第81話、WS17護送船団の悲劇
東洋艦隊が、総出でマダガスカル島を攻略に向かっている。
攻撃をかけるまで、ヴィシー・フランスは一応中立であり、戦闘になったとしても東洋艦隊と上陸部隊の相手に手一杯で、間違っても船団に飛び火することはないだろう――と多くの英軍兵は思っていた。
戦艦『リヴェンジ』のType279早期警戒レーダーは、接近する敵編隊を捉えた。
「――総数60。急速に近づく!」
レーダーからの報告に、リヴェンジ艦長のルウェリン・ヴォーン・モーガン大佐は自身の耳を疑った。
「東洋艦隊が交戦中と入電したばかりだぞ」
にもかかわらず、こちらにそれなりの数の航空機を差し向ける。
「日本軍は、すべての空母をマダガスカルに送り込んできたのか……!?」
ナグモの機動部隊も参加しているに違いない。モーガンが指揮する『リヴェンジ』は、先月の日本軍によるセイロン島襲撃において、B部隊の戦艦群を構成する1隻として参加した。
圧倒的な日本海軍の空母機動部隊を前に、旧式戦艦群は手も足も出ず、アフリカまで後退を強いられた。
今回は船団護衛中の遭遇だが、ドイツ海軍の大戦艦、ビスマルク級と遭遇した気分であった。
「対空戦闘!」
船団に戦闘機の援護はない。この辺り、想定されている敵が潜水艦か仮装巡洋艦だから仕方ない。
イギリスには、船団ごとにエアカバーができる空母はないし、そもそも海軍航空隊も不足している。
日本海軍がインド洋に空母を含む艦隊を送ってきたとはいえ、すぐにまとまった戦闘機による船団護衛など不可能であった。
「ASDICなしで、潜水艦に挑むような心境だ」
頼れるのは自艦に装備された対空兵器のみ。Type285対空射撃レーダー、Type282レーダーの測距されたQF4インチMkⅤ高角砲や四連装ポンポン砲、12.7ミリ四連装機銃が、敵機を迎え撃つ。
だが、日本軍は容赦がなかった。
九八式艦上偵察戦闘攻撃機の中隊が、滑空魚雷を発射。モーガン大佐は飛翔する爆弾に対して迎撃を命じるが、それらを撃ち落とすのは生易しいものではない。さらに数が違い過ぎる。
「敵爆弾、海面に着水!」
見張り員の報告だが、モーガンは海上を睨む。
「気をつけろ。飛び込み方が雷撃のそれに近いぞ!」
確証はない。だが飛翔する爆弾が海に落ちたそれが、雷撃機が魚雷を投下するさまに酷似していると思ったのだ。
そしてそれはたちまち現実となる。
「雷跡接近!」
「取り舵いっぱい!」
モーガンは叫んだが、手遅れ感が拭えない。魚雷攻撃であれば、雷撃機が投下した直後に指示は出すものだ。冷静に考えても出遅れは否定できなかった。
だがそれでも、指示を出さずに黙って当たるのも違う。もしかしたら敵の魚雷の射線がズレている可能性もある。当たるまでは足掻き続けるのだ。それが精神的に気休めに過ぎないとしても。
「右舷、敵魚雷4! さらに後方4本ッ! 突っ込んでくるっ!」
駄目か――艦長の口から諦めの言葉が漏れる寸前、『リヴェンジ』の艦体が直撃の衝撃に震えた。
リヴェンジは1917年10月から翌年2月までの改修で、対魚雷バルジが装備された。27メートルだった艦幅が約4メートル増大し30.9メートル。魚雷に対する防御力が強化されていた。
……しかし、ものには限度というものがある。複数本の魚雷が片舷に集中した結果、『リヴェンジ』は浸水により艦が傾き、さらにお代わりの魚雷が、3万2980トンの巨艦を海へと引きずり込もうとする。
戦闘機の支援のない船団など、こんなものだ。モーガンは急速に傾き、艦橋の中で独りごちる。
プリンス・オブ・ウェールズとレパルスがやられた時点で、もっと徹底的に対策すべきであったのだ。
空母はないのはわかっている。だが輸送船の甲板に飛行甲板を設置し、露天駐機された航空機でUボート対策をしたように、戦闘機を増やして、空襲に備えるとか。
例えば、船団にいる2万トン級の『サマリア』『ブラジル』は、全長約180メートルを超える。飛行甲板を載せるだけでも十機以上の戦闘機が使えたりするのではないか。
今さらではある。
本来、守るべきこれら輸送船にも日本軍機は迫る。A-24改バンシーがロケット弾と500キロ爆弾を、オーシャンライナーや貨物船に叩きつける。これらもろくな対空能力もなく、死肉に群がるハゲタカのように爆撃され、炎の手をあげていく。
護衛についていたD級軽巡洋艦『ドーントレス』も魚雷によって艦体を引き裂かれ、海に没しつつある。
WS17護送船団は、上空援護のないまま、一方的に叩かれ、そして全滅した。
・ ・ ・
哨戒装甲空母『大鶴』を中心に、空母『迅鷹』の援護と共に、イギリス船団を撃滅した遠征艦隊。
戦艦『肥後』ほか、第二空母戦隊の3隻の空母は、マダガスカル島に停泊したが、特破隊は速やかに拠点化を進めるべく、付属として随伴してきた第一支援隊、工作艦『本渡』、航空機修理艦『八島』、補給艦『関東』が作業を行い、艦隊の補給を進めた。
一方、内地から転移連絡網を引いて、潜水艦補給設備の配置と浮きタンカーを手配した。
また強襲揚陸艦『敦賀』『須佐』が、測量部隊を展開。ヴィシー・フランス側と交渉しつつ、飛行場と基地の適地の選定を行った。
日本海軍、特破隊は、アフリカ南部沿岸の英軍拠点を睨みつつ、インド洋の制海権確保と、大西洋進出のための牙を磨ぐのであった。
イギリス軍のアイアンクラッド作戦を頓挫させた日本軍であったが、この頃、オーストラリアを挟んだ珊瑚海で、日米機動部隊同士の戦いが繰り広げられていた。




