第80話、マダガスカル総督府
「それは、確かなのか?」
ヴィシー・フランスのマダガスカル植民地総督であるアルマン・レオン・アネットは、その報告を確認した。
「はい、島の北方海域で、戦闘があったのを偵察機が発見しました」
軍から報告にきた少佐は頷いた。
突然、通信に日本海軍から『イギリス艦隊がマダガスカル島北方より接近しつつあり』と入電し、マダガスカル島植民地軍は困惑した。
それを受けて、ポテ63.11双発偵察機を飛ばしたところ、炎上するイギリス艦隊と輸送船団を発見したという。
「ううむ、イギリス人め。メルセルケビールでやったことを、マダガスカルでもやろうとしたのか……!」
フランス人に心底、反英感情を抱かせた事件。ドイツに降伏し休戦状態だったフランス艦隊にイギリス艦隊が砲撃を仕掛けてきたことは、フランス人たちからすれば許しがたいことであった。
現状、ヴィシー・フランスは枢軸寄りではあっても中立にある。だが狡猾なイギリス人は、このマダガスカル島を占領しようと大艦隊を送り出していたのだ。
「ですが、御安心ください。イギリス艦隊ならびに船団は、その全ての艦が大破炎上しており、もはや戦闘力は残っておりません」
実のところ、F部隊の一部が戦線離脱をしていたのだが、ヴィシー・フランス側は、そもそも英艦隊の総数を知らないので、それに気づいていなかった。
「イギリスは我がマダガスカル島を攻撃しようとしていた。そして日本軍が、遥々インド洋を渡ってきたと」
「やはり、こちらに来るでしょうか?」
「ここまで来て、帰るというのもないだろう」
日本には手近な寄港できる場所は、この辺りにはない。燃料のことは大丈夫だろうか。
「イギリス人が攻めてきた以上、もはや中立とも言っていられまい。また連中は、こちらの寝首を掻こうとしていたわけだ。本国はともかく、このマダガスカル島は厳戒体制に入らねばなるまい」
次にイギリスがやってきた時、それと敵対するドイツ、日本と共同戦線を張らねば、マダガスカル島を守備することは困難。……いや、本国から充分な支援が得られない以上、不可能に近い。
アネット総督は、補佐官を見た。
「日本の艦隊が入港を求めた場合の対応は?」
「この状況では、中立国ではなく、同盟国として対応すべきかと考えます。ドイツ側からは、日本が西インド洋で活動する場合、マダガスカル島を母港として利用できるよう便宜を図るようにと、要請を受けております」
「要請、か……。命令だろう」
アネットは傲岸にも鼻をならした。親独政権であるヴィシー・フランスだが、傀儡政権と言ったほうが正確である。つまりドイツからの要請とは命令に等しい。
一応、かの国も取り交わした約束は守り、ある程度寛容なところを見せてはいるが、一方で、無視できない強制も少なからずあった。
「しかし、場合が場合だ。性根の腐ったイギリス人がまた仕掛けてこようと考えた時、日本の艦隊がいれば、抑止力になるだろう」
「なりますか?」
「イギリスは艦隊を潰されたのだろう? それをやった規模の日本艦隊がマダガスカルにあれば、それ以上の艦隊で当たらねばならないが……イギリスにその余裕があるとは思えない」
七つの海を支配した大英帝国は、強大な海軍大国だったが、それでも世界の海に艦隊を満遍なく配置するのは難しい。
ドイツとの戦争が始まり、大西洋や地中海で、イギリスの戦艦、空母が何隻か沈んでいる。それはつまり、各地に配分した戦力の見直しや再転換が発生するということだ。
マダガスカル島にどれだけの艦を投入したかは知らないが、偵察によれば、それなりの数が沈んだらしく、イギリスにとっても決して軽い被害ではないだろう。
「まあ、いいだろう。ドイツの要望には応えておく。……またイギリス人がよからぬことを企んだ時の保険としてな」
そう口にしたものの、果たしてドイツが、このマダガスカル島に何をしてくれるのか、不透明ではある。
アネット総督としては、日本がまずその誠意を見せた。しかしドイツはまだ何か助けてくれてはいない。非常時に頼れるのか、正直疑わしいというのが本音だ。
しかし、イギリス軍が一方的に軍を送ってきた以上、そうも言っていられないのがマダガスカル島のヴィシー・フランス軍の立場であった。
・ ・ ・
日本海軍特破遠征艦隊は、マダガスカル島ディエゴ・スアレス港に入港した。
遠征艦隊司令官の佐々山 久雄少将は、日本海軍の代表者として、アネット総督と会談。今後の日本海軍――特破隊の活動のため、マダガスカル島の補給拠点としての協力を要請した。
一方、神明 龍造大佐と遠征軍に参加した特破第一部隊は、マダガスカル島より撤退し、米豪分断作戦に戻った。
南洋部隊がMO作戦を遂行中であり、特破第一部隊は、その支援として、ニューカレドニア方面で陽動を行うのである。
なお、特破遠征艦隊は、さっそく通商破壊活動を開始した。マダガスカル島とアフリカ大陸の間を航行する通商路は目の前であり、これを放っておくことなどできない。
そしてこの時、モザンビーク海峡を通過しつつあったイギリス船団があった。
護送船団WS17。4月27日にケープタウンを出発した輸送船、兵員輸送船は、一万九千トン級の『サマリア』、『ヨハン・ファン・オルデンバルネフェルト』に、1万6297トン『キャメロニア』、1万5551トンの『アルマンゾラ』ほか、『シティ・オブ・エディンバラ』『シティ・オブ・リンカーン』『ダニーデン・スター』『グラウカス』『ギナⅡ』、『ニウ・ホランド』で構成され、船団の護衛にはD級軽巡洋艦『ドーントレス』がついていた。
そしてこの船団は、道中にさらに船を加えていた。ポートエリザベス沖で1万8298トンの『ブラジル』、7773トンの『モーマクタイド』ほか1隻。
ダーバン沖でさらに船団と合流。1万9141トンの『ウィンザー・キャッスル』を筆頭に、『エリザベスヒル』、『ケディーブ・イスマエル』『メンドーサ』『ノバスコシア』。
これに潜水艦補給艦HMS『アダマント』が合流。そして最後にR級戦艦HMS『リヴェンジ』もここ、ダーバン沖で船団護衛に加わった。
アイアンクラッド作戦による攻勢寸前、近くを通過していたこの船団である。日本海軍の攻撃がF部隊、A部隊の東洋艦隊を攻撃していた時、引くも進むも手遅れの泥濘に足を踏み入れていた。
日本海軍特破隊が、これを見逃すはずもなかった。




