巡洋艦2、駆逐艦4の間違い』
通信員が艦種について送信ミスをやらかしが発覚し、フィッチもまた攻撃目標の変更を指示する。
「攻撃隊をセカンドターゲットに向けろ」
空母のいない巡洋艦、駆逐艦部隊は後回しである。間違いは発覚したからには早々に修正しなくてはならない。そうすればロスは最小限に留まるはずだ。
なおこの時、発見されたMO攻略部隊率いる五藤 存知少将は、敵機動部隊からの空襲の可能性が高まったとして、船団に北西への退避を命じた。護衛についている空母『祥鳳』の搭載する戦闘機だけでは、おそらく対抗できないためである。
そしてMO攻略部隊に、米軍攻撃隊に迫った。
『右舷に艦橋! おそらく大型のショウカククラス空母!』
米軍パイロットたちは、大物を撃沈すべく士気も高まったが、その空母は翔鶴型ではなく、小型空母の『祥鳳』、つまり誤認であった。
ともあれ、米軍攻撃隊は攻撃を開始した。




